「悪くない」の裏で脳内大パニックの幼馴染を、俺の最適化(チューニング)で最強バフしてみた
翌朝、王都の冒険者ギルドは静かな緊張感に包まれていた。
「おーい、レン。……これ、今日の納品分とギルドからの依頼書だ」
受付のベテラン職員が、どこか恐縮した様子で書類の束を差し出してくる。その視線は俺の背後――少し離れた柱の影から、氷のような眼光でこちらを見つめる凛へと向けられていた。
「ありがとうございます。……あの、何かありましたか?」
「いや……昨日、お前たちが提出した『ドラゴンの逆鱗』だけどな。解体ギルドの親方が膝を折って拝んでたよ。『これほど傷ひとつなく、魔力を完璧に残した状態で保管できるアイテムボックス保持者がいるとは』ってな」
「え? ああ……素材の劣化を防ぐために、収納前に『鑑定』で魔力の流れを把握して、最適な配置で保管しているだけですが……」
「それが異常なんだよ……普通はただ放り込むだけだ」
職員は引きつった笑みを浮かべ、一枚の羊皮紙を俺の手元に滑り込ませた。
「で、本題なんだが……王立魔導研究所から『特級指名依頼』が入った。王都近郊の『忘却の迷宮』最深部に眠る、古代魔導具の回収依頼だ。報酬は破格……だが、怪異の噂が絶えない危険地帯だ」
俺が依頼書を読み込んでいると、背後から軽やかな足音が近づいてきた。
「……レン」
冷たい、透明感のある声。凛がいつの間にか俺の隣に立っていた。
周囲の冒険者たちが一斉に息を呑み、サッと距離を取る。
「凛。王立魔導研究所からの指名依頼みたいなんだ。……危険なら断ることもできるけど、どうする?」
凛はチラリと依頼書に目をやると、ふんと鼻を鳴らした。
「……行く。レンが望むなら」
(嘘嘘嘘嘘!!! 行く! 絶対行く!! レンと一緒にダンジョン攻略できるなんて実質デートじゃない!!? ていうか『危険なら』って私の心配をしてくれた!? 優しい! 格好いい! 好き!! でも待って、『忘却の迷宮』って狭くて暗い場所が多いよね!? もしモンスターが急に出てきてレンに掠り傷でも負わせたらどうしよう!? 迷宮ごと消滅させたほうが安全かな!?)
無表情な面の皮の下で、凛の脳内はすでにパニックと暴走を極めていた。
彼女の手がわずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。
(……やっぱり、危険な場所に付き合わされるのが嫌なのかな。でも、幼馴染の俺に気を遣って断れないのかもしれない)
俺は胸の奥でキュッと痛むのを感じながら、手に持った自作の魔導具ポーチを強く握りしめた。
「大丈夫だよ、凛。絶対に俺がサポートするから」
「……ん。頼む」
(きゃあああああ『頼む』って言っちゃった!! 可愛くない! もうちょっと甘えたいのに!! でも『サポートする』って言ってくれたときのレンの真剣な顔、反則すぎない……!?)
耳の先端をほんのり赤く染めた凛は、そっぽを向いてギルドの出口へと歩き出した。
◇
『忘却の迷宮』地下一階。
湿った空気が漂う薄暗い石造りの通路を、俺たちは進んでいた。
「……レン、後ろ」
凛がボソリと呟くと同時に、頭上の暗闇から体長2メートルを超える巨大な毒蜘蛛『デビルスパイダー』が急降下してきた。
「ッ――!」
俺が身構えるより速く、凛の手から放たれた氷結魔法が空間を切り裂いた。
ドゴォン!! という凄まじい衝撃音とともに、デビルスパイダーは一瞬で巨大な氷塊と化し、壁に激突して砕け散る。
「……ふぅ」
相変わらずの圧倒的チート性能。だが、俺はすぐに『鑑定』を発動し、砕け散った氷の破片と凛の杖を凝視した。
「凛、ちょっと待って! 杖を見せて!」
「……え?」
凛が怪訝そうな顔で差し出した純白の魔導杖。その先端にある魔石に、目に見えないほどの微小な亀裂が入っていた。
「やっぱり……! 凛の魔力が強すぎて、市販の最高級の杖でも耐えきれてないんだ。このままだと、あと3回大技を使ったら魔石が割れてバッククラッシュを起こす」
「……っ」
凛は目を見開いた。
実はここ最近、全力で魔法を撃つたびに右腕に軽い痺れを感じていたのだ。だが「レンに心配をかけたくない」一心で隠し通していた。それを、後ろについて歩いているだけだと思っていたレンが一瞬で見抜いたのだ。
俺は『アイテムボックス』から、昨日解体したドラゴンの逆鱗の端材と、特殊な魔導研磨剤を取り出した。
「ちょっと待っててね。……『鑑定』視点固定、魔導回路接続――『最適化』」
俺の手に淡い光が宿る。
『鑑定』で魔力の流れを完全に可視化し、ドラゴンの逆鱗が持つ高密度の魔力伝導率を利用して、凛の杖の破損部分を補強・再構築していく。商人レベルと言われた俺の『鑑定』だが、素材の「分子構造」と「魔力線の歪み」まで読み取る領域に達していた。
わずか数十秒。
「よし、できた! これで凛の魔力負荷を8割カットできるはずだよ」
手渡された杖を受け取った瞬間、凛の全身に衝撃が走った。
(な……なにこれ……!? 杖の中に、私の魔力が滑らかに流れていく……! 今まで感じていた引っかかりが一切ない!? それどころか、魔法の発動速度と威力が倍以上に跳ね上がってる……!?)
凛は驚愕のあまり、言葉を失ってレンを見つめた。
これはただのメンテナンスではない。
レンの『鑑定』と手作業によって施された調整は、世界中のどんな伝説の鍛冶師でも不可能な、『凛専用の極限バフ』だったのだ。
「……どうかな? やっぱり、俺の下手な工作じゃ邪魔だった……?」
不安そうに首をかしげるレン。
(違う!! 違うのレン!! すごすぎるよ!! あなた天才なの!!? 私のためにこんなすごいの作ってくれたの!? 愛してる!!)
内心で叫び狂う凛だったが、極度の緊張と感動で表情筋が完全にフリーズしてしまっていた。
結界のような静寂の中、彼女の口から漏れ出たのは――
「………………悪くない」
(また言っちゃったああああああああ死にたい!!!! なんで『悪くない』なの!? 感謝と愛を伝えなさいよ私のバカ口!!)
頭を抱えて悶絶しそうになるのを必死で耐える凛。
一方、レンは「そっか、一応使えるレベルにはなったかな」とほっと胸を撫で下ろしていた。
しかし、二人がそんなすれ違いを繰り広げている最中――迷宮の奥深く、最深部の部屋で「異変」が起きていた。
ズズズ……と地響きが鳴り響く。
「……ん?」
レンが『鑑定』の広域探知を反応させた瞬間、顔色を変えた。
「凛、気をつけて! 最深部に封印されていたはずの『古代の魔神』が……誰かの手によって目覚めさせられてる!」
王立魔導研究所の指名依頼。それはただの調査ではなく、国を揺るがす裏の陰謀が絡む「罠」だったのだ。
二人の誤解に満ちた最強タッグが、初めて世界の危機と対峙する――。




