南方×中央×辺境のそれぞれ
「えぇっだって、ユイだって、がんばってやってるのに…」
聖女ユイは王太子の後ろに隠れながら、涙目を浮かべた。庇護欲をかきたたせる涙に、側近らはやや失速したものの、進言を試みる。
「シリウス殿下たっての望みです。シリウス殿下は、南方の戦線へ自ら赴かれる、と。その間に聖女様にどうかこの国を守っていただきたいとお考えなのです。」
「え!なんでシリウス様が戦争に行くの?王子様なのに…」
「ユイ、シリウスには考えがあるんだよ。私と一緒に頑張ろう?」
優しくほほ笑む王太子。だが、ユイは不満だったようで、ぷくっとふくれっ面になった。
「えぇ~!リゲル様までー!そんなのユイがやんなくてもいいじゃーん」
そのユイを後ろから抱きしめたのは、第二王子だ。
「そうだよ、ユイはよくやってるよな~」
「イプト様ぁ!ユイ、恥ずかしい~!」
きゃいきゃいと喜ぶユイを尻目に、第二王子はシリウスの側近をなおざりに下がらせた。
シリウスの側近は歯噛みするも、第二王子の執務室から退出する。
「くそっ…殿下達はいったい何を…」
シリウスとその婚約者を思い、壁に拳をたたきつけた。
南方が戦場になり、辺境伯が魔物であふれようと、貴族たちの見栄、社交場である舞踏会は行われる。
しかし、王国騎士団の出征により、前年よりは絢爛さは控えめだ。
「シリウス殿下が出征されるらしいな」
「婚約者の令嬢が魔物を滅しているらしい。出なければ沽券にかかわるだろうよ」
「汚らわしいわぁ。令嬢が魔法を行使して、魔物を滅するなど…」
第三王子一派らを陥れたい貴族たちは、活発に動き回り噂を流す。
聖女の後ろ盾に選ばれた公爵の一人は、特に精力的に社交に出てこき下ろすように話した。
「いやいや、シリウス殿下もご立派なことです。御身に傷がつかぬよう、王国騎士団に注意しなければ」
「お優しいことですな。」
「我が聖女様が誰をお選びになられるか、まだ決まっておりませんからなあ」
「おぉ!いやしかし、聖女様と結ばれるならば、死の不浄を負ったものより、尊ばれるべきお方でないと」
下種にまみれた会話が、極上の酒と共に飲み下された。
本格的な春を向かえた王国の南方の戦線は、蹂躙しつくされていた。
派手な爆炎があちこちであがり、油もないのに炎の壁が立ち上る。
逃げ道を求めてさ迷い歩く兵士はいつの間にかひとところに集められ、焼き尽くされた。
「地獄…地獄だ…なんだこれは…」
ギョフノリー皇国の将軍は、炭化した兵士から目を背ける。
「オラオラ兵士ども…骨まで綺麗に焼いてやるからな。お前ら、熱さには慣れてるだろう?」
ゆらりと一人の男が戦場に降り立った。
炎のように真っ赤な男だった。
「撃て!!討て!!水魔法で障壁を作れ!!!」
悲鳴のような命令に、兵士たちは慌てて従う。いや、身を守るためにそうするしかなかった。
しかし、なんの意味もなさなかった。矢は届く前に燃え、水障壁は気化する。
そこから漏れ出る魔力が、土地の草木を燃えさせる。
「【生まれよ 紅蓮 踊れ 灼熱】」
大量の魔力が炎となる。バチバチと爆ぜながら、巨大な竜の形をとった。
「ドラゴン…」
「ひいい!!いやだ!!もういやだ!!!」
敗走する兵士を飲み込み、燃やしながら炎の竜は踊り狂う。
悲鳴も上がらない。流した涙も蒸発する。
およそ人間が生きていられる気温ではなくなった一帯は、苛烈な竜のダンスで生命の終焉を迎えた。
ギョフノリー皇国は、敗走を受け、すぐに声明文を出した。
この機に進軍され、領土を奪われてはかなわないとばかりに。
【今回の進軍は、皇国の辺境地の領主と、将軍の独断であった。両名は直ちに処刑し、賠償に応じる】と。
炎が蹂躙した平原は焼け落ち、何も育たぬ死に地となった。
後々シリウスは国王に「やりすぎ」と叱責されたという。
無限に溢れてくる魔物に、ひたすら魔法を打ち込む。
出征から2か月、膨大な魔力を持つエリューシスも疲労が募っていた。
魔物の行動がやや落ち着く正午頃に、軍議が行われる。エリューシスは令嬢ながらも強力な魔法の使い手であり、スカルタス領の貴族として軍議に都度出席していた。
「これで、スタンピード前なんですの?!」
「はい。ですので、極大魔法はスタンピードが開始されてからの方がよいかと思います。」
「スタンピードが起これば、この数倍の魔物が溢れます。」
「現在は、スタンピード開始まで7割を切った、といったところでしょうか。」
辺境伯含め、魔の森に詳しい者達の報告に、エリューシスは目をひん剥く。思わず左隣に座る辺境伯を見てしまった。
「瘴気は新月に増幅します。おそらく、あと2回新月を迎えればスタンピードが始まるだろうさ。」
「ではあとを2か月を切りましたわね。」
エリューシスは、ごくりと唾を飲み込んだ。
辺境伯はその様子を見ながら、諦念を滲ませながら、テントの梁へと視線を上げる。巨躯をやや気だるげに椅子の背もたれへとつけた。
「えぇ。聖女様の光魔法がどれほどまで進んだかはわかりませんが…。残念ながら、スタンピードには間に合わないでしょうな。」
辺境伯の言葉に、一部の貴族が気色ばんだ。
「おい!聖女様をなんだと心得る」
辺境伯はじろりとにらみを利かせ、すぐに黙らせた。
軍議の場に沈黙が訪れる。数十人もの貴族や騎士らが、老いた辺境伯ただ一人に気圧されていた。
エリューシスは小さく息をのんだ。
その静寂をやぶったのは、辺境伯本人である。
エリューシスの方を向くと、断固とした態度で言い放った。
「スカルタス令嬢は、スタンピード開始直後に、極大魔法を使用し前線を離脱していただきたい。」
「辺境伯様!」
「――ここまでッ!」
抗議の声をあげるエリューシスに、厳しい表情の辺境伯は声をあげた。
「…ここまで令嬢にご助力いただき、まことに感謝する。しかし、スタンピードが始まれば、今までの戦場とは一変する。魔物の蹂躙が始まる。第三王子殿下のご婚約者たる、スカルタス嬢の命をここで失わせる訳にはいきません。それこそ、貴族であり騎士である私の責務です。」
エリューシスは唇を噛む。
どうせ2か月後は、例の卒業パーティーだ。原作では私の絞首刑が決まる時期だ。
聖女が降臨してから一度も接点を持ったことはないが、どうなるとも言えない。
「覚悟ができていたとしても…ですか?」
「はい。貴女様に必要なのは、我ら騎士を踏みつけたとて、生き延びる覚悟です。」
「…わたくしは、本当に足手まといですね。」
思わず視線を落とすエリューシスに、辺境伯は雷を落とすように激昂した。
「そんなはずないだろう!!」
「ひょえっ」
思わずエリューシスは飛び上がる。数名飛び上がった貴族もいた。
「貴女様が前線へ赴いて下さり、伝染病のリスクがかなり減った。貴女様の魔法に命を救われた騎士ばかりだ。だがなあ…一介の親だからしみじみ思うんだがよ。大切に育てられた娘がな、こんなところで死んじゃあいけねえんだよ。貴族の責務ったってな。」
「そんな親不孝、しちゃならんだろうよ。俺にこんな可愛い子を殺させんでくれよ」
ぽんぽんと無骨な手が頭を撫でてくる。
少し乱暴に。
エリューシスの瞳から、ぼろっと涙があふれた。
「うう゛~…」
「お、おいおい!こ、こわかったか?すまなかった。ご令嬢に怒鳴ってしまい…「殿下の婚約者じゃなかったら、辺境伯様と結婚したかったですわ~!」
「はぁ!?ちょっ」
「うあ~!今のは惚れますわ~!」
「ハハハ!スカルタス嬢お目が高い!」
「まままままままて!スカルタス嬢それ以上はやめてくれ!!殺される!スタンピード前に俺が殿下に殺される!!」
軍議は一気に活気を取り戻した。
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