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ミレニアム1001  作者: みづきゆう
第一章、魂なき少女
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三、ふれあい(2)

 週末、ニュートはリーナをつれて、遊園地へとやってきた。そして、いくつかのアトラクションで遊んだあと、昼食を食べるために、遊園地内のレストランへとむかう。


 とちゅう、六十過ぎくらいの女性に声をかけられた。


「ニューティス、ニューティスなの? 違ってたらごめんなさい。」


 どこかで見たことがあるなと思いつつ、なかなか思い出せないでいると、向こうから自分がいた施設の者だと返事が返ってきた。それでようやく思い出せた。


 女性は、


「まあ、忘れていたとしても無理はないわね。あなた、施設を出たとき八歳でしたものね。でも、十二歳くらいまで様子を見に会いに行ってたのに、あんがい忘れられてしまうものなのね。」


「すみません。え、と、今は施設長でしたね。まさか、こんな場所でお会いするとは。」


 施設長は、リーナを見つめた。


「娘さんにしては、ずいぶん、大きなお嬢さんね。あなた、結婚したようには見えないし、ひょっとして、この子は、あなたと同じ?」


「はい。リーナと言いまして、アンジェリーナの遠縁(とうえん)にあたるんです。ある事情で一人になりまして、だれも引き取り手がなくて、私が引き取ったのです。」


「まあ、独身の若い男に、このようなお嬢さんをたらい回しにするなんて。でも、あなた一人で大丈夫? こまったことがあったら、いつでも相談にのるわ。」


「執事もいますから、男一人でもなんとかなっています。でも、お心遣(こころづか)いはありがたいです。ところで、施設長は今日は何用(なによう)でここに?」


 施設長が笑いながら見た方向には、元気のよい子供達の集団がいた。


「年に一度、みんなで遊びにくるのよ。あなたもここにきたことがあるのよ。おぼえてないでしょうけどもね。じゃあ、そろそろ行くわね。子供達にお弁当を食べなせなきゃならないから。」


 施設長は、行ってしまった。ニュートは、施設長と子供達が向かった先をたしかめ、リーナにレストランに行くのをやめようという。どうしてときくリーナに、ニュートは答えず、そのまま屋台へと向かい、自分達の昼食と大量のポップコーンを購入した。


 そして、リーナと二人で買った物を持ち、遊園地西にある噴水(ふんすい)広場に向かった。子供達の世話をしながら昼食を取っている施設長に、いっしょに食べていいかときく。


 施設長は、子供達にニュートとリーナを紹介し、昼食を取ったあと、その日の午後、ずっといっしょに過ごしていた。施設長もふくめて、子供達はリーナをおとなしい子だと思う以外は、とりたてておかしくも感じず、いっしょになって遊んでいる。


 ニュートは、小型PCの電源を入れた。生体(せいたい)制御システムはすでにリーナの脳内に移行してあるので、PCの電源を入れたのは、リーナの今の状態を調べるためである。


 リーナが、子供達とのふれあいを、めざましい速度で学習しているのがわかる。ニュートは、ねらい通りだと思った。画面に次々と現れる情報を処理し、それを自宅のHDDへと送り続けていたら、いまどきの若い親はと、スマートフォンを施設長に取り上げられてしまった。


 PCを施設長から返してもらい、オート送信にしてから子供達の様子を見たら、リーナが同じ年頃(としごろ)の男の子と話しているのが見えた。相手に合わせ、表情をつくっているとはいえ、男の子と話しているリーナは実に楽しそうに見える。


 そして、夕方になり、子供達とお別れをして、二人は帰路(きろ)についた。車の中で楽しかったかときいてみると、リーナはうなずいた。


「心がうきうきしてた。空を飛んでるみたいだった。これが楽しいって感情なの?」


「お前は、どう思う?」


 リーナは、少し考えた。


「ニュート。人間にある心って、どんなものなの。データには、心はさまざまな環境に合わせて、いろんな感情に変化するってある。」


「リーナは、いまは楽しくて、空を飛んでいる気分か?」


 リーナは、首をふった。


「あの子のことが、頭から(はな)れないの。男の子。たくさん、お話したからかな。」


 ニュートは、PCのバッテリーの予備を用意してくればと後悔(こうかい)した。だが、昼間のリーナの感情の記録はかなり送信してあるので、それを解析すれば、いまのリーナの状態もわかるはずだ。


 そして、家に帰り夕食が終わり次第、ニュートは研究室に閉じこもった。リーナは、居間に座り、テレビを見ていた。キンブルが電話機を持ってきた。自分に電話なんかする人がいるのかな、と考えつつ、リーナは受話器をとる。そして、声をきき、ドキリとした。


 昼の男の子からだった。どうやら施設内の資料をこっそり調べて、ここの電話番号を見つけたらしい。外にある公衆電話から、かけてきているようだ。


 話の内容は、たわいのないものだったが、リーナは笑顔で受話器を切った。それから、何日かたった日、図書館にいるニュートにもとにキンブルから、リーナが家から、いなくなったと連絡が入った。


「もうしわけございません。午前中、少し手のかかる仕事をしていましたので、お嬢様に注意をはらう余裕(よゆう)がなかったのです。お昼になり、やっと気がついたしだいです。」


 ニュートは、あわてて追跡(ついせき)装置でリーナの居場所(いばしょ)をさがした。リーナにはGPS機能が搭載(とうさい)されており、いつでも居場所がわかるようになっている。リーナは、どうやら遊園地へと向かっているようだった。


 移動方法は、バスとか電車とか、的確(てきかく)に使っていたようで、まもなく到着しかけている。ニュートは、研究室から飛びだし、車のエンジンをかけた。


(なにが原因で、こんなことをしたんだ? そういえば、遊園地が楽しかったと言ってたな。けど、それだったら、私にもう一度つれてってとねだればいいことくらい、わかっているはずだ。)


 思い当たるふしがあった。あの男の子。リーナがあの男の子に特別に反応していたのはたしかだ。データにも、はっきりと現れている。だが、機械が人を好きになるなんて、自分がつくったシステムがそう反応するなんて、とてもじゃないが信じられない。


(あってはいけない事実だ。私は神じゃない。神ではないんだよ、リーナ。)


 教会の教義書の中に、こんな一説があった。神はすべての存在に命を与え、存在を存在するものとして生かし続けている。この世界のものは、人間はもちろんのこと、存在するすべてのものに、生かし続けようとする神の命がやどっている。


(そんなバカなことがあってたまるか。リーナは、私がつくったサイボーグだ。魂などない、ただの機械制御の擬似感情をもつロボットだ。さまざまな材料をつかい、私の手でつくっただけだ。)


 だが、その材料は、すべては、神が命を与えし、この大地から得たものだ。そして、人の形となり存在するならば、そのつくられし肉体に神の命がやどってもおかしくはない。


 ニュートは、遊園地の入り口でうろうろしているリーナを見つけた。ニュートは、乱暴に道路わきに車をとめ、リーナに走りよった。


「ごめんなさい。」


 もういい、ニュートは車の中でおとなしく座っているリーナに、なんとも言えない思いをいだきつつ、そう言った。リーナは、


「あの子、今日ここで待ってるっていってた。毎日、何回も電話で話した。施設から電話できないから、外の公衆電話からしていると言ってた。」


「何時に待ち合わせしていたんだ。もう、昼を回ってるんだぞ。」


「一時。」


 まだ二十分ある。ニュートはとりあえず施設へと電話をかけた。男の子はどうやら熱をだして寝込んでいるようだ。この寒い中、毎日外で電話をしてたのなら当然だろう。ニュートは、施設に行くかとたずねた。リーナは、しずかにコクリと返事をする。


 施設に行き、二人を面会させたあと事情をきいた施設長は、監督不行(かんとくふゆ)(とど)きで申し訳なかったとニュートに謝罪(しゃざい)した。


「もういいですよ。なにごともなかったですからね。」


「あの子、養子先が決まったんです。けっこう遠い場所なんです。来週行く予定だったから、こんなむちゃをしたんです。たぶん、初めての恋だったんでしょうね。」


「出発はいつですか。見送りにいきますよ、リーナをつれて。」


 施設長が、かすかに笑った。


「あなた、人の親になっていますね。女の子を引き取って本当に大丈夫かと、あれからずいぶん心配したのですが、懸念(けねん)だったみたいです。リーナさんは、やさしい子ですね。」


「・・・娘の様子をごらんになって、あなたから見て、娘は、リーナはあの子に恋をしてるように見えますか?」


 施設長は、ニッコリとほほえんだだけだった。


 そして来週、リーナはニュートとともに高速バス亭に行き、バスに乗る男の子を見送った。バスは走り出し、高速バスの開かない窓から、男の子は必死でこっちを見ている。そして、リーナも・・・。


 ニュートのなかで、今まで決め込んでいた理論が、ゆっくりとくずれていった瞬間だった。

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