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転生した勇者は、どこまでも営業マンだった  作者: 鶴嶌大晩
第3章 魔王様の親子問題
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第3章 第8話 そう簡単に価値観は変えられない

 時計の針を少し前に戻す。


 ちょうど今はレザが魔王太后ジェリサに向かって、「自分は魔王様と大親友です」とわざとらしい透き通った目で大げさに言い放っていたころの時間帯。


「ねえねえソワリラ。隣の部屋の様子はどんな感じー?」


 壁に手を当てながらその一つ目をぎゅっと瞑っている、スーツ姿のサイクロプス・ソワリラ。


 侍従として魔王城から離れたところに位置する城でジェリサの世話をしていた彼は、同じくその役割を担うギャル風のラミアであるマーパティから声をかけられると、そのままの姿勢で首を横に振る。


「微妙だな。しかしジェリサ様の様子も変わりつつある。自分は魔力を用いて熱反応から算出した反応を窺うことまでが限界だが、もしかしたらある程度あの勇者と関係性を構築できているかもしれん」


「うっわ。めんどくさー。あの勇者、ずっとウチらの近くにいたしめっちゃウザいんだけどー」


 マーパティは口元からチロチロと蛇のような細長い舌を出しながら、しかめっ面を見せる。


「まあ落ち着けマーパティ。しかしこれは自分らにとっても好ましい機会。魔王城に行きたがらなかったジェリサ様の侍従である以上、なかなか簡単にここへと戻れなかった状態だったがようやく来ることができたんだ」


 そしてソワリラはこう言いながらマーパティのことをたしなめると、スーツのポケットからハンカチを取り出し手を拭きながら続けた。


「今回の真の目的、それは魔王ゴヴァ様の暗殺だ。さらに目の前でその濡れ衣を勇者レザに着せることができれば……。さすがにジェリサ様でも動くだろう。再び魔族が対人間に目覚める時が来るのだ」


 この言葉を聞いたマーパティは紫色の短い髪の毛先をいじりながら笑みを浮かべ、ソワリラはスーツについたわずかな埃をはたいて彼女の正面に座ると、腕組みをしながら部屋の天井を見つめ語る。


「当代魔王に子供はいない。魔王家は王の子にしか王位継承権は持たないので、とにかくゴヴァ様がいなくなれば一気に制度を変えられる。混乱と憤りの中で別の魔族を新たな王にすることができれば、今の状況を変えることができるはずなんだ」


◇◇◇


 以前ゴヴァがレザに話していた通り、そもそも魔族は長きにわたり受けてきた迫害や攻撃への反撃という大義を持って人間との戦争を行っていた。


 これもゴヴァの言葉を借りるが、あまりにもその争いが長期化してきた結果として厭戦思考の魔族も増加し、レザの尽力によって和平が達成された折には胸をなでおろして「これからは平和を享受しよう」と決意した者も多かった。


 しかしソワリラとマーパティのように、そんな世の中を受け入れることができない魔族も少なからず存在している。


 元々この両者は魔族軍の兵士。しかも非常に優秀であり若くして高い役職に就いていた。


 だがジェリサから見どころがあると判断され侍従に転向して戦地を離れると、先代魔王が逝去した後にはこれまたジェリサから手を引かれて共に魔王城を去った。


 それから甲斐甲斐(かいがい)しく魔王太后の世話をし続けていた2人だが、彼らは戦場で戦っていた時から今にかけて、ある反人間論を崇拝し続けていた。


 それはある魔族が提唱した非常に過激なもの。


 かなりの人間嫌いだと一般には知られていた先代魔王の時代には、この論を胸に人間と戦う魔族は数知れず。ソワリラやマーパティもその一員であり、仲間達と人間の排除についての議論に明け暮れていた。


 ただゴヴァが魔王に即位してからこの論は急激に廃れていく。


 ゴヴァの前世は普通の人間。本音では人間との戦いを避けたがっていた彼は、魔族のトップとして戦争の指揮を執っていたものの、あまりにも過激な反人間論には規制を設けるよう全魔族に指示を出したのだ。


 そして既に魔王城から離れたところにいたソワリラ達にもこの話は届いた。もちろん彼らは決定に不満を抱き、ジェリサに方針の転換をゴヴァへと進言するように説得したのだが。


「今の魔王はゴヴァちんだよ。アタシはあの子の決定に何も口出すつもりはない」


 魔王の母であるジェリサは2人の言葉に耳を貸さない。


 先代魔王が存命していた時は戦術についてさえ口を出していたほどの女傑。しかし夫が死に、そして自身は魔王城を去って当代の魔王・魔王妃と距離を置くと、途端に戦争への関与を避けるようになった。


「アンタらも今はアタシの侍従だろ?この城も人間から襲撃される可能性は低いから大人しくしてな」


 実際に戦地に赴いて人間と戦っていたソワリラやマーパティにとって、このジェリサの姿勢に納得がいかなかった。


 しかしゴヴァが指揮を執るようになった魔族軍も、先代魔王が率いて快進撃を見せていた時代と異なり膠着状態に陥る。


 こうして反人間論が規制され、さらに時代の進みも伴って魔族達の考えにも変化が見えて……とうとう勇者レザが出現して穏便な和平を達成してしまったのだ。


 気づけば魔族と人間が徐々に共存する世界へとなっていく中で、それでもソワリラやマーパティなどは価値観を変えることができない。


 その結果として。


 彼らがたどり着いてしまった新たな目標というのは。


◇◇◇


「ねえソワリラー。ジェリサ様は本当に魔王城に視察に行く気らしいよー。……その時に、する?」


「もちろんだ。これ以上、魔族と人間との共存など見ていられない。例の猛毒も入手できたからな」


 魔王太后一行が魔王城に到着する数日前。ソワリラとマーパティはジェリサと共に暮らしている城の地下室で話し合いを行っていた。


「魔王城にいる魔族によると、ゴヴァ様は近いうちに人間の君主達と重要な会談をする運びにもなっているらしい。その前に決行するぞ」


 ソワリラは滅多に飲まないアルコールを口に運びながら続ける。


「自分らは魔王一家に忠誠を誓った身。しかしゴヴァ様にはもう期待できない。仕方ないがゴヴァ様を暗殺し、そしてその濡れ衣を勇者に着せ、魔族達の怒りを巻き起こそう。それによって再び人間への憎しみを発現させるのだ」


 するとマーパティの方もグラスの中に入っていた酒を飲み、皿の上に置いてある丸焦げの小さな蛙の丸焼きを齧りながらうなずいた。


「そうだよねー。魔王城にはウチらと一緒に戦った魔族もまだいるし、どうにか味方を増やして世界を元に戻さないとー。……ウチらの戦争はまだ終わってないんだからね」

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