四十四話
練習といっても、四人とも何から手をつけたらいいのかわからない――というのが実際のところの現状だった。
これがもしあるアーティストのカバー曲だったなら、その曲を基にひたすら練習をすればいい。だがこれはオリジナル曲――つまりどういう風に編曲をするか、そもそも楽器は何にするかなど、自分たちの力で一から全部完成させなければならないのだ。
始めは『おれたちならやれる!』の精神で勝手に作り出されていくものだと、皆がそう高を括っていた。
しかし実際にこうして集まりそれぞれが持ち場についた今この瞬間において、自分たちがしようとしていることが一体どれだけ難しいことであるのかを全員が実感しているところだった。
「難しい、ですね……」
皆のこころを代弁するかのように、ハクは呟く。
「まぁ……プロのミュージシャンじゃないからな、おれたち」
所詮少し楽器が扱えるくらいのただの学生の集まり。プロのような実践も積んできたこともなければ、何かのイベントなどに出場した経験すらもないのだ。
「智也たち、タブとかないから相当きついだろ? おれはドラムだからまだしも……」
陸が楽器が弾ける二人に向けてそう言うと、
「タブ、なかったらきついんですか……?」
ハクは少し険しげ顔つきで、智也たちに尋ねる。
「まぁ……たしかにないときついな。そもそも一からメロディを作るわけなんだろ? そんなの素人のおれたちにできるのかすら怪しいな」
「すみれさんは?」
ハクは、キーボード前に座るすみれの方を見てそう言った。
「私?」
すみれは顎に手をつけ、少しの間考えている様子だった。
「私は………」それでも答えが導き出せそうにないといった感じで、「わからない。できるかもって思う部分もあれば、やっぱりできないかもって思うところもあるから……正直やってみるしかないかな」
「おまえ今まで、音符見て演奏することしかしてこなかったんだろ? アドリブで演奏とかできんのかよ」
そう智也が投げかけると、
「だから、わからない」
その回答に呆れたのか智也は、
「望み薄ってことか……」
小さくそう呟く。
「どうすんだよ。こんなんじゃ、せっかく集まったのに練習すらできねぇじゃねえか」
静まる室内。
それに反論できるような人物などいなかった。
かく言う智也も、そんな自分が無様とでも思ったのか顔をしかめている。
「あの」
そんな中、ハクが声を出す。
「つまり、みんなメロディさえあればいいってことなんですよね?」
「そのメロディを作れなきゃ意味ねぇって言ってるだろ……」
「多分作れます、ぼく」
そのハクの発言には智也だけでなく、すみれと陸も驚いたように目を見張った。
「は……?」智也は思わず口を開く。「おまえ楽器も弾いたこともねぇってのに、その旋律がわかるっていうのかよ?」
「はい。多分わかります。だってぼく――」
――頭の中で全部鳴ってますから。声も楽器も全部。
その瞬間、すみれの口が歪む。
それは朗らかな笑みとはまた違った、大切な何かを誇りに思っているような笑みだった。
そんなすみれの笑みには誰にも悟られる余裕もなく、皆の注意はある男に――最年少にしてボーカルを務めるハクに集まっていた。
「どういうことだよ……。頭の中で鳴るって」智也は目を点にしながら言った。
「いいじゃん、そんなこと」
ハクが口を開くよりも先に、すみれはそう智也に対しそう言い放つ。
「ハクは私たちにメロディを作る。それで私たちはそのメロディを楽器を通して再現する。練習できる時間も限られてるのに、それにいちいち口を挟んでたらいくら時間があっても足りないよ」
一瞬フリーズしたように動きを止めていた智也であったが、すみれの意見に同意を示すように「そうだな、早く練習しよう」と口にし、ハクについての言及をストップした。
△△ △
「全員送り終わりました……。あの、わかりにくいところがあったら全然言ってください」
メロディを皆に伝える手段は話し合いの末、ハクが録った録音を個別のメールでそれぞれ送るという形になった。
録音の内容は人によって異なる。
キーボードを担当するすみれには、ピアノ《っぽい》伴奏を。
リードギターを担当する智也には、ギター《っぽい》フレーズを。
他方、ドラムを担当している陸には、録音による伝達は難しいという判断のもと彼だけにはまた違った形のアプローチを取ることになった。
録音する際、集中できるようにとハクは別の場所に移動したが、そこには当然恥ずかしいからという理由が少なからずあったに違いない。
二人は、それぞれイヤホンを耳に着けながらその録音を聞いた。
Aパート(仮)の部分だけなので、二人は一分経らずでイヤホンを外す。
「まぁ……」智也は言った。「まだ何とも言えない、って感じだな」
「うん」と、すみれも続くように反応する。
「あくまで一楽器のフレーズに過ぎないからね。これが重なったらきっと、ちゃんとした音楽になるんだろうね」
「……そうだな」
録音した楽器の種類は二つ。ピアノに、エレキギター。
しかしハクの頭の中に浮かんでいた音の中には、当初ピアノはなかった。
あったのはドラム、それから二つのギターだ。
二つのギターがある理由は、それぞれ違った役目があるから。
一つ目のギターはメロディを奏でる役割。この曲の特徴である速いテンポに加えて、ギターはボーカルの歌声に絡み合うように演奏する必要がある。
また、旋律もそう単調というわけでもないため、演奏の技量は高いかもしれない。しかし、智也はこんな難しいフレーズすら簡単にこなして見せるだろうと思っていたが故、あまりハクは心配はしていなかった。
そして二つ目はリズムを取るギターの音。ハク自身、あまり音楽的な知識が備わっていなかったため、それがアコースティックかエレキのどちらであるかは判断がつかなかったが、この場合は当人の好みだろう。
ハクはこの二つ目のギターの音――つまりリズムを取る方の役目をピアノに代行することにした。《決めた》ではなく、《することにした》のだ。頭の中で鳴る演奏をそのまま感じ取った形だから、自分では意思決定をした感覚はほとんどないに等しい。
ハクは智也たちが言及したように、『まだ何とも言えない』『音楽っぽさがない』ことには何も驚かなかった。むしろそう感じることが当然のように思える。だから、
「いえ、まったく音楽にはならないと思います」
ハクはそう言い切った。
ある意味、この言葉はほかの三人にとって聞き捨てならなかったようで、皆驚いた表情を見せた。
「……どういうことだよ?」智也は怪訝な目つきで尋ねた。
「楽器が二つだけだとそう聴こえて当たり前だと思います。でも今ぼくが録音した二つの楽器の音に、もう一つ新たに楽器が加わったら、ぼくの見立て通りではちゃんと音楽になるはずです」
皆の注目が自分へと集まる中、ハクはドラムセットの方に体を向けた。
「お願いがあります、陸さん」
「………!」陸は思わず目を丸くして、「おれに……?」
「この曲で一番カギを握るのは多分ドラムなんです。……多分っていうのはまだ確証がないからですけど」
「ないのかよ……」智也が突っ込みを入れる。
「いや多分大丈夫です! じゃなくて……大丈夫です! 陸さん、これからぼくと練習に付き合ってもらえませんか? できれば二人だけで」




