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千里の争  作者: なはなの
3/3

生きる自分への証明

3話です

夕風が遠い彼方から吹き抜け、屋上のフェンスを鳴らした。

その風が髪を揺らし、頬を撫でるたびに、俺は――

“生きている”

という感覚を、これまでにないほど強く実感していた。

目の前に立つのは、自分よりも遥かに強大な敵。

一撃でも受ければ、それで終わる。

普通なら恐怖で足がすくむはずだった。

だが胸の奥で脈打っていたのは――恐怖ではない。

心臓が、異様なほど高鳴っている。

――怖くない。

この瞬間を生き延びることさえできれば

自分が生きている意味を証明できる気がした。

俺は弱い。

それは嫌というほど分かっている。

だが、迷っていれば死ぬ。

だったら――

考えるより先に動け。

瀬上は、わずかに眉をひそめた。

「……あいつの目が、変わった?」

ついさっきまで、諦めたような光を宿していた千里の瞳。

だが今、その奥には燃えるような意思が宿っている。

希望――いや、覚悟の炎だ。

(何があいつを変えた……?)

ただの学生じゃない。

何かが違う。

瀬上の口元が、わずかに歪んだ。

「……面白い」

次の瞬間――

瀬上の姿が、消えた。

「来るッ!」

反射的に、千里は地面を蹴った。

速い。

目が追いつかない。

さっき避けられたのは、同じ型の攻撃だったからだ。

だが新しい技なら――見切れるはずがない。

それでも。

考える時間などない。

一か八かだ。

千里は屋上を駆け抜けた。

一直線に――端へ向かって。

そこには、あるものがある。

あれしかない。

瀬上は眉をひそめた。

「……バカが。そこは行き止まりだ」

だが、千里の背中を見た瞬間。

胸の奥に小さな違和感が走った。

――あの目だ。

あれは、死に向かう人間の目じゃない。

確信に満ちた目だ。

(何かあるはずだ……)

その瞬間、瀬上の脳裏に一つの可能性がよぎる。

――まさか。

表情に、初めて焦りが走った。

屋上の端で、千里は振り返った。

そして、かすかに笑う。

「気づくのが遅いんだよ」

瀬上の視線の先――

校舎の下。

夕陽を反射して輝く水面。

プールだ。

勝つことだけが、勝負じゃない。

“逃げることも、生きるための選択だ”

誰かが言っていた言葉が、頭をよぎる。

「今の俺にできるのは――」

千里はフェンスを越えた。

「勝つことじゃない」

身体が宙に投げ出される。

「生き延びることだ!!」

風を切り裂き、千里は躊躇なく落ちていった。

(……これ、失敗したら死ぬよな)

落下する景色の中で、ふとそんな考えが浮かぶ。

だがもう遅い。

(自分を信じろ)

水面が迫る。

その直前――

何かに触れられた気がした。

腕を、誰かが掴んだような感覚。

(……気のせいか……)

そのまま意識は、暗闇に沈んだ。

どれくらい眠っていたのだろう。

ぼやけていた視界が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。

冷たい空気。

知らない天井。

そして――

「起きたか」

低い声が聞こえた。

「……ッ!」

千里は反射的に身体を起こす。

「誰だ!?」

目の前に立っていたのは、一人の男だった。

長いコート。

鋭い目つき。

そして――

瀬上と話していた、あの男。

「まあ待て。そんなに警戒するな」

男は肩をすくめた。

「俺はお前の敵じゃない」

「……」

千里は睨みつけたまま言う。

「お前は誰だ」

男は軽く笑った。

「ああ、そうだったな。名乗るのが遅れた」

男は手を差し出す。

「俺は森崎勇林。森崎でいい」

「……」

聞いたことのない名前だった。

「俺は千里 廻」

少し間を置いて、周囲を見回す。

「……ここ、どこだ?」

ここは学校じゃない。

それどころか、見覚えのある場所ですらない。

「俺は確か屋上からプールに――」

「落ちる前に」

森崎が言った。

「俺が受け止めた」

「……は?」

「そのあとここまで運んだ」

「お前バカか」

森崎は呆れたように言う。

「プールに落ちたところで、瀬上には追いつかれてた。

結局お前は死んでたぞ」

「うるさいな」

千里は顔をしかめた。

「それしか方法がなかったんだよ」

小さく呟く。

「……俺、弱いから」

森崎はしばらく黙っていた。

そして言った。

「そうか?」

「え?」

「俺はそうは思わんがな」

千里は驚いた顔をした。

森崎は腕を組む。

「お前は瀬上から逃げ切った」

「あの瀬上からだ」

「瀬上は今の俺より格段に強い」

「……」

「それでもお前は生きている」

千里は俯く。

「でもそれって……」

「あなたが助けてくれたからだろ」

「それは俺の実力じゃない」

森崎は笑った。

「素直じゃないな」

そして言った。

「運も実力だ」

「生き残った奴が、強いんだ」

森崎は千里をまっすぐ見た。

「千里」

「お前これからどうする?」

「どうするって……」

「青陵に戻るしか」

森崎は即答した。

「バカか」

「戻ったら殺されるぞ」

「……」

沈黙が落ちる。

すると森崎は、静かに言った。

「お前」

「俺についてこないか?」

「……え?」

「俺の直感だが」

森崎の目が鋭くなる。

「お前は誰よりも強くなれる」

千里は苦笑した。

「無理だよ」

「俺、何にも愛されてないんだ」

「そんな奴が強くなれるわけないだろ」

森崎は少しだけ目を細めた。

「諦めるのか?」

「それも選択だろうな」

「……」

「だが本当にそれでいいのか?」

千里は黙った。

森崎は続ける。

「いつまでも自分に負け続けるのか?」

「俺はお前を強くできる」

「お前の努力次第では」

「瀬上を超えることもできる」

静かな声だった。

「まあ」

森崎は笑った。

「直感だがな」

そして背を向け、歩き出す。

「さて」

「どうする?」

振り返りもせずに言う。

「ついてくるか」

「それとも――」

「自分に負けるか」

千里は空を見上げた。

夕焼けが広がっている。

今日、自分は死ぬはずだった。

それでも生きている。

理由は分からない。

だが――

胸の奥で、何かが燃えていた。

千里はゆっくり立ち上がる。

そして言った。

「……待てよ」

森崎が止まる。

「俺」

千里は拳を握った。

「強くなりたい」

「誰にも負けないくらい」

「……いや」

「瀬上をぶっ倒すくらい強くなりたい」

森崎の口元が、わずかに上がった。

「いい目だ」

そして言った。

「歓迎する」

俺についてこい。

千里は苦笑した。

「望むところだ」

俺の運命は決まっている運命なんかじゃない

俺は自信と覚悟を声に乗せ森崎とともに歩き出した。

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