第3話 第10章 勝負所
「おい勇者。これはどういうことだ?どうして晩餐会のセッティングがなされている?」
「い、いえ魔王様。これは私も知らないことでして・・・」
時刻は夜。
魔王ゴヴァと勇者レザは魔王城に隣接している迎賓館にいた。普段ここは要人を招待し、晩餐会などが開かれる場所であるのだが。
「は、母上・・・」
ゴヴァの目の前には、既にテーブルについている魔王太后ジェリサの姿があった。彼女は、華やかなドレスをここではきちっと着こなしている。
「・・・これは何ですか、ソワリラ様、マーパティ様。まさか今から魔王様と魔王太后様の食事会でも開くおつもりですか?」
レザはこう苦々しく言うと振り返り、ジェリサの侍従である両者のことを睨む。彼らの後ろに立っているのはサイクロプスのソワリラ、そしてラミアのマーパティ。
レザもゴヴァも少し前に、突然この2人から正装するようにと声をかけられて迎賓館に訪れた。しかしここで食事をするのは当初の予定にないことである。
「今日、ジェリサ様が召し上がるのは『特別来賓用宿泊室』に運ばれる食事のみ。そしてもうこの時間にはあなた方と共にお帰りになっているはず。どうしてこのようなことになっているのですか?」
するとソワリラはその一つ目でレザのことをじっと見ながら、その冷静な表情を変えずに淡々と答える。
「実は魔王城の厨房にいた魔族達がどうしてもと言って料理を用意してくださったのです。これはまさにジェリサ様の人望から来るものでしょう」
「・・・え!?い、いやそんなまさか!?」
それを聞いたレザは困惑しながらも違和感を抱いて距離を詰めるが、ソワリラは自身に向かってくる彼の胸を軽く小突く。
「せっかくの席なので喧嘩腰はやめていただきたい。あくまでも自分らはジェリサ様とゴヴァ様がその仲を回復し、そして勇者も含めて親睦を深めたいと考えているのに過ぎないからな」
そしてそこまで静かにしていたマーパティも勇者に近づくと無理やり腕を組み、自身の胸を押しつけながら妖艶な笑みを浮かべた。
「そうそう。お酌はウチがしてあげますからー。せっかくですので魔王太后様と魔王様と共に過ごせる時間を楽しみましょうよー」
ラミアであるマーパティ、やはりその腕力は普通の人間よりも強い。彼女はレザのことを強引に席へと引きずると、イスに座らせて自分はその隣にピタリとついた。
「ま、魔王様!」
その様子を見て戸惑うゴヴァ。しかし彼もソワリラから丁重に席へと誘導されると、そこに座ってしまった。
「まさにこれぞ自分らが望んでいた光景。さて家族水入らず・・・いやここには世界の救世主である勇者も同席しておりますが、久しぶりの親子の会話をしてみてはいかがでしょうか?」
ソワリラがこう言うとじきに豪華な食事が運ばれてきた。
「「・・・」」
しかしゴヴァとジェリサの間に和やかなムードなどは生まれず、なおも口を閉ざす状態が続く。
「あれー?やっぱり仲直りは難しいかなー?あ、でも勇者はウチと楽しく話すれば良くなーい?」
それでもマーパティはその紫色のショートカットを揺らしながら、レザの前にあるグラスに酒を注ぎながらこう軽口を叩くのだが、それからすぐジェリサの方が口を開いた。
「・・・ゴヴァちん。申し訳なかった。アタシはアンタの大事なシルヴェに手を上げてしまった。あの時、アタシはどうかしてたんだ。悪かった」
彼女は息子であるゴヴァに対し謝罪の言葉を放つ。
しかしゴヴァの方はそれに応えず、目の前に置かれていく食事にも手をつけることもなく視線を下に向けたまま。
「アタシは人間との戦争を止めたいと願っていたシルヴェのことをどうしても許せなかった。それにアンタも知っての通り家柄も雲泥の差。愚かな嫉妬心を持っていたんだ」
それからしばらくはまた静寂の時間が続いていたのだが、いよいよしびれを切らしたかのようにソワリラはゴヴァに話を振る。
「・・・この話を聞いてゴヴァ様はどうお考えでしょうか?」
するとそれに対し、ようやく魔王の方も静かに心境を明かした。
「吾輩は、本当はシルヴェと一緒で早く戦争を終わらせたかった。しかしその勇気が湧かなかった。確かに吾輩はシルヴェのことを殴った母上のことに怒りの感情を抱いている。しかしそれ以上にシルヴェを守り切れなかったことを恥じている。母上の顔を見るとあの頃の弱い吾輩を思い出しそうで怖かったんだ」
「ゴヴァちん・・・」
「本当は魔王に即位してすぐ、自身が和平のためにいち早く動くべきだった。そうすればシルヴェが傷つくことも、母上がそれに悔いを残すこともなかった。自分の責任でもあったんだ。いつまでも大人になり切れなかった吾輩の落ち度も大きい」
そしてゴヴァはイズから立ち上がり、ジェリサに向かってゆっくりと頭を下げる。
「こちらこそこれまで母上のことを無視して申し訳なかった。何度も何度も連絡をもらったが返事をすることから逃げていた。今は勇者のおかげで平和になった世界。これからも女傑らしからぬ静かな余生と過ごして欲しい」
この言葉が聞こえてすぐ、その答えを待ちかねていたかのようにソワリラは拍手をし始め、そしてマーパティはレザにそっと耳打ちをした。
「(勇者ー。そこにあるボトルの中に入っているお酒、実はゴヴァ様の大好物なんだけどー。お祝いとして注いであげたらー?)」
「え?し、しかし」
「良いから良いからー。言うこと聞いてくれたらご褒美をあげるよー?」
マーパティはこう言うとレザの耳たぶを甘噛みし、彼の膝をゆっくりとさすりはじめた。
「わ、分かりました!だからそれは止めてください!」
さすがに恥ずかしくなったのか、勇者レザは耳を真っ赤にしてイスから飛び上がると、仕方なくそのボトルを抱えてゴヴァの下へと歩み寄った。
「ま、魔王様。こちらのお酒ですが・・・」
「おう勇者。ありがとう」
その声に気づいたゴヴァは顔を上げると笑みを浮かべながらグラスを差し出す。
レザ自身は未だにこの状況に困惑しているような素振りを見せながらも「・・・ひとまず仲直りされて良かったです」と声をかけると、照れたような表情を浮かべるゴヴァは酒の入ったグラスを口元へと運ぶ。
「・・・っ!うっ!うう・・・!」
すると魔王ゴヴァはグラスを空にするのと同時に突然うめき声を上げ、よろめきながらテーブルに突っ伏してしまった。
「ま、魔王様!?」
「ゴヴァちん!」
ここで、そこまでどこかタイミングを見計らうようにゴヴァが酒をのどに流し込む姿を見ていたソワリラとマーパティは、驚いた反応をしているレザやジェリサと比べると不自然なほど素早く彼の下へと駆け寄る。
「う、う・・・」
「だ、大丈夫ですかー!?ゴヴァ様ー!?どうされましたー!?」
「おい勇者!ゴヴァ様に何を飲ませた!マーパティ!勇者のことを早急に調べろ!」
ソワリラ達は体を震わすゴヴァのそばでレザのことを咎めるが。
「確かにこの酒のボトルが怪しいー!もしかして勇者、ゴヴァ様に毒を盛ったのー!?ジェリサ様、これは大変なことですよー!」
「ジェリサ様!これは由々しき事態です!勇者はゴヴァ様のことを狙っていたのです!」
それはまるであらかじめ決められていた台本に沿って騒いでいるかのようで。
「く、くくく・・・。はーはっはっはっ!アンタら芝居が臭すぎるよ!アタシはもう笑っちまう!そんなにわざとらしかったらダメじゃないか!」
揃ってこちらに顔を向け必死に訴えてかけてくる両者に対し、とうとう我慢できすにジェリサは笑ってしまった。
そして彼女のリアクションを見たソワリラとマーパティは思わずきょとんとした顔をしてしまう。
「「・・・は?」」
「アンタらもバカだねえ。演技に必死でゴヴァちんのことをちゃんと見てないじゃないか」
そう。騒動の中心にいる魔王ゴヴァは突っ伏していた体勢を元に戻しており。
「う・・・・・・うまい!やはり吾輩の好きな酒だ!よーし、もう一杯飲むぞ!勇者、グラスに酒を注げ!」
満面の笑顔を浮かべて勇者レザにお代わりをねだっていた。




