2-5 システマチックな古代遺跡。機能とロマンは裏合わせ
入り口へと近づくと、そこには誰もいなかった。
見張りすら立てずに、遺跡の中でキャンプをしているらしい。なんとも不用心である。
けど僕たちにはちょうどいい。静かにうなずき合って、遺跡の扉をゆっくりと開ける。
先に続くのは地下への階段。壁際に埋め込まれたライトのようなものが点々と道を照らしており、足元には困らない程度には明るさが確保されていた。
(魔光だな。遺跡の地下から天然の魔力を吸い上げて、光を維持してるんだろ)
(こんな仕組みがあるなら、レイギスの遺跡にもつければよかったじゃん)
暗吸苔とかオカルトチックなものに頼らなくても、しっかり光を確保する手段があったんならそっちを使ってほしかった。そうしたら、少しは最初の不安とかも和らいだと思うのに。
(んなつまんねぇことできるかよ。遺跡っつったら松明一本で潜って、壁画を照らすのが絵になるんじゃねぇか)
(映画の見過ぎじゃない?)
確かにそんな場面はよく見るし、壮大なBGMが流れてたりしたら「おおっ!」ってなっちゃうかもしれないけど、現実はそんなうまくいかないでしょ。そもそも僕、あそこに直接転移させられたし。
(フィクションはいつだって現実の延長線だ。技術の先にあるのは、人の想像だからな)
(いいこと言ってる風だけど、やってることは壁画を松明で照らす下準備だからね)
当時の技術の粋を集めて残した情報じゃないなら、ただの茶番じゃないかな。
「月兎、なにしてるの? 早く行こうよ」
「あ、ごめん」
ついレイギスとの会話に集中しすぎて、入り口で足を止めたままになってしまっていた。
僕たちはあまり音を立てないようにゆっくりと階段を降りていく。
「この先は広間だよね」
「そうだよ。その先に二階層への階段」
「じゃあ階段を降りる少し前で煙を焚こうか。幸い、彼らも火を使っているみたいだしね」
今も階段の天井には薄っすらと煙が昇って行っている。おそらく、広間でたき火でもやっているのだろう。
(遺跡の中でたき火って大丈夫なの?)
(問題ねぇぞ。換気システムは壁の中にしっかり入ってるからな。煙が階段から外に流れるようになってるのも、構造上の必然だ)
(なんでわざわざ)
(年月が経った時の地質の変化なんかは予想が難しいからな。有毒ガスなんかが漏れたりした場合に、危険な遺跡と思われないようにするための対処だ)
硫黄の煙なんかが噴き出した時にも、しっかりと対処できるつくりになっているらしい。
こんな石造りの苔むした遺跡なのに。
(そんなアンバランスさも神秘的だろ?)
(知らない人には気付かれないと思うけどね)
階段を降りていくと、次第に人の話し声が聞こえてきた。
レオラの視線を合わせ、一度頷き合う。ここからは細心の注意を払って進まないと。
一歩一歩音を立てないように気を付けながら降りていくと、階段の終わりが見えてきた。その先からは、魔光の光とは別のオレンジ色の光が揺らめいているのが見える。
「じゃあここら辺ではじめようか」
「煙はどうやって向こうに流すの? ここからだと外に出ちゃうよね?」
天井付近へと上った煙は流されるように階段から外へと出て行ってしまっている。
そのように風の流れが出来ているからだろうけど、心配には及ばない。
「この毒草の煙は、成分的に空気より重いんだ。だから遺跡の底に溜まる」
指を少しだけ濡らして、床付近に置いてみる。指に当たる風の感覚は、入り口から奥へと続いていた。
逆に指を上へと持っていくと、煙の流れに合わせて風を感じることができる。
(この遺跡の換気システム、下側の空気を遺跡の奥まで流してるでしょ?)
(そうだ。石造りの壁は間から空気を入れるのが難しいからな。遺跡全体の上下で対流を作って換気している)
レオラが真似して指を濡らし、風の流れを感じて驚いていた。
「だからここで燃やせば、煙は遺跡の中へと流れていく。ちょうど寝ている連中や座ってる連中から先に体調が悪くなるはずだよ」
「すごい。そんなところまで考えてたんだ」
実のところ、そこまでは考えていなかったりするんだよなぁ。そもそも、遺跡の換気システムなんて知らなかったし。
とりあえず、煙を焚けば中に溜まるかなぐらいの感覚だったから、正直最初は焦ったさ。
(けど言わなければバレない)
(俺には丸わかりだけどな!)
(君は知りすぎた。ここで消えてもらわなければ)
(ま、待ってくれ! 俺は誰にも言わない! 神に誓う! 家に娘と女房が待ってるんだ!)
(二人は僕が幸せにするよ)
(この人でなし!)
(この世界の人間じゃないからある意味当たってるね)
頭の中でショートコントをしつつ、毒草に火をつける。
乾燥していない毒草は火が付きにくく、ゆっくりと炙っているとやがて白い煙が出始めた。
煙は少しだけ上昇した後、地面へと落ちていく。そして微風にのって広間の中へと流れ込んでいった。
「すごい、ほんとに広間に流れ込んでいく」
「さ、このまましばらく放置すれば、男たちが吐き気と眩暈に襲われる。それまでに僕たちは隠れちゃおう」
「そうね」
隠れる場所は遺跡入り口の扉裏。扉を開けてしまえば完全な死角になる三角地帯だ。
僕たちはそこに体を滑り込ませる。
「……なんで同じところに入ってきたの?」
三角地帯で二人きり。体を密着させた状態で尋ねる。
「え、あ、もう片方があった!」
両開きの扉なんだから、両方開けておいた方が不自然じゃなしスペース的にも余裕があったのに。
ずっと僕の後ろを付いてきてただけだったから、勢いでこっちに入ってきちゃったみたいだ。
(月兎、連中が来る。レオラを止めろ)
レオラが慌てて出ようとしたところで、僕はその手を掴んで強引に引き戻す。
「ふえっ!?」
「静かに。奴らが来るよ」
レオラの口元を押さえて、僕は目線で階段の下を示す。
レイギスの注意のおかげで僕も気づけた。慌ただしく階段を上ってくる音。そして調子悪そうに咳き込み、咽る声。
直後、気配が扉から飛び出していくのを感じた。
レオラに視線を戻すと、なんどか頷いている。手を離せば、ふぅと息を吐いた。
「まずは一人。すぐに別の人も来ると思う」
「かなり効果が出るのが早いんだね」
「煙だからね。吸ったらすぐに体に回るから」
そのくせ体内での残留は半日程度となかなか長い。解毒剤がないとかなり厄介な毒草なんだよなぁ。
教えておいてもらって本当に良かったよ。
そのままじっとしていると、単発的に何人かが遺跡を飛び出していく。
けど十五人以上の人に効果が出るにはまだ少しかかりそうだ。
「けっこう時間がかかるんだね」
密着した状態で、レオラが気恥ずかしそうに視線を右往左往させる。
「遺跡が広いからね。空気の流れも二階層に行くのが一番多いだろうし」
広間にいればすぐに効果も出るだろうが、各部屋の隅で寝ていたりしたら、効果が出るまでには時間がかかりそうだ。
あと十分くらいはこのままかな?
そんなことを思っていると、レオラがもじもじと動き出す。
「狭いんだからあんまり動かないでよ」
「無理いわないでよ。色々辛いの」
よくみれば、レオラの首や額には薄らと汗すら浮かんでいる。
遺跡内は涼しく、ともすれば少し寒いぐらいなのだが汗なんて――体調でも悪いのかと考え、ふと気づいてしまった。
僕にも似たような状態になった経験があることに。
それは満員電車の中。通学途中で訪れた悲劇。
すなわち――
(レオラ、もしかしたらトイレ行きたいのかも)
(超ピンチじゃん! 腸ピンチじゃん!)
(また分かりにくいネタを……)
いや、今はそれどころではない。僕の考えが事実なのだとすれば、これはかなりの問題だぞ。
疑いをもってレオラを観察すれば、ますますそうとしか思えなくなってくる。
「レオラ」
「な、なにかな!?」
「いざとなったら反対向いてね」
「何を言っているのかな君は!?」
この際靴が濡れてしまうのは許容しよう。けど、服を濡らされるのはちょっと……
「その汚されたくないしみたいな顔はやめて欲しいな! 私は耐えてみせるし!」
「頑張ってね」
できることなら僕も信じたい。けどレオラ、今の時点で結構限界近いよね。
分かるよ。僕も満員電車で身動きすら取れずひたすら尿意をこらえるのは大変だった。少しだけならとか思ったりもしたけど、男子高校生の尊厳を守るために必死にこらえたもん。
あの時は全てが敵に見えた。
もじもじと必死に我慢するレオラをみながらしばらくすると、下から集団が一斉に飛び出していった。何か様子がおかしいのを危険だと判断して逃げ出したのかもしれない。
けどちょうどいい。これでここから出られる。
「レオラ、大丈夫そうだ。そろそろ行こう」
「う、うん……」
「外には男たちがいるから、部屋の隅でお願いね」
「女としての尊厳がゴリゴリ削られていくよ……」
広間へと降りると、男たちのメンバーは一人も残っておらず、辺りに吐しゃ物がまき散らされている。貰い下呂しそうだけど、グッとこらえた。
(換気システムが働いてて良かったな。無かったら今頃胃酸の臭さで埋め尽くされてるぜ)
(全くだよ)
広間で少し待っていると、レオラがすっきりした表情で小部屋から戻ってきた。
その背中には、今までなかったリュックがある。
「それどうしたの?」
「私の荷物。ついでに取り返してやったわ! 尊厳も守れたしね!」
どうやら下着を履き替える必要はなかったようだ。
(なあ、俺たちも小部屋に何があるか調べねぇか?)
(レイギスってそういう性癖の持ち主だっけ?)
(うんや。けど、恥ずかしがる姿を見るのは好きだ)
(変態だね)
僕はやらないよ。見たくもないし嫌われたくないし。
というわけで、さっさと奥に行こうか。時間は限られている。
「じゃあレオラ。案内よろしくね」
「任せて!」
遺跡の中は調査していたレオラの出番。
順番を入れ替えて、レオラを先頭に僕たちは広間の奥。二階層へと続く階段を降りていくのだった。




