41 苦労人に増える仕事
――時間は少し遡る。
「グロッソさん、門が見えてきました」
「あぁ。ボーレンさん起きてください、行きましょう」
「……んおぉ? 意外と早かったのう……」
あんた、ずっと寝てたからな。
「……この仕事を終えたら、ワシは武闘大会に出たいのう」
「確か、今度の会場はカルドレロでしたか。賭け事で人気の歓楽都市ですし、さぞ盛り上がるでしょうね」
「そうじゃ! カルドレロはいい国じゃぞ! グロッソ、お前も来い!」
しまったな、興味を引いた。
「はは……。申し訳ありませんが、次の休みにそろそろ見合いをせねばなりませんので」
「ほう! グロッソ、カルドレロには丁度いい女が沢山いるぞぉ?」
「ぷぷぷ……そういえばグロッソさん、独身ですもんね!」
「お前もだろう、黙ってろジョバン」
フレデチャンが起こした王都の騒動の処理をエルレイに任せ、我が特務調査隊は予定通りリゼンベルグ南部へとやって着た。
あの事件に絡んだ、引っかかる事は多かった。
特に、ミルグリフ殿下がなぜ突然現れ、エルレイの執務を奪い取って政治の場に返り咲いたのか。予想だにしない出来事だ。ミルグリフ殿下について事前に聞いていた情報と違いすぎるため、我々が水面下で調べるべき案件かもしれない。
…だが、竜の姫君の依頼は優先事項だ。そのため、俺は情報屋のミンクルに大金を払い、エルレイとの連携を図るよう頼んだ。
ロドリーナ姫はだめだ。情報屋といいつつも、魔獣の処理と酒の話ばかりでミルグリフ殿下の事は後回しとなっていた。
それに、ロドリーナ姫はフレデチャンとの謎の繋がりがあった。厄介な事に彼女は頑なにフレデチャンの居場所を割ろうとしない。それならそれでいいとエルレイは言うが、暴れ馬を保有する我が隊にとっては喉から手が出るほど欲しい情報だ。多分、エルレイの奴は俺が苦労する様子を見て面白がっている。
それと、ロドリーナ姫が言っていたミルグリフ殿下の黒い靄の話。あの兄弟は、その正体に関して知っていそうな竜の姫君に話を聞きたいのだろう。
そういった諸々の理由もあり、我が隊は体よく王都から追放された気がしていた。
隊長が門番に身分証を呈示し、門が開かれる。
「どうぞ、お通り下さい」
「馬はどうすればいい?」
「港の近くに馬屋があります。……使者様、ここだけの話ですが、貧困のせいで商売が厳しいのか町の馬屋はぼったくります。私の知り合いでよければ正規価格で預かりますよ。質も補償します」
門番が小声で提案する。
南部の貧困の話は事前に聞いていた。だが、町の顔である門番が隣国の使者に小遣い稼ぎを持ち掛ける程となると、中々の問題だ。
「……ジョバン君、この場合はどう考える?」
「そうですね、いいんじゃないっすかぁ?」
この考え無しは、まるで成長していない。
「……いいかジョバン、まずこの門番の言う事には何も根拠が無い。馬屋の悪口を言って、自分の懐に利益を収めようとしている可能性がある」
門番はびくりとしていた。
だが、気にしない。俺は話を続ける。
「そして、俺たちは市民の税金で活動している。同じ質なら、安い方を選ばねばならん。ここで問題になるのは質だ。分かるな、ゾーイ?」
急に話を振られたゾーイもびくりとした。
ゾーイは優秀な書記官だ。伯爵家の三男で、家内でないがしろにされていた所を俺が拾った。事務仕事もそつなくこなし、数字にも強い。
「この町の貧困具合が分かりませんが、とりあえず馬屋から相場と質を聞いて、この門番の言う質と比較して馬屋に頼めばいいんじゃないでしょうか?」
「まぁ、概ねそれでいい。そもそも、仕事とはその道の専業者が行うものだ。俺たちは馬屋に依頼する。この門番の話から予測される結論としては、門番にまで影響するほどに貧困化と治安と悪化がかなり進行しているという事だ。一応言っておくが、この門番が悪いのではないぞ。生活が苦しくないならこんな事はしないだろう、という話だ。
……ここまで分かりましたか、ボーレンさん?」
ボーレンさんはびくりともしない。
「よぉく分かったが、何だか腹が減ったのう」
絶対に分かっていない。旅を通じて勉強会を何度も開いたが、分かったのは、ジョバン君と隊長が予想以上に知識がない事だけだ。
この2人は、もはや旅の盛り上げ役だ。
「……では行きましょうか。門番、授業料だ」
呆気にとられた顔の門番に古銭を渡し、リゼンベルグ南部都市へと入る。
……しかし、初っ端からこの様子とは。
竜の姫君の手紙にあった『きな臭い』という言葉が頭に浮かぶ。
日はまだ真上。
さっさとリゼンベルグ島へと向かうべきだろう。
そう判断した俺は、昼食をせがる隊長と隊員たちを強引に船に乗せ、島へと向かった。滞在費も旅費もタダではないのだ。
海鳥が鳴く港に船が着き、降りる。
「おぉ、これがメイシィの故郷ですか。綺麗な所っすねぇ!」
「魚がうまそうじゃのう! がっはっは!」
浮かれた2人を他所に、俺は更に不安を覚えていた。裕福そうな島民に、活気ある声と笑顔ばかり。いくらなんでも南部と違いすぎる。
南部の領主の一人、ヨーク・コルコト伯爵。ヨークが南部の民を扇動する理由が、俺の視界いっぱいに広がっているのだ。これは、本当に時間が無いのかもしれない。
「ボーレンさん、それから隊員諸君。今日はここで一旦解散としよう。全員ボーレンさんと共に酒でも飲んで、宿に戻るなりしていい。俺はまず竜の姫君に報告に行き、明日以降の内容を詰めてくる」
「よし、酒場じゃ! 全員ワシに付いて来ぉい!!」
こうして隊長の顔を立てつつ、部下には隊長の面倒を見させる。俺は悠々自適に仕事が出来る。嫌そうな隊員を見送り、服を整えて目的地へと向かう。
――
竜の姫君がいるのは島の東部の一角。この町にスラムは無いが、比較的所得の低い地元の漁師が住んでいる場所。
辿り着いたそこは、2階建ての倉庫であった。まるで竜を統べる姫がいると思えない程に庶民的な倉庫だ。倉庫番らしき人物に声を掛けると、2階へと主を呼びに行った。
少し待つと、扉が開かれる。
そこに現れたのは、真っ白い美女だ。
白い髪に、白い肌、そして気の強そうな銀色の瞳。背は俺よりも少し低く、傍目で見ればまだ婚姻前の女性に見える。その年齢は俺よりも遥か上のご老人だ。
そして最も特徴的なのは、頭部に生えた2本の角。
通称、竜の姫君。
ナジャ様だ。
「遅れました。お久しぶりです、竜の姫君」
「久しぶりじゃな、グロッソ。まぁ入れ」
「失礼します」
2階へと案内され、向い合せに座る。
「どうじゃ、リゼンベルグは?」
「あまり時間がなさそうですね」
「……グロッソ、お主はどこまで把握しておる?」
「情報屋を統括している姫様ほどではありませんよ。個人的な情報網から拾って憶測しているだけです」
「お互い、話は全て共有すべきじゃろうな」
「でしょうね。こちらも、色々とございますので」
竜の姫君と同じような角の生えた使用人が、茶を運んできた。
「さて、どこから話したものか……」
竜の姫君は、窓の外の遠くの景色を眺めた。
……これは長い話になりそうだ。
「俺の知っている事から話しましょう」
先に、伝えるべき事を伝えた。
とは言っても、俺の知っている情報は少ない。王都の事件、ヨーク・コルコト伯爵の話、ミルグリフ殿下の話、最近のプロヴァンスの地方情勢などだ。
「――とまぁ、これぐらいでしょうか」
「ふふ……そうか。フレデは元気にしておったか?」
「……フレデ? フレデチャンでしょうか? 分かりませんね、俺は会いたくありません。ロドリーナ姫が頑なに居場所を割ろうとしないので困ってますよ」
「ふっふっふ! お主の苦労を考えると笑えてくるのう」
「いや、本当に大変なんですよ……」
隊長の事だ。どうせまた出合い頭に戦闘を始める。
「では、次は儂じゃ。ヨーク・コルコトの情報を情報屋ミンクルに流したのは儂じゃ。南部の森化の件を調べていて、部下が違和感を感じての。ヨークの領地が可笑しい事に気付いたのじゃ。そこから武器の流れも見えた」
「やはり、ミンクルも姫の子飼いでしたか」
「いいや、あやつは独立した同業者じゃ。あやつに流せば、プロヴァンス中に広まると判断した」
流石だ。
俺もミンクルならと思って、聞いてしまっていた。
「南部の様子は見たか?」
「……えぇ。あれは酷い。ヨークが声を上げたら、この島まで南部の人間が押し寄せてくる、そんな事を簡単に予想できました」
「ヨークは分かっててやっておる。森化の影響による南部の壊滅は時間の問題じゃ。住人も理解しているが、この島に住む金は無い。そうすると、最後はどうなるか」
内戦を引き起こす訳か。
ヨークは税金を取られることに納得がいっていないとミンクルは言っていたが、実際は違うのかもしれない。ヨークは、彼が土地を守るための金を王都に取られている。そこに住む住人を守るがための、領主としての正義の行いとも言えるのだ。
「失礼ながら、これはリゼンベルグ王の怠慢でしょうか?」
「……リゼンベルグ王は仕事はしておる。じゃが、最近どうもおかしいのじゃ。状況に混乱しているのか、行動に一貫性が無い。それに国王の施策以上に、島に流入する人々の増加と、その影響による地価の値上がり、そして……南部の森化が早いのじゃ」
「……そうですか。姫様は、事が起きるのはいつだと予想されています?」
「13日後じゃ。情報の裏が取れたのは一昨日。信用できる外務大臣にだけには伝えてあるが、他は誰も知らぬ」
13日。
たった13日で、この国の内戦を防ぐ。
……これは厳しいな。
「全く時間がありませんね。姫様はこれをどう止めるのですか?」
「心苦しいが、人間同士の争いは人間で、というのが儂の立ち位置での。そこで、お主を呼んだという訳じゃ」
「ははは……はは……」
悪い冗談だ。
なんだこれは、リルーセか?
笑い所では無いのに、姫の御前で乾いた笑いが出ていた。




