最終章 第2話 女神相手だろうが社会は厳しい
『勇者レザ。まだ残りの転生者を見つけることができていませんね。情報が少ない中、かなり困難なことだと思います』
「・・・」
『しかし早くしなければ魔王ゴヴァは転生者の手で殺められてしまうかもしれません。そうすれば現在の平和が崩れるのは確実。それを止めなければなりませんよ』
「・・・」
『止めなければなりませんよ?』
「・・・」
勇者レザの夢の中。そこで響く女神の声。
『無視はやめてよぉ・・・』
しかし彼女はレザから無視され続け、とうとう泣いてしまった。
◇
『ひっぐ、ひっぐ・・・。もう余のことを無視しない?』
「ちょっと子供じみた意地悪をして申し訳ございませんでした。態度を改めます。それに女神様が来られたのは丁度良いタイミング、私からの大事な話を聞いていただきたいのです」
さすがに女神が泣き出したことに慌てたレザは、そもそもこのような状況になったことはそちら側にも責任があるだろうとは思いつつも、謝りながら彼女のことを宥めていた。
『うっうっ・・・。勇者からの大事な話・・・?も、もしかして余への告白?』
「ふざけないでください。また無視しますよ?」
ふざける女神に向かって、呆れるように冷たくこう言い放つレザだが、気を取り直して咳払いをして要件を話す。
「女神様のご指摘通り、私はいまだ転生者を見つけ出すことができていません。ただ、それらしき人物に関する情報を手に入れたのです」
現在彼は、魔王ゴヴァなどには秘密裏に、女神からある事象の対処を任せられている。
勇者レザは真留村富士夫という不動産営業マンの死後の魂が転生した存在。しかし天界の連絡ミスによって、本来は転生の対象にならなかったはずの2つの魂も、富士夫と同時期に前世の記憶を保ったまま転生してしまったのだ。
女神によると、彼女がこの転生者等の居場所を掴んで地上へと降り立った際、事情を説明しようと接触することはできた。
しかしどちらも『異世界に転生した人間は絶対に魔王を倒さなければいけない』という強い固定観念に縛られているらしく、レザが仲介してもたらされた現在の平和にまで不満を持っているという。
そしてそんな転生者のひとりは魔法使いカウィズ。
彼女は大学受験を目指し浪人していた中で死亡した後に転生、魔法使いとして魔王の討伐を目指していた。しかしレザが魔王ゴヴァと共に説得に当たり、今では心を入れ替えて魔王妃シルヴェの侍従として生活を送っている。
問題はもうひとりとなる男性の方だ。
女神は彼とも接触できたものの、名前すら分からず『背が高い』というどうしようもない情報だけを勇者に寄こしてきただけだった。
つまりレザからすれば情報が少なすぎていくら頑張っても探しようがない状況ではあったのだが、昨晩わざわざ自宅にまで赴いてきた魔王ゴヴァから聞いた話の中で気がかりなことがあったのだ。
『で、それらしき人物というのは?』
「それはレフォ王国のワルケ王太子。彼は民衆を扇動して魔王城への嫌がらせをしているそうなのですが。どうも魔王様の命を絶対に奪うと語っているようで。もしかしてこの方がその転生者ではありませんか?」
『・・・ワルケ・・・』
レザの問いかけに対し、女神はしばし何かを考えるように呟く。そして数分ほどが経過した後、突然何かを思い出したかのように大きな声を出した。
『あ!そ、そう言えば!』
そして女神は語る。
天界から降りて地上にいられる制限時間ギリギリ、ようやく転生者である男性を見つけた彼女だったが、色々と話しかけてもあしらわれるだけ。
名前を聞いても教えてくれず、今この異世界でどのような職業に就いているのかも不明のままだったのだが、彼女の姿が消えゆく直前にある声が遠くから聞こえてきたことを思い出したという。
『今思えばその時、「こんな森の奥にいらっしゃったのですかワルケ殿下!」とか遠くの方で言っていた気が・・・?』
「・・・ちゃんと名前も聞いてるじゃないですか・・・!」
『や、やめて!そんな怒った顔しないで!あの時は早く天界に戻って片付けなきゃいけない他の仕事のことも考えたから、ついうっかり忘れてたのよ!』
もはや呆れるどころか怒りを滲ませた苦々しい表情を浮かべるレザ。しかし彼にとってこの情報は非常に有益、ようやく転生者を見つけることができた。
「はあ・・・まったく。ということで私はそのワルケ王太子殿下を説得すれば良いということでよろしいですか?」
『そういうことになるかと。せっかく平和になったそちらの世界がまた混沌に包まれると天界として面倒なので』
ただここでレザは首を傾げ、今まで抱えていた疑問を口にする。
「そう言えば、ずっと気になっていたことがあるのですが。女神様は地上に降り立った際、転生者とどのような会話をしていたのですか?カウィズ様にもこの辺りの詳細を聞いたことがなかったので、私はさっぱり分からないのですが」
『え?それは普通に・・・。「貴方は異世界に転生しましたけど、そんなこと気にせずこちら大人しく生きてください」って伝えましたけど?』
「・・・え?」
『そしたら両者とも「いかなる理由であれ転生した以上は魔王を倒さなければいけないはず。その考えは変わらない」と話していたから。「勇者レザの尽力で平和になったので余計なことはしなくて結構です。邪魔なんで」って言っておいたんです』
そして女神は『カウィズは勇者や魔王のお陰で心を入れ替えたそうですが。ワルケの説得にはだいぶ苦労しそうですけどね』と他人事のように続けた。
しかしその話を聞いたレザは、力なく首をだらんと下げ、大きくため息をついた。
『あれ?どうかしました?』
「私は女神様のことを買い被り過ぎてました。考えてみれば死後の私にも結構酷いこと仰ってましたもんね。思い返してみれば面倒な仕事扱いでノンデリカシー炸裂させながら転生させましたもんね」
『ゆ、勇者・・・?』
するとレザはゆっくりと顔を上げて、静かな口調でこう発した。
「決めました女神様。私は何としてもワルケ殿下を説得し、魔王様の命を守り、この世界の平和を維持します」
『それは助かる!ぜひともお願いします』
「ただ、それを果たしたら私の願いを叶えてもらいます。これはいわゆる成功報酬。タダ働きで全力を出す気はありませんから」
感情を押し殺すかのような口調でこう話すレザに対し、女神は若干違和感を覚えながらも了承した。
『ええ。それは良いですけど・・・何がお望み?』
そして彼は答える。
「私がワルケ殿下を説得できたら、早急に女神様はこちらの世界に降りてきて下さい。そして天界側の過失で、何の説明もなくこの世界に転生させたことを両者に謝罪していただきます」
『・・・はい?今、何と?』
「社会人が取引先やお客様に多大な迷惑をかけたらまず謝罪でしょう。女神だろうと関係ありません。ミスと向き合っていただきます」