憤慨勇者
何よ……何よアレ……!!
「ああ、もう!!」
怒りのままに腕を払う。その腕にかすった椅子が、バキバキという音を立ててひしゃげてしまった。
これが、勇者の力である。
これほどの力を持つ私に対して、何の取り柄もないアランはなんと言った? 見損なったと、悪人だと、確かにそう言った。
「あんなのってないわ! 誰が奴隷契約よ!?」
「いやあ、でもお嬢様アレはないですよ……」
お付きのアンナもそんな事を言う始末。私の味方は誰もいない。
「逆プロポーズのつもりだったのに!! 私の家に入れば守ってあげられたのに!!」
「アレをそう受け取るのは無理ですって。お嬢様がアラン様お好きなのを知っている私ですら「あれ、この人嫌いになっちゃったのかな?」って思いましたもん」
「私がアランを嫌いになるわけないでしょ!?」
「いや知らんし……」
どいつもこいつも、乙女心というものが分かっていない。あんなのは恥ずかしがり屋の照れ隠しだ。それを本気にして、あんなに酷い事を言うなんて。
全く、これっぽっちも想像だにしていなかった暴言に、ちょっと泣きそうになった。
「なんなら両思いだと思ってた……」
「だから絶対違うって言ったじゃあないですか」
「アンナが意地悪言ってるとしか思ってなかった」
「えぇ……」
「なによその反応!?」
アンナは、私に冷たいところがある。アランならこんな時、絶対に私の言葉を否定したりしなかった。いつも優しく接してくれた。
「あんたなんてクビよ! お父様に言いつけるんだから!」
「今日だけでももう三回はクビになりました。旦那様へはいつご報告なさるんですか?」
「うぅ〜! アンナの意地悪!」
この子私の事を敬ってないわ! 私が主人なのに!
「もういいわ! それよりも、アランの足取りは分かっているんでしょうね!?」
「目下捜索中です。馬車を追わせましたので、じきにわかる事でしょう」
「分かり次第すぐに報告なさい! 捜索も同時に開始よ!」
「心得ております」
言葉はちゃんとしているが、アンナの態度はどうにも面倒臭そうだ。「まったく、このお嬢様の相手は疲れるわ」と言う態度をひしひしと感じる。
ただ、そんな事を指摘する気は起きない。指摘しようとも直さない事を、私はよく知っているからだ。
そんな事よりも、アランを見つける方が遥かに大切だ。
あのヘッポコなアランの事だ。きっとどこかでお腹を空かせて、野垂れ死にそうなっているに違いない。アランが授かったのは『ニンジャ』とかいう聞いた事のないジョブらしいし、魔物にでも襲われたら大変だ。さっさと助けて、私がアランにとってどれほど大切な存在か思い知らせてやるんだから。それで、今度は向こうから告白させてやる!
「お嬢様、現実味のない妄想をしているところ申し訳ありませんが」
「なによ!? 人の心を勝手に読むんじゃないわ!!」
「読んでませんし読むまでもなく顔に書いてあります。アラン様は絶対にお嬢様へ好意を向けません」
「なんでそんな酷い事言うのよ!?」
「そんな事より」
「無視……!」
「そろそろご準備を。今夜は賢者ジェレミー・アトウッド様との会食でございます」
瞬間に、アンナは従者の鑑へと姿を変える。
あまりにも見事な変わり身。とても、私を小馬鹿にしていた無礼者と同一人物とは思えない。姿は一切変わらず、それでいて別人のようだった。
私が彼女を重宝する理由が、そこにはあった。
「分かりました。アンナ、着替えを手伝って頂戴」
「はい」
凛、と。
それを意識して、気持ちを落ち着かせる。私は家名を背負って立つ身分。アンナとふざけ合う調子を引きずって会食などできない。
「お嬢様って猫かぶるのは超人的に上手いですよね」
「貴女が言う!?」
やはり、この子は苦手だ。いつも調子が狂わされてしまう。