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 ハープのあった森――いまや、焼け野原になったそこを軍用車が行き交い、頭上を数基のヘリが飛んでいた。二台に分乗して空港に向かう僕たちの横を、重機を乗せた大型のトレーラーがすれ違って行く。

「ダニエルたちの遺体はどうなるんだろう」

「そのままだ。メンバー以外に身寄りや知己があるわけではない。あの火災は天災でないとわかれば被疑者だって必要になる」

 運転席の印南さんが答えた。前を行くフォードエスケープには工藤教授一行が乗り、真新しいフルサイズバンには僕と愛ちゃん、そしてROHのメンバーが。

空港まで僕たちを乗せていった後、このバンはディネの村に与えられるのだと戸崎調査官は言った。狩猟のできなくなった村への高額な補償も工藤教授は申し出たが、族長は頑として受け取ろうとしなかったそうだ。

「環境テロリストの仕業にでも見せかけるつもりですか」

「彼らが森に火を放ったのは事実だからな」

〔六歳のくせにえらそうだな、こいつ〕

 2ちゃんねるが毒づいた。

 あの時、〝意思〟は言った。『存在は認識を必要とするが、それが必ずしも人類である必要はない』と。歴史からなにも学ばない僕たちを〝意思〟は、いつまで好き勝手させておいてくれるのだろうか。


 知世がしゃがんで愛ちゃんを抱きしめている。彼女の頬を伝う幾筋もの涙が、僕の胸を締めつけた。

 アトランタに集合している第二世代を連れ帰ると言う工藤教授一行とは、このアンカレッジで別れることになる。身体を離した愛ちゃんはきょとんとした顔で僕の許に戻ってきた。

「あんなきれいなひとがママだったらよかったのにねー」

 念には念を、ということか――。

「よおし、パパが結婚を申し込んでみるよ」

「うん! ばんばってね」

 気の効いた言葉ひとつも思い浮かばないまま、僕は知世の前に立った。

「愛ちゃんの件、頼んでくれたんだね」

「ええ、あの子をお願いします」

「うん、任せといて」

 ここで最後の抱擁か、と思った僕の顔を知世の手が挟む。彼女の唇が震えて声に変わった。

「俊哉、永遠に愛してるわ」

「えっ、だって君は……」

 その声は喉の奥で消えていった。

「――ですよ」

 魅惑的な唇の動きに眼を奪われていた僕は忘我から立ち返った。

「はあ?」

「UA1135便のチェックインですよね? いま流れているアナウンスがそうですよ」

「あっ、どうもありがとうございました。いやあフランス語だけはどうも苦手で」

「アナウンスは英語でしたよ」

 女性はクスリと笑って離れていった。僕はたまたま見かけた日本人と思しき女性に飛行機の時間を訊ねていたらしい。あまりの美しさにぼうっとしていたようだ。娘の愛が駆け寄ってきて僕の袖を引っ張る。

「どうだった?」

「どうってなにが?」

「あのおねえさん、けっこんしてくれるって?」

「あはは、断られちゃったよ」

 どうやら僕は娘にとんでもない見栄を張っていたようだ。しかし、なんだってまた妻を亡くした傷心旅行の行き先にアラスカなんぞ選んだのだろう。いくら動転してたとはいえ、四月にアラスカはない。愛のリクエストだったのだろうか? 記憶を手繰り寄せようとするとひどい頭痛がしてきた。

 先ほどの女性はひとを待たせていたようで七~八名のグループに合流していた。一度きり振り返った顔が悲しげに見え、僕の胸はチクリと痛んだ。

「ざんねんねー」

「そうだね。でも愛はパパがいれば平気だろ?」

「どうかなあ」

「あっ、なんだそれ。こうしてやる」

 幼女の首を締めるふりをする額に大きな絆創膏を貼った変な髪型の男に、通りかかった老女が露骨に眉をひそめる。

 観光中、僕と愛はカナダ国境に近い地点で大規模な森林火災に巻き込まれた。僕は将来のある愛の顔に傷の残るような怪我がなかったことを異国の神に感謝した。一粒種の愛は、妻がこの世界に生きていた証だ。確かなものなどなにひとつないように思えるこの世の中で、ただひとつ揺るぎないものがあるとすれば、それはこの子をまもっていこうとする僕の決意だ。

 搭乗の時刻を教えてくれたきれいな女性の姿は、既に見えなくなっていた。


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