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 不意に身体が安定した。見ると、焼けたバックドアに背中を押し当て、ホキイが僕の身体を支えようとしてくれている。

「どうもありがとう」

「ホキイ、キッチ」

 彼は人懐っこい笑顔とサムアップで応えてきた。

ブレンダンがシートバックを乗り越えると荷室に少し余裕が生まれ……って、ここは燃料タンクの真上じゃないか! 

 神様、仏様、あと少しだけもたせて下さい。僕の祈りも虚しく、尻の下でボンッ! と破裂音がした。きつく眼を閉じて爆風に備える僕の腕のなかで愛ちゃんが言った。

「なんか、くさーい」

 破裂したのはタイヤだったようだ。車は妙な角度に傾いたまま走り続ける。

ガシャンという音と衝撃が僕たちを襲う。ガラスのなくなった窓から外を覗くと、PGBを出て走り去ったはずのミニバンを弾き飛ばしたところだった。シルバーメタリックだったはずの車体をオレンジに染め上げて炎上している。

「炎のなかを闇雲に走ったようです。装甲車と正面衝突していました」

 戸崎調査官が言った。

 その装甲車は? と車外を見回すとアクセスロードに並行して流れる川縁に仰向けに転がっている。連絡も途絶えるはずだ。

 再び破裂音がした。今度は前輪がやられたようで車が蛇行を始める。戸崎調査官は必死でハンドルと格闘している。

「ゲートが近い。門柱にぶつかるぞ、速度を落としてくれっ!」

「ブレーキは踏んでいるんだっ!」

 ブレンダンの叫びに戸崎調査官が怒声で返す。

 自動車のブレーキは、その性能を車輪の有効回転半径に大きく依存する。剥き出しになったホイールのみで重量級のフルサイズバンを止めるには無理があった。

「しっかり掴まっていてくださいっ!」

 車を真っ直ぐ走らせるのに必死な崎調査官にはわからないだろうが、樹脂製のアシストグリップはすべて溶け、金属部分はとてもじゃないが熱くて握れる状況にない。僕はシートバックに片手をかけ、身体を起こした。

「フルブレーキングでロックさせたら、バックギアに放り込んで、ギアが入ったらアクセルをふかすんです!」

 通常、車のギアは前進中、バックには入らないようになっている。だが、ホイールをロックさせれば別だ。進行方向と逆に駆動力をかけることで前進のエネルギーは減殺される。

「聞こえないっ、もう一度!」

「だから、ブレーキペダルを蹴っ飛ばして――」 

 手順を言い終える前に車は最大転覆角度を越え、アクセスロードを飛び出した。勾配の急な堤を、ドラム式洗濯機の中身よろしく車内を転がりながら、僕はアヴリルの歌声を聴いていた。

 ――逆さまになって落ちていくの、止められない。でも、地面に叩きつけられたってなんとかしてみせるわ。

 フロントガラスが飛び、バックドアが外れる。ブレンダンが叫んだ。

「川に落ちるぞ!」

 細く貧弱な身体が恥ずかしかった僕は、海水浴やプールが苦手で泳ぎも得意ではない。愛ちゃんを抱いて急流に落ちれば、ふたりして溺れるのは必至だ。回転の緩くなった車から飛び降りるか、川に落ちてから這い出でるか、選択肢はふたつしかない。

 すぐに結論は出る。床から外れたサードシートが思いっきり僕の背中を押してくれていた。

 車から放り出された僕の眼間に、叩きつけられたら御陀仏間違いなしのゴツゴツした岩が迫っていた。



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