用心の花
「あの、少し付き合ってくれませんか?」
あまり親しくはない同僚の男性に誘われて私は内心で身構えた。
終業時間はとっくに過ぎ、残っている社員もまばらだ。
私はようやく仕事が一段落して帰り支度をしているところだった。
ただ見返していると彼は言葉を重ねた。
「話があるんです」
「ここではできないんですか?」
「ここではちょっと……」
一体どんな用事なのか。
まばらとはいえまだ何人か残っているこの場では話せないこと。
怪しい。
彼とは本当にそんなに親しいわけではない。
「そうですか。もう仕事は終わりましたか?」
「え、あ、はい。だから声をかけました。帰り支度をしているようでしたので、そのよければ駅まで一緒に帰りませんか?」
彼は切り口を少し変えてきた。
それくらいなら受け入れられると判断したのだろう。
もう帰り支度は済んでいた。
断る理由が見つからなかった。
「いいですよ」
「よかった。帰りましょう」
「はい」
残っている同僚に挨拶の言葉を告げ、彼と共に部屋を出た。
とはいえ用心するに越したことはない。
何かあれば駅なり店なりに駆け込んでしまおう。
歩きながらたわいもない話をする。
彼はなかなか本題に入らない。
さすがに告白ではないと思っている。
本当に親しくはないので。
そろそろ駅に着くな、と思っていると彼が立ち止まった。
つられて立ち止まると彼が勢いよく言った。
「お友達になってください!」
「え?」
この歳になってストレートに友達になってほしいと言われることもない。
「駄目ですか?」
不安げに瞳を揺らす様子が子犬っぽい。
伏せた耳と垂れた尻尾が見えるようだ。
それに思わず笑みがこぼれてしまう。
「いいですよ」
「では、連絡先を交換してください」
「はい」
スマホを取り出して連絡先を交換する。
「これ、何の花?」
彼のアイコンを指して訊く。
「グラジオラスって花です。前に綺麗だなって思って写真を撮って、そのままアイコンに使っちゃいました」
「へー」
彼が言うのもわかる気がする。
オレンジ色の花が空に伸びるようで綺麗だ。
「センスいいですね」
「ありがとうございます!」
弾けるような笑顔にぶんぶんと振られる尻尾が見えるようだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




