入部テスト
「やっと教室から出てきたわね」
ペラッと廊下の壁が捲れて、中から恋さんと凛さんが出てきた。
見事な『忍法:隠れ身の術』でござる。
壁と同化して膨らみが一切わからなかったでござるな……。
「正面玄関からの帰宅は当分しない方が良さそうですよ~」
「どうしてでござるか?」
拙者を挟んで左に恋さん、右に凛さんが並んで歩く。
両手に花でござるな。
「部活の勧誘は建物の外って決まってるのよ。わかったら早く裏門に移動するわよ」
部活? 青春の響きでござるが、忍者学校の生徒は大会に出場できない規則になっていたはずでござる。体を使うスポーツで一般人と勝負をしても、一方的な試合展開になってしまう。大会出場という目標がなくても盛んになるのでござろうか?
「ちなみに、他学年の教室に入るのも御法度なので、注意してくださいね~」
だから、廊下で待っていたでござるか……。
何かあった時は自分の教室に逃げ込む?
「拙者の知らない事を教えて頂き、感謝するでござる」
教室から一〇〇メートルほど離れたでござろうか……。
歩みを止めて切り出す。
「が、お二人は何者でござるか?」
「何を言ってるのよ。主の顔を忘れちゃった? 言い争ってる時間はないわよ。ほら、急ぐよ」
恋さんモドキに腕を捕まれたが、振り払う。
「恋さんに化けるなら、もっと目は大きく、鼻は高く、そして表情筋の位置が違うでござる。凛さんの方は……何もかも……。足の運び、体重移動。そして二人とも匂いが違うでござるよ……」
「クソッ。一年坊主だと思って甘く見てたッチャね……」
「さしゅが服部家の人間なぁ……」
いや、変化の術が甘い二人がいけないんだと思うでござる。目元しか見えていないなら、声と動きしかバレる要素がないと高を括ったのがいけないでござるよ。
「今日の所は引き上げるッチャね……」
「ちゅぎはもっと上手くやるなぁ……」
「一瞬で『忍法:変化の術』がバレるようでは、いつまで経っても合格点はあげられないんだな?」
彼女たちの背後から登場して声をかけた。
「「ヒッ! 紀亞ちゃん先生!」」
「私の担当の生徒に手を出すと、あなたたちに変化してイタズラしちゃうんだな?」
「失礼したッチャね!」
「しちゅれいしたなぁ!」
二人はすごい速度で逃げていく。
あの紀亞先生に助けられた?
母上には劣るが、二人はすでに『忍法:韋駄天の術』を体得してそうでござる。いったい何者だったんでござろう……。
「日影君はよく術を見破ったんだな?」
「見破るも何もあの二人、変化してました?」
「なるほどなんだな? すでに『自己流忍法:真実の瞳』の類いを体得している可能性が高いんだな?」
「『自己流忍法:真実の瞳』でござるか?」
「有りと有らゆるニセモノを見分ける目なんだな?」
「でも、隠れ身の術は見極められませんでしたよ?」
「自己流忍法だから、個人の資質で名称も効果も千差万別なんだな?」
忍法が型通りの忍法であるなら、自己流忍法は型にはまらない忍法。人によってはこれを認めず、外法とも呼ぶ。
いつ発現するかも、発現条件も不明。
そのため、人生で一〇個も体得できれば上出来。
紀亞先生は説明を終えると教室に戻っていった。
結局表から帰ればいいの? 裏から帰ればいいの? 誰かそっちを教えて欲しいでござる。
あの二人の言葉はどこまで信用すべきでござるか?
廊下で一人悩んでいると、再び声が聞こえてきた。
「日影君……、まさかあんたが服部家の跡取り息子だったとはね。世の中狭いものね」
「『家名に誓う』とは、服部家の家名。これに誓われたらさすがに信用せずにはいられないですね~」
ジーッ。恋さんと凛さんの顔を記憶と照合する。
「何よ。あんた。気持ち悪いわね」
「その目は女性に嫌われますよ~」
「今度は主たちで間違いないでござるな……」
よく見れば忍び装束の着崩しレベルも違うでござった。特に凛さんは胸の膨らみを隠すために、肩口から肘にかけての露出に、並々ならぬ視線を逸らせる努力の跡が見えるでござる。
「まさかもう誰かが私たちに化けて近づいてきたの?」
「すぐに偽者とわかったでござるよ」
「どうして?」
「恋さんと比べると目は小さく、鼻が低かったでござる。それに恋さんみたいに子供顔ではなかったでござるよ」
「一言多いわよ!」
本気で頭を平手打ちされたでござる。恋さんは怒りっぽいでござるな……。
「凛さんの美しさは一ピクセルも真似ができていなかったでござる」
「ありがとうね~」
頭を撫で撫でされると気持ちがいいでござる。口元が勝手に緩むでござるな。
凛さんの手が頭から去ると、なぜかムスッとした恋さんにまた叩かれたでござる。しかも今度はグーで……。
「きっと体育館でネズミを走らせたのを見られていたわね。あの時近くに誰がいたっけ?」
「覚えていませんね~」
「狐のお面を付けていた人がいたでござるよ」
「コンちゃんか……」
「コンちゃん?」
「狐のお面だから、コンちゃん。誰も素顔を知らないし、声すらも聞いた事がないのよ」
声を出さなくても進級ができるでござるか……。
顔がバレていないんじゃ、入れ替わってもわからないのでござらんか?
それって替え玉受験がし放題でござるよ!
「でも、コンちゃんが誰かと一緒に行動するとは考え難いから、別の人ですね~」
「そう言えば、『~だッチャね』って言ってたでござる」
「あ~、それなら陸上部のあの子かもね~」
「陸上部?」
「忍法の中の走る系の走法ばかりを研究している部よ」
「陸上部なのに、研究……?」
「どうやれば自己流忍法を発現できるか、過去の発現者の体験談を参考に、より高みに挑戦する部なの」
「日影君のお母さんも陸上部と空手部、登山部に所属していたはずですよ~」
思っていたのと部活の質が違ったでござるけど、所属するメリットは大きそうでござるな……。
走法ばかりを伸ばしていたから変化の術が疎かだったでござるか。しかしながら、逃げ足の早さには納得したでござる。
「日影君の所属する部は帰宅部で決定ですよ~」
凛さんそれは部活動じゃないでござるよ!
「何言ってるの! 料理部に決まってるでしょ!」
クッキー作ったり、ホットケーキ作ったり。美味しそうな部活動でござる。
「それなら入っても……」
「毒味役が不足してるのよ!」
毒味……役……? 恋さんは何を言ってるのでござるか?
腕を引っ張られ、教室と体育館の中間あたり、家庭科室へ連行された。
「いきなり入部テストよ。さっそくこれを飲みなさい!」
勧誘じゃなくて、入部テスト? まだ入ると決めたわけじゃ……。
紫色の煙を放つどす黒いグツグツしている液体。絶対に致死量の毒が入っているでござる。
透明のガラスのコップを受け取って、側面から中を見る。細いタイプのコップなのに、闇の向こう側が見えない。恐ろしい黒さでござる。
凛さんが耳打ちで教えてくれる。口を動かした時の布の擦れる音が堪らないでござる。
「一応材料はリンゴオンリーなんですよ~。恋がミキサーで作るとそれになるんですよ~」
これの正体はリンゴジュースだったらしい。リンゴの種を集めてジュースにしたとしても、もっと美味しそうな物が出来上がると思うでござる。
何日間放置したでござろう……? いや、今の口振りから作りたてでござるな……。
「ちなみに毒味して死ぬ確率は?」
「心配いりませんよ~。飲んだ人は便秘知らず。一週間便秘になることは絶対にありませんよ~」
それは単に下痢になっているだけではござらんか?
違う意味でこれは才能でござる。
「なに、二人だけでコソコソ内緒話をしてるのよ! 男だったら早く飲み干しなさいよね!」
恋さんがイライラし始めたでござる。これを前にして飲み干せとは……。
拙者、もう帰宅部でいい気がしてきたでござる。凛さん、あなたは正しいでござった。
グダグダ文句を言っても終わらない。飲むでござる。ストローで、まずは一口。
「見た目はアレでも、味は確かにリンゴジュースでござるな……」
これなら楽勝で飲み干せるでござる。
『自己流忍法:毒耐性』体得。
え? リンゴジュースで?
「へぇ~。なかなかいける口ね……」
幼い頃から、毒に慣れるために、色々食べてきたでござるが、よもやこんなところで……。
恋さんは拙者に背中を向けて、ゴソゴソ何かをしている。
「こちらは恋の料理の特効薬です~。いりますか~?」
黒い丸薬一粒が凛さんの右手の上を転がる。
「『自己流忍法:毒耐性』を体得したから大丈夫でござるよ」
「やはり、恋のリンゴジュースは一〇人に三人の確率で発現させますね~。優秀優秀」
部活の成果としては確かに優秀な発現率でござるが……。ミキサーで作っただけで、どうやってあの見た目にしたのでござろうか……。
「次はこれよ!」
皿の上に、デローンッと形が崩れた緑色の何か?
粉がかかっている。これは抹茶……?
「プリンですね~」
「プリンでござったか!」
抹茶アイスや抹茶クッキー、抹茶団子を想像したでござる。
プリンが何故、緑色……。リンゴジュースが黒いなら、色に惑わされた拙者の落ち度でござるな。修業不足でござる。
「私の得意料理よ!」
得意の意味を今一度勉強し直した方がいいでござるよ……。
「スプーンがなくちゃ食べられないわね」
皿の横にちょこんとスプーンが置かれた。
あってもプリンだとは思って食べられないでござる。
元がよもぎ大福と言われれば、それはそれで納得できるレベルでござる。
どうせ『自己流忍法:毒耐性』は体得したでござる。死ぬことはないでござろう。
スプーンを使って頂く。飲み物の代わりに、リンゴジュースが注がれた。それを凛さんが持って待機。
毒をもって、毒を制す!
プリンにスプーンが触れた瞬間、スプーンから煙が出たでござる。そして引き抜くとその部分だけ黒く変色している。このスプーンは銀でござるな!
「恋は最近、料理の腕を上げましたからね~」
「それほどでもないわよ」
主たちの会話と拙者の持つ皿に置かれた物体が不一致でござるよ。
「昔は何を作っても全部が同じ『苦い』だったんですよ~」
「凛! それは内緒よ!」
そう言われると、確かにリンゴの味がしてたのは、料理の腕を上げたと認めざるを得ないでござるか?
では、これは……。
抹茶がシロップの固形物で、デローンッとしていた本体がプリンの味……。
「恋の料理を嫌がらずに食べた人は日影君が初めてですね~」
拒否する選択肢が本当にあったでござるか?
心の中では何度も嫌がったでござるよ。
「主が作ってくれた料理を食べないとは……」
急に視界がグラッと揺れた。慌ててテーブルに手を付いて体を支える。
持っていたスプーンは床に落としたが、なんとか皿の方は落とさずに済んだでござる。
「日影君が毒耐性を持っていなかったら、また病院送りになるところでしたよ~?」
「きちんとプリンの箱の裏に書いてあったレシピ通りに作ったのよ?」
「でも、入部テストは合格しましたね~。おめでとう~」
全然嬉しくないでござる。
「これで凛の手料理を食べる資格を得たわね」
やっぱり嬉しいでござる。