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雨ノ若  作者: 八戸黎樹
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1/21

 一


今すぐ逃げ出したくなるような暗さと静けさに包まれた場所に僕はいた。あたりを見渡しても街灯は一つもなく、人気も全く無い。ここは屋外ではないのかもしれない。なぜこんな状況にあるのかは全く分からない。ここはどこなのだろうか。

分からないことだらけだが、自分が直立の体勢であることが分かった。しかし足が一歩も動かない。立ったまま金縛りにあっている。そんな感覚だ。

これからどうしようかと考えをめぐらせていると、遠くの方で何かが動くのが見えた。

それはだんだんとこちらに近づいてきているようだ。「助けてください」このチャンスを逃すまいと声を出そうとするが、うまく喉が動かない。冷静になって考えてみればそれがそもそも人かどうか、人だとしても、僕に味方してくれる人かは分からないが、何もしないわけにはいかない。必死だった。

そうしているうちにそれはどんどん近づいてくる。近づくにつれ、ぼやけているものの、それが人であることの確信がついた。ここで僕に少し安堵が生まれた。それをよく見ると両手の長さがあっていない。右手の方が若干長いように思える。

数メートル離れたところで止まったその人に「動けないんです。助けてください」と言おうとしたがまだ声が出ない。するとその人が言葉を発した。

「……ろ……」

 何かを言っているが聞き取れない。

「……ない……」

 そう聞こえた瞬間、その人が目の前に迫ってきた。迫ってきたかと思うと目の前で消えた。体感では僕の身体をすり抜けて、後ろに抜けていったようだが金縛りは続いていて、首が動かないため確認のしようが無い。その後貧血を起こしたように急に前のめりになって倒れた。


ジリリリリリリ!


 嫌な音で目が覚めた。あれは夢だったのか。だとしたら何か頭に不快感の残る夢だった。

ふと時計を見ると七時四五分を指している。今日も学校がある。登校するまであまり時間が無い。朝を優雅に過ごす時間はあまりなさそうだ。そう思うとベッドから起き、階段を降りる。朝の準備を済ませ、玄関を出る。家を出る頃には時計は八時を回っていた。今日はよく晴れている。それも鬱陶(うっとう)しい程に。

家を出て、地元の小学生が歩いている姿を横目に僕は学校へと向かう。小学生達は数人でおしゃべりをしながら賑やかに歩いている。小学生は朝からなんて元気なことだろうか。自分も数年前はああだったのかもしれないが今となっては考えられない。中学、高校となるにつれて朝は憂鬱(ゆううつ)なものになっていった。大人になったらもっと憂鬱になってしまうのだろうか。

家の前の道を抜け、国道に出る。朝の通勤時間ということもあり、交通量はかなり多かった。絶えず車が行き交う音に多少の鬱陶しさを感じた僕は学校指定のバックからハンズフリー型のイヤホンを取り出し、スマホに接続する。お気に入りの曲の入ったプレイリストを再生する。イヤホンのノイズキャンセリング機能と音楽により、車の音はほとんど聞こえなくなった。国道に出てしまえば学校はもう見えるほどの距離だが、あと少し、この鬱陶しさを紛らわせよう。そう思った僕は学校に向けて少しずつ歩を進める。

 私立弥生ヶ(やよいがさき)学園に通う僕、神谷(かみや)(とう)十郎(じゅうろう)はクラスで勉強はできる方だが、運動は普通、陰キャラでも陽キャラでもない実に中途半端なキャラをしている。無理矢理このキャラに名前をつけるとするなら、「中キャラ」とでもいうのだろう。

教室に入り、教室最後列の自分の席に着く。荷物を下ろし、スマホをいじっているとチャイムが鳴った。それとほぼ同時に教室の前のドアが開き、担任であるロングが入ってきた。もちろんロングというのはあだ名である。本名は熊井長雄(くまいながお)。数学担当で彼の数学の授業や朝、帰りのホームルームは必ずと言っていいほど延長する。それゆえにあだ名はロングだ。この呼び方はクラスで流行っているというより僕の仲間内でしか呼ばれていない。

そのロングが教卓の前に立つのとほぼ同時に教室後ろのドアが勢いよく開く。時間ギリギリに登校するやつといえばあいつしかいない。

「ギリギリセーフ!」

 そう言いながら自分の席に向かうのはクラスの馬鹿代表、横井友樹(よこいゆうき)だ。

「横井、遅刻だぞ」

 ロングはすかさず指摘する。冗談の分からない先生がしがちな、典型的な指摘だった。

「すいやせん、先生。自転車が遅延してて……」

「何言ってんだお前は」

 クラスが笑いに包まれる。いつも通りの日常であった。そして今日のホームルームは三分の延長だった。


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