最前線
エリューシスはスカルタス騎士団とともに、魔物が溢れかえる戦線へ向かう。
恐怖はある。正直言って怖気づいている。
だが、これは貴族の義務だ。
極大魔法を習得した者の責務だ。
(わたくしが、決意したことなのよ…)震える手を隠して、馬の手綱を取る。
最前線は、死があふれかえっていた。
雪解けで腐臭がひどい。
炎魔法で魔物の死体を焼いているらしいが、追い付いていない。
「伝染病が怖いわね…」
「はい。このまま夏になればさらに悪化しますし、我ら騎士団もあまり使い物にならなくなります。」
「王国騎士団の派遣はどうなってるの?」
「この機に南方のギョフノリー皇国からのつっつきがありまして、そちらに手間取っているようです。」
「そう…」
南方の国境戦線が突破されれば、さらに目もあてられない。ギョフノリー皇国も、国土と聖女どちらも手にしたいのだろう。
時間経過でいけば、第四章あたりまで進んだだろうか。そろそろ聖女も光魔法をコントロールできるようになっているはずだ。
あと数か月持ちこたえさせすれば…。
「エリューシス様、伏せてください!」
「【貫け】」
簡易詠唱で襲ってきた魔物を串刺しにする。
「少しこの辺りの魔物を一掃します。わたくしより前には出ないでください」
「ハッ!」
伝令が部隊に回ると、素早い連携で部隊が下がっていく。
「【敵を阻め 礫よ 槍よ 氷壁となせ】」
目の前の空気中に氷の壁が現れる。
あたり一帯の温度が下がった。
その壁から生み出した氷の槍を、一気に射出する。上空へ逃げる魔物は、氷の礫で撃ち落とされた。
15分程連射し、最後に壁を思い切り地面へと叩き落す。
絶対零度の氷に死んだ魔物も、生きた魔物も押しつぶされ、汚いスケートリンクの出来上がりだ。
「すげぇ…なんだこれ…」
「これ、腐乱臭はしないんですけれど、結局後で氷魔法を解除して魔物を燃やさねばならないので、二度手間なのですのよね」
効率が悪くて申し訳ないわ…。
「これが氷の魔女…」
「魔力が届く範囲は一掃しましたが、生き残りには十分注意してください。」
「「ハッ!」」
そうしてジリジリと前線を巻き返す戦いが始まった。
中級魔法程度なら簡易詠唱で十分だが、上級魔法になってくるとまだ詠唱が必要になる。極大魔法はさらに長い準備が必要だ。
(極大魔法を習得したことで、やはり天狗になっていたわ。わたくし、足手纏いですわ)
自分の至らなさに歯を食いしばる。しかし戦場に来た以上、甘えは許されない。
「皆様にはご迷惑をおかけいたしますわ…」
「そんな!エリューシス様がいなければ、我ら騎士団は壊滅していたでしょう。このような前線にご令嬢が出てくるなど、本当に勇気がいることです。団員を代表して、本当に感謝申し上げます」
「そんな…。貴族として当然の事をしているまでです。我がスカルタスに仕えてくださって、こちらこそ感謝いたします」
「女神…」
「戦乙女…」
「天使…」
「姫神様…」
エリューシスは自分の株がドンドン上がっていくことも気づかず、魔力を練り上げていた。
一方王都では
「エリューシスが出征しただと?」
「ハッ!前線に到着し、わずか一日で戦線を回復させております。」
シリウスは、執務室の机にもたれかかった。
「スカルタス当主は…」
「スカルタス当主も了承の上、出征なされた、と。」
シリウスは胃を押さえながら、当主も胃をさすっているだろうなと考えた。
「王国騎士団の状況は。」
「六割程度まで巻き返したところですね。」
側近が手早く報告する。
「…なら、そちらは俺が出る。前線を完膚なきまでに叩き潰せば、彼の国も少しは怖気づくだろ」
苛立たし気にシリウスは形の良い爪で、机をコンコン爪弾く。
戦場へ慰問でなく戦闘に参加する、と宣言したシリウスに側近らは目をむいた。
「…なにも殿下が出ずと」
シリウスの威圧に言葉をのむ。
「エリューシスが、前線に出てんだぞ?」
「いままで、何も殺したことのない、女が。命のやり取りに、その身を投じてんだ」
執務室の温度がいきなり上がる。
シリウスの怒気とともに、灼熱の魔力が漏れ出しているのだ。
「で、でんか…」
「王太子と、第二王子に、あの女の光魔法の完成を早めさせるよう進言してこい。光魔法が使えない用無しの、金喰い聖女などいらん。」
「かしこまりました…」
皮膚がじりじりと焼ける感覚を感じながらも、側近らは恭しく頭を垂れる。
「エリューシス…。」
豪奢な執務室に、シリウスの苦みを含んだ声が響いた。
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