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「すぐ戻るからね」

 遊び疲れ、ぐっすり寝入っている愛ちゃんの耳元で囁いて、僕はトレーラーハウスを出た。ブレンダンがハンドルを握るフルサイズバンの助手席にはホキイが乗り込んでいた。

 後部席に乗り込んだ僕がスライドドアを閉めるやいなや、車は砂利を蹴立てて発進する。もうもうと舞い上がる土煙のなか、ディネの集落はあっという間に小さくなっていった。

「ドゥヤアッテェエエッハダハゴーネッ」

「なんだって?」

 ホキイは興奮した口調で僕に言うが、さっぱりわからない。

「悪魔の屋根を追い払おう、彼はそう言っている」

「うん、雷雲が発生するといいね」

「ォンアキィスニル」

「え?」

「日本の友人に見せたいものがあるそうだ」

 なんだろう? 

 ホキイはジャケットを脱いで腕まくりをした。右の二の腕に大きく『全自動』とタトゥーが彫られている。僕は苦笑で親愛の情に応えた。

「随分、飛ばすんだね」

 ブレンダンの乱暴な運転のせいで、僕は何度かピラーに頭をぶつけている。

〔渦雷は動きが速い。グズグズしていると、あっという間にハープの上を通り過ぎてしまうから焦っているんだろう〕

 ――そうなんだ? って、いままでなにやってたんだよ。

〔それはこっちの台詞だ。睡眠導入剤入りのコーヒーをガブガブ飲みやがって〕

 えっ……。

〔ダニエルのやつに脳波をいじられたじゃないか。そのせいで表層に出て来られなくなっていた。さっきの電気刺激でやっと戻ってこられた〕

 あれは夢じゃなかったのか……。

〔その分では〕2ちゃんねるが言った。〔アビゲイルにレイプされたのも気づいてないな〕

 ――ええええええええええ! 

 夢精だとばかり思っていましたとも。

〔あれは気持ち良かった〕

 ――この野郎、よくもぬけぬけと。

〔いまのはサブちゃんだ〕

 ……。

 僕は、サブちゃんが意外とチャッカリしていることを知った。

「見ろっ、稲光だ!」

 ブレンダンが前方を指差して怒鳴る。彼方の空に光が瞬くのがわかった。未舗装路をフルスロットルで駆け抜けるものだからマフラーの一部が脱落してしまったらしい。雷鳴までは聞こえないが、確かに稲光のようだった。

 前日、車を停めた地点を危うく行き過ぎかけたブレンダンが急ブレーキをかけ、車は斜めになって止まった。あのタクシードライバーといい、アラスカでは峠族でも流行っているのだろうか。

「この時期、風は山頂から吹き降ろしてくる。火が広がるのは早いぞ」

 振り向いたブレンダンの眼には緊張が漲っていた。


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