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文目わからぬ暗の森、ここを抜けていくのは至難の業に思えた。
グラブコンパートメントからなにか取り出してブレンダンが投げて寄越す。ゴーグルだった。
「フレームの左右にLEDライトが着いている。なにかの気配を感じたらすぐに消してくれ」
弦の部分を探ると、小指の先ほどのランプユニットが取り付けられている。小さな突起を押すと昼光色の光束が足元を照らし出した。
超低周波を嫌った動物たちが去った森は、しんと静まり返っている。静寂を侵すのは雪を踏みしめる靴音と僕の荒い息だけ。彼方に雷鳴が聞こえていた。雷雲がハープの上を通り過ぎてしまう前に森の切れ目に到達しなければならない。僕は踏み出す足に力を込めた。
「ダニエルたちは森の反対側に火をつけたみたいだね」
「目的はハープの破壊だからね。こちら側に火をつけたのでは我々が森にはいれなくなることぐらい連中も承知しているさ」
「だけど、村に車は一台きりなんだろう? 彼らはどうやってあんな遠くまで行けたんだろう」
「ニ艇あった犬橇が一艇しかなかった。それを使ったんだと思う」
「君たちほどの技術力があれば、道標にセンサーみたいなものを設置しておくことだってできたんじゃないのか。同じルートを辿るならホキイの案内がなくたって、おっと――」
光束が残雪に乱反射して視界は思ったより悪い。足を取られて途切れた言葉の続きはブレンダンのなかで補完された。
「継続的に電波を出すものは衛星に探知される。だからこそ彼らの協力が必要だった」
ブレンダンの吐く息が光芒のなかで揺れる。彼の視線の先には灯りもなしでずんずん進んでいくホキイの姿があった。
「ハープの破壊を交換条件にしたのか――」
「交渉はダニエルだが……、そのとおりだ」
それは他人が振り出す予定の手形を支払いに回すみたいな不確実この上ないものだ。
「君は知らないみたいだけど」畢竟、口調に不快感が混じる。「僕はダニエルたちに眠らされた上、遺伝子……、精子を採取されたみたいでね」
「まさか、そんな……」
ダニエルは驚いたような顔で僕を見た。
〔探るならいまだ〕
ブレンダンは動揺から立ち直っておらず、ROHのメンバーも傍にいない。〝推論エンジンへの連絡〟はプロジェクトの破綻を意味していた。弱味につけこむようで少々、気は引けるが――。
「君たちはなんらかのコミュニケーション手段を持っているはずだ。疑うならアビゲイルに確かめてみるといい」
「残念ながら我々の通信範囲はごく近距離に限られる。ロッジの通信施設を見たろう。僕がこれを持っているのもそのためだ。もっとも」ブレンダンは『見えない君』の襟元から小型の無線機を取り出して言った。「これを使った途端、僕たちの居場所は敵に知られることになる」
――なにかわかったか?
〔ふむ……〕
いまいち得心がいかない――2ちゃんねるはそんな感じだった。
指笛が鳴った。十五メートル程前方でホキイが身体を低くしろ、と合図している。ライトを消し。木陰に身を潜めようとする僕にブレンダンが言った。
「あれはアイダンだ」




