弟子入り忍者
「ほれ食え」
差し出されたのは、クルミが混ぜられたパンのような食べ物だ。これからは文明的な食事を諦めなければならないだろうと覚悟をしていた僕にとって、これ以上嬉しい事はない。
「あ、ありがとうございます」
僕は今、魔物から助けてくれた少女の家でもてなしを受けている。ついてこいと言われるままについて来るなど我ながら無用心だとは思うが、なんとなく彼女には警戒心がわかなかったのだ。
もちろん、まるで子供のような見た目に騙されていると言われればそれまでだが。
エルフ。
その種族について僕が知る事は少ない。多くの場合森に住んでいるという事。魔法が得意であるという事。美形揃いである事。長命である事。
そして、耳が長い事。
特徴から考えれば、少女はエルフなのだろう。
「えっと……それで、エルフさん」
「マニエルドと呼ぶがよい。私の名前じゃ」
「じゃ、じゃあマニエルドさん……どうして僕を助けてくれたのですか?」
もしも彼女がいなかったなら、僕の命はなかったろう。それを否定するほど、僕は楽観的ではない。
「いや、死にたくないと言ったろう」
「……それだけ?」
「なかなか積極的な童じゃな。まあ良い、話してやろう」
そう言って、マニエルドさんはクルミパンの最後の一口を口の中へ放り込んだ。
「ぬしも知っておろうが、この森は人間の領域ではないものでな、私には話し相手がおらん。暇で暇で仕方がなくての。ぬしを見かけた時、久方ぶりに暇が潰れるやもしれぬと思ったのじゃ」
「僕の命は、暇を潰すついでに助かったのか……」
「そこまで大仰な理由でなくてすまんの。私の人助けはいつもそんなもんじゃ。じゃから、ぬしはここにいる間私の話し相手をしておくれ」
「それくらいならお安い御用だ」
むしろそんな事でいいのかと不安になる。彼女にとってはなんでもない事でも、僕にとっては命の恩人なのだ。
「別に気にする事はない。私はいつもそうしているのじゃ。十年前も、百年前も、千年前もそうじゃった。好きなだけここで暮らすが良い」
「え、千……」
「女子の歳は知らぬフリをするもんじゃて」
「あ、はい」
一瞬、レオブラッドを仕留めた魔法の杖が僕の方を向くかと思った。
僕が覚えたばかりのスキルを総動員しても逃げられそうもない実力者である事は疑いようもないので、彼女の言葉には逆らわないようにしよう。
マニエルドさんの家は、外からは随分と質素に見えた。しかし、中へ入ると存外広く、僕の屋敷の一室にも劣らない内装となっている。
事実、ここがどこかの貴族の屋敷なのだと言われれば信じてしまっていただろう。
きっと、外から見たものはカモフラージュだ。大自然の中にあって不自然とならないために、わざと風化したような雰囲気を醸し出している。
そう、思っていたのだが……
「どうなってるんだ……?」
「おう、なにをしておるこんな早くから」
木漏れ日を眩しそうにしながら、マニエルドさんが小屋から出てきた。
「いや、薪割りをしようと思って……」
「それで中を覗き込んでおったのか?」
「えっと……窓から見たら、中が全然違うから……」
そう、窓を通して見た内装は、なんと埃のかぶった廃墟のそれにしか見えないのだ。
壁はヒビが入り、風が吹き抜け、木の葉が舞い、家具はほとんど崩れている。しかし、中に入るとやはり豪勢な一室が迎えている。
「当たり前じゃ。よからぬ者がここは来んとも限らんからの」
「はぁ……それはつまり、魔法という事?」
「当たり前じゃろう。魔法も使わずにそんな事できるか」
魔法。
さすがはエルフというべきか、随分と高度な幻覚系魔術を使うようだ。噂に聞くエルフの隠れ里も、魔法によって近付けないようになっているらしい。
そして、それは僕にとって重要な事実だった。
「あの……差し出がましい事を言うんですけれど……」
「随分と改まるのう。まあ良い、言ってみい」
「……僕に魔法を教えてくれませんか?」
追放されたその瞬間から、密かに思っていた事。
まず間違いなく実現不可能であるために、無意識に諦めてしまっていた事。
しかしあるいは、エルフに教えを乞えば多少の可能性はあるかもしれない。
父上を、見返せるかもしれない。
「……ほう」
神妙な面持ちで、マニエルドさんは顎に手を当てる。
聞いた話によると、エルフは一人残らず魔術の名手なのだという。この事実、僕は、昔から疑問だったのだ。
エルフは、全員が魔術師系の職業に就くのだろうか。
魔法を使う以上、魔術師系であるはずなのだ。そうでなければ、魔法を扱う事などできるはずがない。
しかし、十五年の人生の中で学ぶと、どうやらそうではないらしい。そもそも、教会で職業を授かるのは人間だけだ。
ならばどうして、エルフは魔法を扱えるのだろうか。
そして、僕は一つの結論に至る。
エルフは、人間が扱うものとは違う魔法を使っているのだ。
「なかなかの目の付け所じゃ。確かに、私らの魔法は職業に就かずとも扱える」
「やっぱり……」
実際のところ、そう言われるまでは半信半疑だった。もちろんその可能性は充分にあると思ってはいたものの、 もちろん違う可能性だってあった。
例えばエルフ自身が特別な種族であるとか、教会で授かるのとは別の方法で職業についているとか。
だが、マニエルドさんはハッキリと言った。
つまり僕でも、魔法が扱える可能性がある。
「エルフが扱うのは原初魔法。職業に頼らぬ、魔術理論の上に成り立つれっきとした技術じゃ。当然、職業で覚えるスキルなどよりも遥かに扱いが難しい」
「構いません。元より、僕は魔法を覚えられる職業じゃあないので」
ニンジャである僕が、戦闘力を期待する方法はこれしかない。
職業に頼らない技術なんて、僕には御誂え向きじゃあないか。
どんな事でも貪欲に吸収し、いつ来るかも分からない“その日”に備える。
「なるほど、別に良いぞ。私も暇せんしな」
「いやノリかっる」
「私にデメリットないしの。ぬしが魔法使えなくとも私困らんし」
「辛辣!?」
まあ、教えてくれるならそれに文句はない。
これでも、僕は真面目で通ってたんだ。努力が必要なら努力するさ、生活と目的がかかっている。
「そうじゃな。魔法を教える前に、ぬしに二つほど言っておかねばならん事があっての」
「二つ?」
「そうじゃ。まず、私の事は師匠と呼ぶ事じゃ。敬語は使っても使わずとも良いが、師匠とは呼んでもらいたい」
「……別にいいですけど、拘りますね」
「カッコ良いのでな!」
「あ、はい」
最初に思った印象より、ずっと子供っぽい人なのかもしれない。
子供のような人かと思ったら、老人のようでありながら、結局やっぱり子供のよう。
なんかよくわかんない人だな。
「で、もう一つというのは?」
「ああ、薪割りはせんで良いぞ」
そう言うと、師匠は指を軽く振る。
短い風切り音がなったかと思うと、次の瞬間には真っ二つになった木片が転がっていた。どう見ても、僕が割るつもりだった薪だった。
「斧なんか使わずとも割れるでの」
「……なんで斧置いてるの?」
「雰囲気作りじゃ。ログハウスにはつきものじゃろうて」
「ええ……」
早く言ってよ。




