真っ白な天使
暗い暗い闇がありました。
人々は、その闇の中で恐れ慄き、食物も満足にとることができず、死と隣り合わせで暮らしていました。
闇は、人々の命を糧に大きくなるばかりでした。
人々は、何かにすがる気持ちで祈りを捧げました。
その祈りが届いたのか、神が降り立ち「光あれ!」と唱えると、光の根源たる太陽が現れました。
太陽は、世界を光で満たしました。
闇は、光に追い詰められ、最後の力を振り絞り、世界の端に大地を創り、その影に身をひそめ光から逃れました。
神は、完璧を求められ、闇が創った大地を利用し、闇を覆いつくし大地は玉になりました。
闇が出られない様にしたのです。
神は、大地から闇が逃れないように、太陽に大地の周りを廻るよう命令しました。
世界から闇が追い払われました。
人々は、いつの頃からか、闇が創った大地に住みはじめました。
神は、大地に住む人々に「人の背丈を超えて大地を掘ることは許さない。
それが守られている間、大地に恩恵を与えよう」と言いました。
すると、大地から水がわき、木々が生い茂りました。
人々は、水て喉をうるおし、木の実を食べお腹を満たしました。
人々は、神に感謝し約束を守ることを誓いました。
「今日はここまで」
日曜日の教会で、エレンは、集まった子供たちに教会が昔から伝える神話を読み聞かせていた。
「ミーナ、ミーナったら」
窓際から小さな声が聞こえる。
声の主はジーナだ。今年で12になる。12歳は節目の歳で、明確な線引きはないのだが、日曜学校には来なくなり、それぞれの道を進む。中には推薦を受け王都の大学や、修道院に進む人もいるが、大半は、大人に混じって働き始める。
12が特別な意味をいつから持っているのか判らない。1年は、12ヶ月で、12の星座が黄道12星座として特別な存在だ。1ダースは12個。世の中には12が溢れている。どうして12なのか考えたことはなかったが、修道院で一緒だったヴィヴィアナは「私たちは指が6本の何かに飼われていた」などと神妙な顔で話していた。その後決まって「なんてね」と言って吹き出すのだ。実際は、親指を除いた節の数が12で、親指で節を指して数を表していたらしい。
「ジーナ、どうしたの」
ジーナの方に歩み寄るとジーナの影に隠れて居眠りをしているミーナがいる。
ミーナは周囲と異質な特別な存在だ。私たちの髪の毛は基本的に黒く、瞳も黒か茶色だ。
彼女は、その全てが白い。髪も眉もまつ毛も、肌も乳白色で頬は薄紅色に色づいて、太陽の光を浴びると、瞳は翡翠のように鮮やかに輝く。
また、彼女は成長しない。出会ってから体の成長が止まっているかのようで、ミーナもジーナと同じ12になるが、並んでいるとまるで姉妹のようだ。
「ミーナ、ミーナ、起きなさい。」
それを聞いたミーナは、目をこすりながら「あれ、エレンもうごはん?」と寝ぼけた声で言う。
聖堂は、集まっていた子供たちの笑い声に包まれた。
その直後、教室代わりに使っている礼拝堂の扉が開き、グラツィアーノ神父が帰ってきた。
集まっていた子供たちが思い思いに、神父に挨拶をする。神父も「楽しそうですね」と返事を返す。
「どうしたんですか? 村長さんの所ではなかったのですか?」
「それが、急な来客があったようで会えなかったんだ」
「そうでしたか」
「少し、待ってみたんだが・・・・・・授業はまだ、続くのか」
「いえ、ちょうど終わろうと思ってました。」
そう言って、子供たちに向い「みんな、今日はおしまい。」と言って授業の終了を告げた。
それを合図に、子供たちは勢い良く日曜学校を飛び出していった。
子供たちが開いた両開きの扉の先に、山頂が平坦なアスクレウス山が見える。
カテル初代国王、アスクレウス1世の名を引き継ぐ霊峰アスクレウス山。霊山とされ、神が大地に闇を封じ、大地を閉じた結び目がこの山とされている。なだらかな峰は周囲80000キュービット(40km)に及ぶ、円錐形の形状が美しい山だった。しかし、8000キュービット(4000m)を誇った山は、8年前の地震で2000キュービットより、上が抜け落ち、そこに巨大な穴が出来上がった。
噂では、「底の見えない闇が広がっていた。」と伝えられ、噂を信じた者は、神話を思い出して闇が復活するのではと恐怖した。
今も住人が戻っていない村がいくつもある。
大司教は、「人の背丈を超える山が無くなっただけだ。神との約束を反故にしたわけではない。 神の恩寵は今後も続く。」と言われ、人々は、表面上の平穏は取り戻したが、内面的には不安は拭いきれていない。
その不安が、村に戻ると言う選択を無意識にさせないのだろう。
この村はアスクレウス山から72000キュービット離れた山の麓にある。
穴から離れているため、村を去る人はそれほどいなかったが、子を持つ親を中心に、20世帯程が、出稼ぎ先の知り合いや、遠い親戚を頼って村を出ていった。
村に残ったのは半分ほどだ。
当時はまだ11歳で、2年上の兄が羊の世話を、私も子牛の世話をしていた。
地震が起きた当時、兄は羊たちを放牧するため山に行っていた。
あの朝別れた後、兄も羊も帰って来なかった。
地震の混乱で捜索もほどほどに終わり、兄の生存を信じて疑わない両親は、村への残留を決め、兄と財産のほとんどを失った両親は、私を教会に預けた。
グラツィアーノ神父の勧めで私は修道院に入る事になり、その年にこの村を離れた。
修道院は全寮制で、薬学、神秘学、医療に至る様々なことを学ぶ。
3年前にこの村に戻ってきて、グラツィアーノ神父の指示のもと、シスターを勤めている。
ミーナは、その頃グラツィアーノ神父が引き取った。ミーナの父、アマデオが出稼ぎ先の王都ベルファストで、震災後の復旧作業中の事故に遭い命を落としたためだった。 ミーナの母親は、ミーナを生んで直ぐに亡くなっている。
出会った当時の印象は強く、はっきりと覚えている。
真っ白なキラキラした髪に、透き通るような白い肌。この世の者と思えない神秘的な瞳の美しさに異形に畏怖を覚えた。同時に教会に古くから伝わる「取り替えっ子」を思い出していた。




