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どのくらい気を失っていたのだろう。意識を取り戻した僕を見下ろす顔、すべてが美男美女だ。思わず天国にいるのかと錯覚しそうになった。
「気がついたのね」
知世の声だ、僕の右手は彼女に握られていた。
「ここは?」
「ディネの村よ」
視覚、聴覚に続いて嗅覚が戻ってきた。トレーラーハウス独特の匂いが引き金となって記憶が呼び起こされる。
「愛ちゃんはっ!」
火だるまになった車と愛ちゃんのことが思い出され、ガバっと身体を起こした。
「……っつう」
頭はズキズキ痛み、顔もヒリヒリする。打ち身と火傷のヴェールに苛まれる僕の視界にチラチラするのは、ガーゼの端のようだった。
「膝を擦りむいているけど元気よ。外でイスタスと遊んでいるわ」
知世は僕の胸に手を添えてベッドに戻した。
「そうか、よかった――」
僕を見下ろしていたのは知世を含め四人、ブレンダンとアリスとアビゲイルだ。ブレンダンの顔には幾つもの擦過傷があり、左手は包帯でグルグル巻きにされていた。
「愛ちゃんがその程度の怪我で済んだのはホキイのお陰だよ。お礼を言いたい。彼はどこに?」
「行方不明だ」無念さの滲む声でブレンダンが言った。「コントロールを失った車はガコナリバーに落ちた。ミスター戸崎はその前に脱出し、僕は横倒しになった車の側面から這い出した。そして――」ブレンダンの視線は回想をなぞるように僕を通り過ぎる。「この眼で見たことだが未だに信じられない。川に落ちる直前、車から投げ出された君と愛ちゃんは、地面に叩きつけられることもなく、岩の上に浮かんでいた。あれは一体、なんだったんだ」
えっ……。
「その光景に僕が気を取られているうちに、車内にホキイを残した車は流れに呑まれてしまった」
「すると、生存が確認されているのは僕と愛ちゃん、君と――」
僕はブレンダンに続きを振った。
「ミスター戸崎だ」
「あの三人は?」
ブレンダンは黙って首を横に振った。
「今後は?」
「動けるようになったら逢って欲しいひとがいる」
「誰?」
僕は愛ちゃん顔負けの『なぜなに君』になっていた。
「逢えばわかる」
逢えばわかるなら教えてくれてもよさそうなものなのに――。だが、僕にはそれが誰なのかもうわかっていた。ROHのメンバーは父親だけでは生まれない。
左のこめかみ辺りがやけにスースーする。手で触れるとそこにあるはずの僕の髪が……
「ないっ!」
「炎が俊哉の髪を焼いてしまったみたいね。額の傷と火傷は全治一週間程度だそうよ。よかったわね」
アリスが言った。
よかったのか? 両手で頭に触れてみるとモヒカンにする途中で怖気づいてしまったようなヘアスタイルが連想された。額の傷や火傷も気になる。ただでさえ『モテない君』である僕の顔にケロイドや傷が残ったのでは――。不安に駆られた僕は確認を要求する。
「鏡を見せてくれないか」
「見ないほうがいい。髪はすぐに生えてくるわよ」
アリスの笑いを堪えたような顔が気になる。
「気にしないで。外見がどうだろうと、あなたは素晴らしいひとだわ」
知世の言葉に、僕は鏡を見るのが怖くなっていた。




