殿下って豊満な方が好きですか!(地雷)
学園に入学し、数か月。
エリューシスはシリウスから逃げ回っていた。
「おい、エル…チッまたか」
「えぇと、はい。殿下。スカルタス嬢はもうすでに教室から出ていかれました」
「エリューシス!まてゴラァ!!」
「いやですわ殿下そのような剣幕で、あらもうすぐ予鈴が!失礼いたしますわーわーわー」
「エコー付けんな!」
「あの足音は…。皆様、わたくし5秒後に腹痛で倒れる予定ですので、お先に失礼いたしますわね」
「…殿下に伝えておくよ」
「ほーほほほほ!学園にいる間は義務とかないんですのよ~」
「おまっそれ屁理屈だろうが!」
「あら、シリウス様屁理屈って知ってらっしゃったのね」
と毎日毎日飽きもせず、教室に突撃してくるシリウスから逃げ回っているエリューシス。
春先はすごい剣幕のシリウスに怯えていた、エリューシスの同級生らも、段々と慣れた様子でシリウスの対応をするようになった。
一部の男子生徒の間では、いつ捕まるのか賭けをしている者さえいた。
季節が変わり、冬になっても行われているそれに、令嬢達の反感は当然ながら強くなる。
「ちょっと、エリューシス様?」
第三王子を狙う令嬢はとにかく面白くない。
「あなた様、ご自身のお立場を理解なさっているの?」
「尊ぶべき殿下をあのようにあしらわれて…!」
「恥を知りなさいな!」
取り囲み、次々と罵倒するがエリューシスは意にも返さない。
「そのように殿下の婚約者であることが不満ならば、わたくしを推薦してくださらない?」
取り囲む令嬢の奥から、満を持して出てきたのは…
「エントール様。」
序列6位のエントール公爵家の令嬢。カナリア・エントールだ。
「わたくしならば家格も、貴女より上。それに、その貧相な…いえ。慎ましやかなスカルタス様より、シリウス様を癒してさしあげることができますわよ」
「た、確かに…。――その手がありましたわ!」
ぼるんと主張激しい胸を張るカナリアに、エリューシスは初めてたじろいだ。
カナリアの言葉に、エリューシスは天啓を受けた気持ちだった。
「ご助言、本当にありがとうございますわ!」
「え?え?」
泣いてみっともない姿を見せると思っていたカナリアは、自分の手を取って喜ぶエリューシスに戸惑いの声を上げた。
「ちょっと殿下に進言しますわね!」
「え??えぇ??」
いつの間にかエリューシスは令嬢の中から抜け出しており、戸惑う彼女らをさっさと置いて行った。
「珍しくお前から来たと思ったら…」
「殿下って、豊満なにくた…えーーー、え~っと、そう。華やかな魅力のある方のほうがお好きですわよね?」
シリウスは学園にある第三王子専用の執務室で頭を抱えた。
「ね!ね!」
キラキラと輝く笑顔がまぶしい。顔に天才だわ、わたくし!と書いてある。
「くっだらねえ。」
思わずシリウスは目元をもみ込んだ。頭痛がしたからだ。
「えぇ!?殿下、まさか…」
驚きながら口元を抑えるエリューシスに、シリウスは苛立ったように声をあげた。
「不能じゃねえぞ俺は!」
「いえ、男性が好みなのかと…」
「おまっ、ンなわけあるか!大体、婚約は王家の決定だ。豊満だろうが、貧相だろうが、そんなもん関係ねえ。」
「えっ!殿下達の好みって反映されないのですか?」
「当たり前だろ。そもそも精通前に婚約が決まることもある。好みすらあやふやだろ。」
殿下が精通って言った…とエリューシスは驚いているが、シリウスも驚いていた。
今更すぎるのだ。
(今更だろ。コイツほんと俺の事なんにもわかってねぇな)
シリウスの心の内に住む獰猛な獣が、顔を出す。
机をノックすると、側近達は素早く退出していった。エリューシスは状況についていけず、目を白黒させる。
「そんなくだらねえ事言ってんなら、ここでお前を食っちまって、俺好みにしてやってもいいんだぞ?」
笑うシリウスに、エリューシスは固まる。
まさか、自分の事を面倒だと思っているだろうシリウスが、そんなことを言うとは思ってもみなかった。
「ちょっ なにをおっしゃって…」
「豊満だの貧相だの言いだしたのはお前だ。つまり、婚約者を性的に見ても良いと、お前が、俺に、言ったんだぞ」
「ちがっ 違います!」
「何が違うんだ?エル」
「ひぇっ」
しっかりと手首を掴まれ、エリューシスは逃げ出すこともできず冷や汗を流す。
藪蛇!藪蛇だわ!!脳内でエマージェンシーコールが鳴り響く。しっかり自業自得なのだが、エリューシスは気づいていない。
いつの間にやら、執務室は二人のほか、誰もいなくなっていた。
そのまま応接用のソファにぶん投げられた。
「ほあっ!いったぃ…」
「ずいぶん余裕だなァ?」
「えっ」
自分の真上から降ってきた声に、エリューシスは驚いて目を見開く。そこには、自分に覆いかぶさるシリウスがいた。
「ちょ、近い!近いです!」
「俺好みにしていいんだろ?」
「誤解ですわ!ごか、」
誤解、と言おうとした唇を、すこしざらついた指が撫でる。
茜色の瞳がギラギラしていた。
「まって…おねがい、まって…」
初めて見るシリウスの、男の部分に触れて、エリューシスはただ体を震わせるしかなくなった。
「お前はいつも俺から逃げ回るけどな…」
目だけがギラギラとかがやいて、ニィと唇がゆがむ。
「俺から逃げられると、思うなよ」
ガブリ、と音がした気がした。
唇を食われた、とエリューシスは思った。
顔を固定され、整えた髪を撫でまわされる。何度も角度を変え、その柔らかさを覚えさせられるように重ねあわされた。
下唇を歯でかまれ、「いたっ」と声を上げれば、そのまま口内にシリウスの舌が侵入してくる。
「んぅっ んん!」
歯列を舐められ、引っ張り出された舌を吸われ、くすぐったい上顎を舌で撫でられ、舌で届くすべてを舐められた。
「ぁ、はっ あ」
やっと呼吸を許された時には、エリューシスは息も絶え絶えだった。
唾液にまみれた唇を、乱暴に服で拭われる。
「これでちょっとは自覚したか?」
うるむ青藍の瞳が、ぼんやりとシリウスを見る。
濡れた薄い唇。いつもより少し意地悪そうな形をしている。
先ほどまで獰猛だった茜色が、やや優しさを帯びていた。
意地悪な様子とは対照的に、乱れた髪を撫でる手が優しい。
(はんそくだわ…)
その手に縋り付きたくなる。この人から逃げなければいけないのに…。
思わず泣きそうになったエリューシスに気づかず、シリウスは少々残念そうな声をあげた。
「もうちょっといけるかと思ったが、タイムオーバーだな。」
エリューシスはハッと我に返る。
「あ!王子妃教育!」
執務室の扉が控えめに叩かれ、エリューシスは慌てて身を起こした。
初敗北だわ…。エリューシスはぽわぽわする胸を押さえながら、王子妃教育のため王城へ向かう。
「もう殿下をつつくのはやめるわ…」
心臓がいくつあっても足りない、と顔を真っ赤にして頭を抱えた。
それから数日は、エリューシスに逃げられても、シリウスはご機嫌だった。
逃げるエリューシスの顔が真っ赤に染まっていたからだ。
一部の男子生徒の賭けは終わりを告げる。
「あれは絶対食われただろ。」
「いやー、あの感じじゃまだじゃないか?」
「あの氷の魔女が…」
「あ~~!とりあえず掛け金分配だなー。」
勝手に賭けの対象にされていた二人は、まだ逃亡劇を繰り広げていた。
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