【第120話】枢機卿邸への突入
皇宮の正門前には、武装した騎士たちが次々と集まっていた。
馬に跨る者、剣や盾の状態を確認する者、仲間と小声で作戦を確認する者。普段は整然としている皇宮の前庭も、今は緊迫した空気に包まれている。
これから向かうのは、ガルディ枢機卿の屋敷。
皇都でも屈指の広さを誇るその屋敷には、多数の私兵が配置されているという。
さらに、教会の関係者や傭兵まで出入りしているとの情報もあり、敵の戦力は完全には把握できていなかった。
それでも、皇帝フェルキアは出兵を決断した。
目的は、エレノアとレイシスの救出。
そして、ガルディが何を企んでいるのかを突き止めることだった。
「……準備は整ったか?」
騎士団の前に立つランドルフが、周囲を見渡しながら尋ねた。
「はっ! いつでも出発できます!」
部下の騎士が力強く答える。
「よし。全員、聞け!」
ランドルフの声が前庭に響き渡った。
「今回の作戦の最優先事項は、エレノア殿下とレイシス殿下の救出だ。敵の抵抗が予想されるが、無用な殺傷は避けろ! 可能な限り捕縛を優先し、民間人や関係のない者を巻き込むな!」
「はっ!」
騎士たちの返事が一斉に響いた。
その様子を少し離れた場所から見ていた大地は、腰に装着した装備を確かめながら、落ち着かない気持ちを抑えていた。
今すぐにでも、エレナのもとへ駆けつけたい。
しかし、焦って行動すれば、かえって彼女たちを危険に晒すことになる。
今は、作戦を成功させることだけを考えなければならなかった。
「……ダイチ」
ふいに声をかけられ、大地は振り返った。
そこに立っていたのは、赤みがかった髪を肩口で揺らす女性だった。
腰には二本の短剣。身のこなしには隙がなく、その口元にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいる。
「マチュア!」
盗賊ギルドの頭、マチュアだった。
「よう。随分と物々しいことになってるじゃないか」
「来てくれたんだな」
「あったりまえだろ。こっちは教皇様から直接お達しを受けてるんだよ」
マチュアは肩をすくめた。
「殿下奪還作戦に参加しろ、だってさ。しかも、できる限りの協力をしろってね。教皇様も、今回は本気みたいだよ」
「ルードリィ教皇が……」
大地は、先ほどまで話し合っていた教皇の姿を思い浮かべた。
表立って皇帝に協力することはできない。
それでも、裏から情報を集め、盗賊ギルドを通じて支援を続けてくれている。
その協力がなければ、ここまで迅速に動くことも難しかっただろう。
「それで、屋敷の情報は?」
「もちろん、抜かりないよ」
マチュアは懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「地下通路の入口は、屋敷の北側にある倉庫の床下。さっき伝えた情報に変更はない。通路の途中に見張りがいる可能性もあるけど、少なくとも入口付近には常駐の警備はいないはずだ」
「本当に助かる」
「礼は後でいいさ。お姫様たちを助け出してからね」
マチュアは軽く笑ったが、その目は真剣だった。
「ただし、気をつけなよ。ガルディの奴は、こっちが何か仕掛けてくることを予想している可能性がある。あの屋敷は広いし、私兵も相当な数がいる。地下通路が安全だなんて、誰も保証できないよ」
「分かってる」
大地は頷いた。
「それでも、行くしかない」
「……ふふっ。あんたかっこいいよ。その覚悟を決めた顔…子宮が疼いちゃう」
マチュアは頬を上気させながら、下腹部に手を添えた。
「じゃあ、そろそろ出発しようか。騎士団が正面から突入するのに合わせて、あたしたちは裏から入る。敵の注意が正面に向いているうちに、地下通路を抜けるんだ」
「ああ。エレナたちを見つけ出そう」
二人は視線を交わすと、静かに頷いた。
やがて、ランドルフが騎士たちに向かって右手を掲げた。
「全軍、出発!」
号令とともに、騎士団が一斉に動き始める。
馬の蹄が石畳を打ち鳴らし、鎧や武器の擦れる音が皇宮の前庭に響き渡った。
大地とマチュアも、その動きに合わせて皇宮を後にする。
目指すは、ガルディ枢機卿の屋敷。
エレナたちが囚われているかもしれない場所だった。
◇
皇都の北東部。
高い石壁に囲まれた、ガルディ枢機卿の屋敷。
その敷地は広大で、正面には重厚な鉄門がそびえ立ち、奥には複数の建物が並んでいる。庭園には手入れの行き届いた木々が植えられ、屋敷の本館は、皇都の貴族の邸宅と比べても遜色のない威容を誇っていた。
しかし、その美しい外観とは裏腹に、敷地の内外には多くの武装した男たちが配置されている。
門の両脇には数名の門兵。
石壁の上にも見張りが立ち、敷地内を巡回する私兵たちの姿も見える。
ここが単なる枢機卿の住居ではないことは、誰の目にも明らかだった。
その屋敷から少し離れた路地裏で、大地とマチュアは身を潜めていた。
「……すごい警備だな」
大地は石壁の向こうを見つめながら、小さく呟いた。
「そりゃそうさ。枢機卿ともなれば、敵も多いからね。もっとも、あの人数が全部、護衛のためだけに集められたとは思えないけど」
「ガルディが何かを企んでいる証拠、ってことか」
「そういうこと」
マチュアは壁の上に視線を走らせた。
「さて……そろそろ時間だね」
大地は懐から、小さな瓶を取り出した。
中には、淡い光を帯びた液体が入っている。
温泉ポーション。
大地の温泉スキルによって生み出された、身体能力を大幅に引き上げる特別なポーションだ。
以前、ドーゴを襲った魔物の群れとの戦いでも、その力は大きな効果を発揮していた。
今回の敵は魔物ではない。
それでも、どれほどの実力者が待ち構えているか分からない以上、万全の状態で臨む必要があった。
「マチュア、これを飲んでくれ」
「ん? 何だい、これ?」
「温泉ポーション。身体能力を一時的に20%程度引き上げられる」
「……20%?」
マチュアの眉がぴくりと動いた。
「ちょっと待ちな。あんた、さらっととんでもないことを言わなかったかい?」
大地は自分でもポーションを飲み干し、出し惜しみはしない。身体能力を三十倍に引き上げる。効果時間は二時間だ。
「まあ、普通に考えたらそうだよな」
「普通どころじゃないよ! 身体能力が20%って、どんな代物なんだい!?」
マチュアは瓶を受け取り、光を透かすように眺めた。
「……まったく。ダイチの周りじゃ、驚くことばかりだね」
「詳しい説明は後でするよ。今は、少しでも有利な状態で突入したい」
「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」
マチュアは瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。
大地も自分の分を飲み込む。
ポーションが喉を通った瞬間、身体の奥から熱が広がった。
筋肉の一つひとつに力が満ち、視界が鮮明になる。周囲の物音も、先ほどよりはっきりと聞き取れるようになった。
大地は軽く拳を握り、身体の状態を確かめる。
「……よし」
隣では、マチュアも自分の手を開いたり閉じたりしていた。
「へえ……これはすごいね。身体が軽い。いつもより、ずっと動けそうだ」
「効果が切れる前に、決着をつけたいところだけどな」
「まったくだね」
二人は地下通路の入口がある倉庫へ向かうため、再び周囲を確認した。
表通りでは、騎士団が進軍するための準備が進んでいる。
遠くから、馬の蹄の音が近づいてきた。
そして――。
「……来たね」
マチュアが小さく呟いた。
次の瞬間。
「全軍、突撃ぃぃぃっ!」
ランドルフの雄叫びが、夜の皇都に響き渡った。
◇
「敵襲だぁぁぁっ!」
枢機卿の屋敷の正門で、門兵の一人が叫んだ。
直後、石畳を揺らすほどの勢いで騎士団が押し寄せる。
「門を守れ! 絶対に通すな!」
門兵たちが慌てて武器を構えるが、すでに遅かった。
先頭を走る騎士たちが盾を構え、一斉に鉄門へと突撃する。
「押し込めぇぇぇっ!」
ガァンッ!!
激しい衝撃音が響き、鉄門が大きく揺れた。
門の内側にいた私兵たちが、慌てて応戦する。
剣と剣がぶつかり合い、怒号が飛び交う。
「皇帝陛下の命令だ! 武器を捨て、投降しろ!」
「黙れ! ここを誰の屋敷だと思っている!」
「押し返せ! 門を突破させるな!」
両陣営の兵士たちが激しくぶつかり合う。
騎士団は統率の取れた動きで門兵を押し込み、やがて鉄門の一部を突破した。
「突入しろぉぉぉっ!」
ランドルフの号令が響く。
騎士たちが一斉に敷地内へと雪崩れ込んだ。
戦いの火蓋が切られたのだ。
しかし――。
「……ちっ。やっぱり、すぐに対応してきたか」
ランドルフは眉をひそめた。
屋敷の奥から、次々と武装した私兵たちが現れたのである。
彼らは混乱するどころか、あらかじめ決められていたかのように隊列を整え、騎士団の進路を塞いだ。
「陣形を崩すな! 前衛は盾を構えろ! 後衛は援護しろ!」
ランドルフの指示に、騎士たちが素早く反応する。
騎士団は押し込もうとするが、私兵たちも一歩も引かない。
その動きは、単なる屋敷の護衛とは思えないほど洗練されていた。
「……どうやら、こちらの襲撃を想定していたようだな」
ランドルフは剣を構え直した。
「だが、ここで止まるわけにはいかん!」
彼が再び前進の指示を出そうとした、そのときだった。
「おいおい……随分と威勢がいいじゃねえか」
戦場の奥から、低く、しゃがれた声が響いた。
私兵たちが左右へと道を開ける。
その間を、ゆっくりと一人の大男が歩いてきた。
分厚い肩幅に、鍛え上げられた腕。
全身から放たれるのは、歴戦の戦士だけが持つ圧倒的な威圧感だった。
手には、刃渡りの長い大剣。
その剣を片手で軽々と担ぎながら、男は騎士団を見渡した。
「皇帝の騎士団ってのは、この程度か?」
男が口元を歪める。
「……まさか、こんなところでお前に会うとはな」
ランドルフの表情が険しくなった。
その男の顔には、見覚えがあった。
忘れるはずもない。
数々の戦場で名を轟かせ、金さえ積まれればどんな危険な依頼も引き受けると噂される傭兵団。
サハド傭兵団。
その中でも、特に危険な存在として恐れられている男がいた。
死神の異名を持つ、大剣使い。
「……オルド」
ランドルフが、その名を口にした。
男はニヤリと笑った。
「おう。俺の名前を覚えてくれていたとは光栄だな、騎士団長さんよ」
「なぜ貴様が、ガルディ枢機卿の屋敷にいる?」
「仕事だからに決まってるだろうが。雇い主が誰だろうと、俺には関係ねえ」
オルドは大剣を肩から下ろした。
「それより、久しぶりに楽しめそうな相手がいるじゃねえか」
次の瞬間、オルドの姿が動いた。
「なっ……!?」
先頭にいた騎士が反応するよりも早く、大剣が横薙ぎに振るわれた。
ドゴォンッ!!
凄まじい衝撃音。
数名の騎士がまとめて吹き飛ばされ、地面へと転がった。
「ぐああっ!」
「おい、しっかりしろ!」
仲間たちが慌てて駆け寄る。
オルドは大剣を軽々と振り戻し、まるで何事もなかったかのように肩を回した。
「どうした? まだ始まったばかりだぞ」
その一撃を見た騎士たちの間に、動揺が広がった。
一振りで数名を薙ぎ倒す。
その膂力も、剣を振るう速度も、並の戦士とは明らかに違っていた。
「……全員、そいつから距離を取れ!」
ランドルフが鋭く叫んだ。
「無理に正面からぶつかるな! 負傷者を下がらせろ!」
騎士たちが指示に従い、オルドを取り囲むように陣形を組み直す。
だが、オルドは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ちまちまと面倒くせえな」
大剣の切っ先が、ゆっくりとランドルフへ向けられる。
「お前が相手をしろよ。騎士団長」
ランドルフは剣を構え、静かに前へ出た。
「……いいだろう」
その眼差しに、迷いはない。
「貴様を放置すれば、部下たちに犠牲が増える。ここは私が相手をする」
「ははっ! そうこなくちゃな!」
オルドが獰猛な笑みを浮かべる。
「すぐに死ぬんじゃねえぞ!」
二人の視線が交差した。
そして――。
ガキィィンッ!!
大剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散った。
ランドルフとオルド。
皇国の騎士団長と、サハド傭兵団の死神。
両者の一騎打ちが始まった。
◇
同じ頃。
大地とマチュアは、屋敷の北側へと回り込んでいた。
正面から響いてくる怒号と剣戟の音が、夜の静寂を切り裂いている。
騎士団が敵の注意を引きつけてくれている今こそ、二人が動くべき時だった。
「……正面は、かなり激しくやり合っているみたいだね」
石壁の陰に身を潜めながら、マチュアが小声で言った。
「ああ。ランドルフさんたちが敵を引きつけてくれている」
大地は、屋敷の北側に建つ倉庫へと視線を向けた。
「俺たちも急ごう。エレナたちがどこにいるのか、まだ分からないんだ」
「分かってるよ。けど、焦って足音を立てるんじゃないよ」
マチュアは口元に指を当て、周囲を確認した。
倉庫の周辺には、幸いにも見張りの姿は見当たらない。
正面からの襲撃によって、警備の多くがそちらへ引き寄せられたのだろう。
二人は建物の陰を伝い、慎重に倉庫へと近づいていった。
やがて、マチュアが床の一部を指差した。
「ここだよ」
一見すると、ただの木製の床だった。
しかし、よく見ると板の一枚だけが微妙に新しく、周囲の床とは色合いも異なっている。
マチュアは膝をつき、板の端に指をかけた。
「物資の搬入に紛れて調べたとき、ここの床が外せることを確認したんだ」
板を静かに持ち上げる。
その下には、人一人が通れるほどの四角い穴があり、石造りの階段が暗闇へと続いていた。
「……本当に、地下通路があったんだな」
大地が息を呑む。
「情報を掴んだときは、あたしも驚いたよ。こんな場所から屋敷の内部へ入れるなんてね」
マチュアは懐から小さな灯りを取り出した。
「ただし、ここから先は何があるか分からない。敵が待ち伏せしている可能性もあるから、油断は禁物だよ」
「ああ」
大地は穴の奥を見つめた。
暗闇の向こうに、エレナたちがいるかもしれない。
そう思うと、胸の奥が締めつけられるようだった。
「……エレナ」
小さく名前を呼び、拳を握り締める。
必ず助け出す。
その決意を改めて胸に刻み、大地は階段へ足をかけた。
「行こう、マチュア」
「おう。絶対に二人を連れ戻すよ」
二人は地下通路へと降りていった。
◇
地下通路の中は、ひどく冷たく、湿った空気に満ちていた。
壁は古い石材で造られており、ところどころに水滴が染み出している。足元には薄く水が溜まり、歩くたびに小さな音が響いた。
マチュアの持つ灯りが、二人の前方をかろうじて照らしている。
通路は狭く、天井も低い。
大地は何度か周囲を確認しながら、慎重に歩みを進めた。
「……思ったより長いな」
「屋敷の本館まで続いているって話だからね。これくらいはあるだろうさ」
マチュアは前方を警戒しながら答えた。
「それにしても、こんな通路を用意しているなんてね。緊急時の脱出用か、それとも秘密の物資を運ぶためか……」
「どちらにしても、あまり表に出せないものがあるってことだろうな」
「そういうことさ」
二人は声を潜めながら、さらに奥へと進んでいく。
地上からは、断続的に激しい戦闘音が伝わってきた。
金属がぶつかる音。
怒号。
そして、時折響く、地面を揺らすような衝撃音。
大地はそのたびに足を止めそうになったが、すぐに気持ちを切り替えた。
今、自分がやるべきことは、地下通路を抜けてエレナたちを探すことだ。
ランドルフたちが正面を押さえてくれている以上、その期待に応えなければならない。
やがて、通路の先に、わずかな光が見えてきた。
「……出口か?」
「たぶんね」
マチュアが灯りを低く掲げ、慎重に歩みを進める。
光は少しずつ大きくなり、やがて通路の先に石造りの階段が現れた。
階段を上った先には、古びた扉がある。
その向こうから、かすかな人の気配が感じられた。
大地はマチュアと視線を交わした。
「……誰かいるな」
「ああ。しかも、こっちの存在に気づいているかもしれない」
マチュアは短剣を抜き、音を立てないように扉へ近づいた。
大地も拳を握り締める。
敵が待ち構えているのなら、突破するしかない。
二人は呼吸を整え、扉の向こうへと意識を集中させた。
そして――。
ギィ……。
マチュアが、ゆっくりと扉を押し開けた。
その先に広がっていたのは、薄暗い石造りの部屋だった。
壁際には木箱が積み上げられ、天井からは小さな魔石灯が吊り下げられている。
その部屋の中央に、一人の男が立っていた。
黒い鎧に身を包み、腰には剣を携えている。
大地は、その顔を見た瞬間、全身の筋肉が強張るのを感じた。
忘れるはずがない。
湯の都ドーゴを襲った、あの男。
街を守るために戦った大地たちの前に立ちはだかり、エレナの過去にも関わる陰謀の一端を担っていた騎士。
「……お前は!」
大地の声が、思わず低くなる。
男はゆっくりと顔を上げた。
そして、大地の姿を認めると、口元に薄い笑みを浮かべた。
「これはこれは……」
男は剣の柄に手をかけた。
「まさか、こんなところで再会するとはな。湯の都ドーゴの男よ」
その声を聞いた瞬間、大地の脳裏に、ドーゴでの戦いが鮮明によみがえった。
ディルムッド。
ガルディ枢機卿の命を受け、エレナを連れ去ろうとした教会の騎士。
その男が、なぜここにいるのか。
答えは一つしかなかった。
ガルディは、最初から大地たちの動きを警戒していたのだ。
そして、この地下通路の先に、彼らを迎え撃つための戦力を配置していた。
「……やっぱり、ガルディの手下か」
大地は一歩前へ出た。
「エレナはどこだ? レイシス殿下はどこにいる?」
「さあな」
ディルムッドは、薄笑いを浮かべたまま答えた。
「お前に教える義理はない」
「……っ!」
大地の拳に力がこもる。
今すぐにでも飛びかかりたい。
しかし、ここで感情に任せて動けば、相手の思う壺かもしれない。
隣では、マチュアが短剣を構え、ディルムッドの動きを注意深く観察していた。
「ダイチ。こいつ、あたしたちが来るのを待っていたみたいだね」
「ああ……」
大地はディルムッドを睨みつけた。
「俺たちを止めるために、ここで待ち伏せしていたんだろう」
「ご名答だ」
ディルムッドは剣を抜いた。
「枢機卿猊下の屋敷へ、無断で侵入する者を見逃すわけにはいかないのでな」
刃が、魔石灯の光を受けて鈍く輝く。
「ここから先へは、一歩たりとも進ませぬ」
ディルムッドが剣先を大地へ向けた。
地下通路の出口を塞ぐように立つ、その姿には一切の隙がない。
大地は静かに息を吸い込んだ。
ようやく、敵の懐までたどり着いた。
ここを突破しなければ、エレナたちのもとへは行けない。
「……マチュア」
「ああ。分かってるよ」
二人は互いに頷き、戦闘態勢を取った。
ディルムッドの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「さあ、始めようか」
地下通路の奥で、第二の戦いが幕を開けようとしていた。




