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第9話 勇者も魔王も普通じゃない

「おい勇者。・・・吾輩、妻に愛想をつかされて出て行かれてしまったんだ。ちょっと相談に乗ってくれるか?」


勇者レザの目の前にいる魔王ゴヴァは目に涙を溜めてこう口にしている。


その姿は凶悪な魔族軍のトップとは言えないほど。体操座りをしながら寂しそうな口ぶりで話しているこんな様子を他の魔族に見られたら、恐らく株はとんでもないスピードで急降下していくだろう。


しかし、この状況。普通であればどうするか。


普通の勇者であれば、魔王によるこの行動はこちらのことを騙しているだろうと感じて警戒心を抱く。

普通の魔王であれば、勇者がこの話に耳を傾けたところで油断していると判断して容赦なく強襲する。


ただ。


この2人は。


「ええ、もちろんです。困っている方を放っておくことなどできません。まずはどうしてこんなことになったのかお話しください」


「ああ。実はな。それは今から1か月ほど前・・・」


彼らは普通に話をし始めた。ここにいる2人は普通ではなかったのだ。


「今から1か月前、吾輩は妻の誕生日プレゼントを探していたんだ。何と言っても吾輩はあの魔王、あちらは魔王妃。となると、どんなプレゼントを用意したと思う?」


ゴヴァからの問いかけを聞いて、レザは素直に答える。


「そうですね・・・。例えば魔力のこもった宝石などですか?ここは綺麗なものが沢山ありそうですし」


「いや違う。・・・生け捕りにしたグリフォンだ」


「しかも3匹だ」


「なんと」


「しかも人間の魔族討伐軍に使役され懐いていた優秀な個体だ。そこで吾輩は暴力をふるって奪い取ってやったんだ」


「なんと」


「そしたら魔王妃からは『もういい加減にして!』と言われて家を出て行かれてしまった」


「それはそれは・・・」


「「・・・」」


「何でだろう?」


「『何でだろう?』って、さすがに人間をボコって生け捕りにしたグリフォン3匹を見せられたら奥さんも引くでしょうよ。あんた」


この2人は普通の勇者でもなければ普通の魔王でもない。


勇者レザの方が常識人としての感覚は保っていた。


「もう少し詳しく話してください、魔王様。まずはしっかりと状況を把握しましょう」


レザから掛けられた優し気な言葉に静かに頷いた魔王ゴヴァは、ポツポツと彼にに対して話を始めた。


実は自分は別の世界から転生してきたということ・本当は争いなど好まないし優しい心を持っていること・しかしメンタルがすこぶる弱いこと。


先ほど、レザがこの部屋の扉を開けてすぐに攻撃をされたのも、あれは「もうすぐ自分のところに勇者が来る。どうしよう・・・」ということで恐怖のあまり発動した魔力の放出だったという。何と実は、ゴヴァはいつか来るであろう勇者との対話の準備を前々からしていたというのだ。


しかし思わず攻撃をしてしまったがために、もう話し合いなど無理だと悟って開き直って、自身が思いつく限りの極悪魔王を演じていたということも告白した。


ちなみに。


「『吾輩』という一人称や今の話し方も、もう癖になってしまっている。前世の頃の一人称は『僕』だったから・・・」ということも、か細い声でレザに明かした。


しかしそんなゴヴァだが、こんな自分と結婚までしてくれた魔王妃のことは、本当に心の底から愛していた。


無論、前世の頃は恋人などできたことがなく、生まれて初めて愛し合った女性である魔王妃は彼にとってかけがえのない宝物だからだ。


ゴヴァの妻である魔王妃・シルヴェは由緒正しいデーモンの家の娘であり、その父は冷徹な魔族の戦士だった。


先代の魔王としては実績も輝かしい戦士の娘を息子の妻にできたと万感の思いだったようだが、ゴヴァからすればこんな美人と自分が結婚して良いものかとずっと悩んでいたという。それに、本当はメンタルが弱く怖がりなのに魔王の立場にいることにも不安を感じていた。


「いつか軟弱な本当の性格がバレて嫌われてしまったらどうしよう」


ゴヴァは常にそんなことを考えていた。


それでも150年間、ゴヴァはシルヴェのことを大切に想って色々と接していたのだが・・・。


「吾輩は魔族を統べる王として・・・。ずっとどうすればシルヴェが吾輩のことを認めてくれるか悩んでいた。先ほどまでの話を聞いたら分かるとは思うが、正直に言えばこのゴヴァという存在は、魔王には適さない。それがバレるのが怖かったのだ・・・」


ちなみに。


ここまでレザは持ち前の傾聴能力を発揮して魔王の言い分を色々と聞いていたのだが、彼はゴヴァに対して自分も転生した人物だということは明かさなかった。


それはレザにとっての前世で本業として不動産営業の経験上、あちらが心を開いたからと言ってこちらも本音を開示したら痛い目に合うから。レザはレザで業務上の苦い思い出がたくさんある。


彼はどんな状況に置かれようとも、どこまでも営業マンなのだ。


しかし他方、この勇者は頭が回る。それにここまで身の内を明かして本当のことを話してくれた魔王ゴヴァをほっとくわけにはいかないし、どうにか彼の妻が帰って来てくれるように頭を捻る。


「それ以外にも、奥様と小さな揉め事というのは過去ありましたか?」


このように優しくレザは問いかける。


彼は、実は分かっていたのだ。そのグリフォンの一件だけで魔王妃が城を飛び出すことは考えづらい。


恐らくこの夫婦の間には過去にも色々なことがあり、その積み重ねの結果として、たまたま魔王妃のプレゼント騒動に当たってしまったのではないだろうかと。


そしてこれを聞いた魔王ゴヴァはまるで上司にプライベートの悩みをする部下のように、すがる思いで思いつくことを話し始めた。

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