百三話 生きるべき時代へ
「それではいきます!! ほにゃほにゃほにゃ~~〝ニャモス〟!!」
「一応聞くけど それ大丈夫なんだよね?」
さも当たり前のように指を鳴らすえりちゃん
隣で心配になっている谷下を余所に 事は順調に作動し始めた
青白い光が三木の周囲に円を描き 中にいる彼女の身体はゆるやかに上昇する
「三木ちゃん!」
谷下は三木の手を取る
その片手を三木は両手で握り返し 頭よりも足が上に伸びている形で浮いていた
「正直言うと私ね…… まだお姉ちゃんとお話ししたかった」
「大丈夫よ三木ちゃん 元の時代の私をよろしくね!!」
「そう…… だね 戻らなきゃ…… カタにチュール奢るって約束しちゃったし……」
「……うん お願いね!」
「カタの次に谷下先生…… そして私にまで涙を流してたら疲れるよ」
「ごめんね…… もう泣かない!!」
「それに私はタイムリープじゃなくてタイムスリップだから この時代にも私の魂がいるんだよね
……見つけられなかったし 消滅しちゃってるかもだけど そっちもお姉ちゃんに会いたいと思ってるよ」
手は離れて 三木は遠くの彼方へと飛んでいく
「会えて嬉しかったよ…… お姉ちゃん!!!!」
「私も…… 私もよ!! 三木ちゃん!!!!」
向かう場所は過去 光の速さで飛んでいく妹の姿を 見えなくなるまで谷下は手を振り続けた
「……行っちゃった」
深い溜息を吐く谷下に残っているキャリーが優しく肩を撫でてくれている
「終わったな……」
「えぇ!! ……もう心残りは無いわね」
「それじゃぁママ達を…… 天国が完全に復活するまで地獄で待って貰う形になるでしょうが……」
えりちゃんはゲートを創り 火の海が見える地獄の海岸まで誘導してあげた
降り立つ二人はすぐに汗だくになり えりちゃんの気遣いで用意してくれた〝うちわ〟で涼んでいる
「言う程じゃないから ここはまだ序の口なのかな?」
「地獄って言うんだから まだまだ奈落の底があるんじゃねぇのか?」
「日本で旅行するなら〝地獄巡りしたい〟って言ってたけど 叶って良かったじゃん」
「そうだな!! まぁ別府温泉の事だったんだが…… ハニーと一緒ならどこでもいい!!」
「……新婚旅行もまだだったしね!!」
「暫くご無沙汰だったからなぁ~~ 今夜は寝させねぇぞ??」
「すぅぐセクハラ言うんだから~~ もう……」
呆れる谷下はえりちゃんの方を振り返る
完全体のえりちゃんは空気を読んで人知れず居なくなろうとしたが見つかってしまった
「ママ達の邪魔をしないで行こうと思ってたのに……」
「ゴメンゴメン! またいつでも遊びに来てね!!」
「う~~~ん…… 細心の注意を払ってこっそり来るよ 今は仏に見つかると厄介なので」
そう言い残し えりちゃんは目に見えない速さで天高く飛んでいってしまった
大きな鼻息を立てて気を取り直す谷下はグッと背伸びをして 先で待っているキャリーのもとへ走った
「見て見ろよハニー!! 酸素も燃やす物も無いのに この炎の海は延々と残るんだとよ……
化学的にこの現象をはっきりさせたいもんだぜ!!」
「待って!! フロギストン説とか諸々思い出してみるから!!」
地獄に来たのに呑気に惚気るバカップルを見て
遠方で話しかけようにも気まずい閻魔様は爆発をご所望だ
「しかしまぁ…… 結局はクローンが過去に戻ることは無かったな……」
「ねぇ!! 予想なんてちゃんと理論を組み立てないと外れて当然なのよね~~
……だけど人智を超えた話になると何が起こるか分からない 三木ちゃんがそうだったし」
「結果成功したんだよな~~ 未来の人間を過去に送る だけど一般市民の発言力は高が知れてるし
千年前の俺もおそらくは 妹さんの必死の言葉すらまともに相手しないだろう」
「失敗は繰り返されるのかもねぇ…… 人類が再び地球に生を授かるのも五十億年後で済むかどうか」
「……そしたらあれか 俺達がアダムとイヴになるのか?! こりゃぁ子孫繁栄の礎が大変そうだぜ」
「何そのヤリ目発言…… どんだけ溜まってんのようちの旦那は……」
酸鼻極まる 想像を絶する絵図を舞台に咲くは 二輪の夫婦の花
待てど待たれど 色が抜け落ちるまで続く 業火の底は尽きる事なく
されど休息にお茶を飲むように ただ二人は今を楽しんでいた
令和2年某月某日
荒い息遣いが聞こえてくる
額から流れる汗 耳の穴に落ちると同時に慌ただしく目を覚ました
「……!!」
放心状態が続き 意識がはっきりする頃になって周りを確認する
見覚えのある病室 カレンダーを見ると2020年と書かれていた
ーー戻ってきた…… 元の時代に……
人工呼吸器が見当たらない辺り 一回目の軽症で済んだ時期なのだろう
未来で切断されていた点滴のチューブはそのまま繋がっており
身体を起こすなりスマホをチェック 日付はなんと退院予定日の前日だった
ーーえりちゃんって…… 本当に神様だったんだなぁ……
夢のように時間が経っても忘れる事は無く
白昼夢と言って良いのか 自分が経験した出来事が全て昨日の事の様にフラッシュバックしている
気持ちに整理が付かず 無意識に押したナースコールで看護婦さんが駆けつけてくれた
「どうされましたかぁ?!」
「…………黄泉の国って本当にあるんですね」
未来から戻った三木は 早々に医師と看護婦達によって緊急治療が行われた
症状が再発した訳でも無いのだが 彼女の発言が不吉だっただけに 周りは変に神経を尖らせていた