さっさと終わらせて早めに上がらせていただきま~す!(デビュタント)
王妃からのややねっとりとした視線に、少々身の危険を感じながらも、王子妃教育を受けた。
ダンスに、社交術、他国の情勢。国内の問題。貴族間のオモテウラ。王国の成り立ち…魔法技術。
目まぐるしく、しかし確実に体へ、脳へ詰め込まれるあれやこれやに、根性で食らいつく。
すっかりとナリを潜めた逃亡癖に、王家も評議会も満足げだ。
相変わらずシリウスとのお茶会は30分で終わるものの、まさしく完璧な令嬢へと進化を遂げていった。
それからシリウスのエスコートでデビュタントを果たす。
王立学園へ入学する年のことだった。
「シリウス殿下とスカルタス嬢は不仲らしいぞ」
「なんでもスカルタス嬢が逃げ回っているとか?どういう教育をしているのだか…」
「それなら、わたくしにも入る隙が…」
「シリウス殿下素敵だわ…」
「あの見た目ならば…」
扇で隠した口から、下卑た言葉が漏れ出ている。
「チッ、めんどンンッなんでもねえ。」
危うくデビュタント会場から逃亡させるところだったと、シリウスは言葉を飲み込む。エリューシスは惜しかったなと思わなくもないが、さすがに令嬢としての責務があるため、逃げるつもりはなかった。
あぁ、このまま逃げ出して領地に引っ込めたらなあなんて、エリューシスはぼんやり考えた。
しかしそれはできないので、『さっさと終わらせて早めに上がらせていただきま~す!』作戦だなと勝手に計画を立てた。
両親とともに国王と王妃へ挨拶し、その後はダンスだ。
婚約者も含め数名と踊れば御の字でしょうと、婚約者の袖を少し引っ張った。
「殿下、わたくしサッと踊って、サッと帰る事にいたしますわ」
まるで、会社の飲み会を嫌がるサラリーマンのようなことを言うエリューシスに、シリウスは深いため息をついた。
「おっまえ、なぁ~…」
美しいエリューシスに、周囲の令息達は色めきたっているというのに。
涼やかな目元に、可愛らしい唇。冷たい印象を和らげるドレスに、氷の精霊のようだと口々に上る。
「お前の情緒、どこにいったんだよ」
「あら…殿下に言われるとは業腹ですわ」
「…お前不敬罪って言葉知ってるか?」
デビュタントらしいパステルカラーの水色に、純白のレースフリル、と青の宝石が散りばめられている。
小ぶりのイヤリングには、シリウスの瞳と同じ色の宝石が飾られていた。
非常に美しい自分の婚約者は、やはり情緒をどこかに置き忘れたらしい。この俺がエスコートしてやってんだぞ、もうちょっと、なんかこう、あるだろ!とシリウスは、自分でもよくわからないまま、憤慨した。
「あぁもう、さっさと踊ってやるよ」
「あら!話が早いですわ、さすが殿下!」
王族とその婚約者である二人が手を取り合ってホールの中央に並び立つ。
互いにデビュタントの年齢とは思えぬ貫禄だった。
「エリューシス。」
「?はい」
滑らかな滑り出し。ぎこちなさはどこにもない。王子妃教育で幾度となくダンスレッスンを受けた成果が出ている。
息も上がらない二人は、周囲に見せつけるように踊った。
「そのドレス、似合ってるぞ」
「は…。あ、ありがとう、ございます?」
「なんで疑問形なんだよ。俺が褒めてやってんだぞ、って…」
ぽああ、と頬のみならず首元まで赤く染めるエリューシスに、思わずシリウスはステップを間違える。
「このぐらいで照れるなよ。」
「て、照れますわよ、普通に」
真正面から褒めてもらったことなど一度もないエリューシスは、普通に照れたし、トキメクに決まってる、と思わず目を泳がせた。急に初々しい雰囲気になった二人に、周囲はほぅ、と感嘆の息をついた。
「不仲なんて、とんでもないじゃないか。」
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