プロローグ
森の奥の古びた砦は、蜂の巣をつついたような騒ぎで、松明の炎が上や下へ動いていた。
「報告、南の森にて発見。周囲を取り囲っておりますが、動きが素早く捕らえきれません。」
報告に来たアルが、かたくるしい表情をみせ、ガリウスをちらりとみる。どうも兵たちは、ガリウスが苦手のようだ。
「これ以上の犠牲を出すわけにはいかないな。火が苦手なことがわかっているのだから、いっそ森ごとやいてしまうか」
「エル、そんな事をしたら、メイナードにばれてしまうぞ。」
軽く行った冗談にまじめに反論するこの男は、ガリウスといい、古くから付き合いだ。
精悍とした出で立ちで、いかにも騎士といった印象を誰にでも与える。頭に毛は無く毎日剃刀で入念に剃っている。
この男に何度助けられた事か。感謝してもしきれないのだが、恥ずかしいので本人に話したことはない。
「奴は千里眼ではない、森を燃やしたぐらいでバレはしないだろう?」
「ここの住民がどう思うかだ。ここは聖地として人が入らない場所だ。そんなところから火が出たら」
「ここなら、暫くは落ち着けると思ったが、あんな化け物がいるとはな。よし、俺をそこへ案内しろ、仲間を殺したやつを見てくる。」
アルが慌ててついてくる。
「おい、お前にもしものことがあったら・・・・・・、おい、どこに行く、まだ、話しの途中だ。」
部屋の外でアルが耳打ちする。部屋の中からはガリウスの大きな声が響いていた。
「エル様、よろしいのですか?」
「何が?」
「何がって、ガリウス様です」
「いいの。いいの。少し邪見に扱うぐらいがちょうどいい。」
「でも、怒られるのは、私なんですよ。」
「その時は、すまん」
森は暗く、暗い闇の先に化け物がいるのを感じて、熱くもないのに冷たい汗を背中に感じる。
兵たちもそれを感じ取っているのだろう。ここには戦場ににた緊張感がある。
「右と左から周りこめ、化け物を中心に円を作り絞り込んでいくんだ。 松明を絶やすな。」
奇襲をかけるなら、暗闇では光源を持つのは拙劣だろう。しかし、今は化け物に歩がある。
唯一の勝機は、これまでの経験から感じている松明のみ。奴は火を怖がっている。
化け物がいるだろう場所を中心に松明の円が完成し、ゆっくりと円を絞り始めた。中心にその姿を捉える
松明の明かりが周囲を照らし、周囲が淡い橙色に染まる中、それは、染まることを拒み、漆黒の闇を体にまとわりつけていた。凝視しても、その姿は闇と同化しとらえることができない。
松明の明かりが、化け物の姿を照らすことを拒んでいるかのようだ。
そこに奴がいる手応えを感じた。
視線をそこに集中し、どんな動きものがさまいとひとときもめを離さない。松明の橙色の明かりの中で、黒い煙を見た。闇の湯気だ。
その場所で闇の湯気が立ち上り、その中に一対の光る目を見た。奴と目が合ったと感じた。
闇の中にそれがあるように感じたのは目が合った者にしか解らないだろう。
すると、こちらに向かって音もなく走り出した。抜き身にしていた剣を正面で構え直す。
間合いがつまり、剣を突き出した。跳躍する。化け物の後ろ脚が沈みこむのがわかる。前足が伸びる。突き出した剣を戻す余裕はなく、横に飛び転り、直ぐに上体を起こす。
距離が広がった。やつは自分にしか興味が無いようだ。こちらを見ている。見ている気がする。
再び化け物が走り出す。こちらも剣を正面に構え直し、間合いに入った時、さらに一歩、歩みより、剣を横に走らせた。化け物は大きく跳躍し、頭上を越えていく。そして、闇に同化し、きえさってしまった。
エルはしばらくその消え去った闇の中に一対の目を探して立ち尽くした。