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 今回、ホキイが選んだのは、昨夜より三百メートルほど南南西、ハープを挟んで時計の短針が十一時を差す地点に顔を出すルートだった。比較的、森の密度が粗く残雪も少ないため目的地までの所要時間は短縮されるが、反面、侵入を発見されやすくもなる。敢えて、そんな危険を冒したのは、夜が更けきっていたことと、近づく雷鳴と火の手に焦っているのは僕たちだけではないという読みからだった。森の切れ目からの眺望は、その読みが正しかったことを僕たちに伝えてきた。

 十名ほどがアンテナ群後方で消火作業にあたっている。兵士以外の人間が様々な服装である様子から、所員、若しくは作業員ではないかと思われる。延焼を食い止めようとアンテナ群後方の森を重機で薙ぎ倒す者、ホイールの着いた大きな消火器を転がして行く者もいる。蜂の巣をつついたような――その光景は、まさにそれを絵に描いたようなもので、懸命の消火活動も虚しく、火の勢いは増すばかりだった。

 ピックアップトラックの荷台には大型の投光器が備えられ、一帯を昼間のように照らし出す。目前に迫る雷鳴と火の手が人々を殺気立たせ、飛び交う声から冷静さは失われていた。

 視界を切り替えると猛烈な勢いで水の分子が上昇していくのが見える。激しくぶつかり合い、弾け飛んでは融合を繰り返して密度を上げていく。それらを吸い込んだ雷雲は空を覆い尽くすほどに膨れ上がっている。

「雨だっ!」

 バラバラと地面を叩く音が聞こえ、僕は歓喜の声を上げた。

「これで火勢も収まるんじゃないか?」

「いや、あれは――」ブレンダンが首を振る。「雹だ」

 雷雲が吐き出してきたのはゴルフボール大の氷塊だった。消火活動にあたっていたひとびとは、堪らず撤収を始める。落雹でルーフのへこんだ車に乗り込み、一台、また一台と左手の建物へ戻っていった。

「雷雲が電荷を使い切る前に落雷を誘導する」僕は言った。「君たちはここで待っていてくれ」

 それだけではない。天候の急変で強風が起こり、火災は凄まじい勢いで広まりつつある。のんびりしていたら僕たちまで火に呑まれてしまう。

「大丈夫か?」とアイダン。

「さあね、こんな大冒険は僕の人生で初めてのことだ。どこまでが大丈夫でどこからが危険なのかを推し量る基準もないが――」サムアップは自信がなかったのでウィンクをしてみた。やりつけてないことをするものではない。両目を瞑ってしまった僕は、彼らにチック症のように映ったことだろう。「やるしかないだろう。行ってくる」

 歩き出そうとする僕の袖をホキイが掴んでいた。

「なんだい?」

 彼はなにも言わずに僕を抱擁した。気をつけろ、そう言いたかったのだと思う。

「ありがとう。強い相手に勝つためには、いい手が来た時、一発勝負に出るしかない。オーシャンズ11でジョージ・クルーニーがそう言ってた」

 ホキイが理解したとは思えない。これは恐怖に竦み上がった自分自身を勇気づけるための軽口だった。

「やっと来たか」

ハープを正面に臨む森で待っていたのはダニエルだった。ひとびとの慌てふためく様を愉悦に満ちたような顔で見ている彼に僕は腹が立った。

「君は、自分がなにをやっているのか理解してるのか! 他の連中はどこにいるんだ!」

「火災の規模が大きければ大きなほど、水蒸気の上昇は増える。俊哉が呼び寄せられない雷雲を作り上げるためだ、景気良く行こうじゃないか。クリスたちは着火剤がなくなるまで火を点けて回ると言っていた」

「そんなあちこちに火をつけたら森がなくなってしまうじゃないか」

「それがどうした? 獲物が去り、猟場としての機能を果たさなくなった森などなくてもネイティブの連中は困らない。君は自分の任務を果たすことだけ考えていればいい。さあ見せてくれ、ゼウスの如き力を」

 ミュージカル役者にでもなったつもりか、ダニエルは大仰な身振りでハープを指し示す。雷雲は、その真上にいた。


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