四、国王の崩御(1)
ニュートは、自宅の書斎にこもり、ずっと本を読んでいた。キンブルがお茶を持ち入ってくる。
「ずいぶん、ご熱心にお読みになっていますね。週末になると、必ずお帰りになられるのは喜ばしいことでございますが、でもせっかくお帰りになられても、こう一日書斎にこもられてばかりでは、リーナ様がおかわいそうですよ。若様がご在宅なのに、テレビに子守りをさせてばかりですからね。」
ニュートは、本を閉じた。
「それもそうだな。けど、私とて好きでこもってるわけではないんだよ。」
「語学の、本ですか。これは世界共通語ですね。」
「ああ、ひさしぶりに勉強しなおしてみようとおもって。以前、読んではいたが、けっこう忘れているもんだな。」
キンブルが書斎の机をながめてみると、語学の本の他に大学受験用の参考書や問題集まで乗っていた。
「大学を受験なさるおつもりなのですか? 失礼ですが、いまさら?」
「別におかしくはないだろう。退職後、入りなおす人もいるくらいだ。もうすぐ入試が始まるし、それまでに高校卒業程度の学力はつけなければならないからな。共通語は、どの学部でも必須科目だし、私は、この大陸で通じるエイシア語しか話せないから。」
「若様にとり、大学など意味をなさないものでは、という意味ですよ。」
「・・・いろいろと考えたんだが、国王が崩御されれば、私の自由の保障はなくなる。無学でなんの学位ももっていなければ、この先、何をするにしてもまともな仕事などありはしない。」
「アンジェリーナ様の私財があるではないですか。リーガン家は貴族ですからね、土地収入をはじめとして、いくつもの債権や、その他さまざまな事業収入があります。別にお仕事をしなくても生きていくのにこまりませんよ。」
ニュートは、にこにこしているキンブルを見つめた。
「それは、お前がしている仕事だ。お前は執事だが、実質リーガン家の経営者だ。お前の父親同様にな。養母も私もそういう細かい経営はできないしな。でも、これでも、きちんと仕事して生活したいという、人並みの欲求はもっているんだよ。まあ、私にできることなど、研究くらいのものだけど。」
「いえいえ、私は、若様にいつまでもこうしていてもらいたいだけなのです。こう、しずかに書斎のいすに座られて、読書なさっているお姿は実によいものです。アンジェリーナ様も、そうして日々を過ごしておられましたから。」
「飾り物みたいな言い草だな。」
「はい、知的な存在をながめているのは、私にとり至上の喜びです。亡き父も、そうでした。マーリアとの戦争に徴兵されて、戦死してしまいましたけどもね。生きてさえいれば、だぶん、私と同じことを言ってたはずですよ。」
「そういえば、お前の母親は、どうしているんだ? 私がここに引き取られたとき、すでにいなかったし、亡くなったとはきいていないし、離婚でもしたのか? 気にしなかったら話してくれないか?」
「父が、女主人に仕ているのに母が嫉妬したのですよ。それで、幼い私を残して出て行ったのです。代々リーガン家に仕えている執事の家系だと、母も承知して結婚したのですがね。
アンジェリーナ様は、非常におきれいな方でしたから、わかっていても女として嫉妬してしまうんでしょうね。母は、すでに再婚して、いま現在では私との縁も切れていますし、どこかでまあ、幸福に暮らしているんでしょう。そう思うことにしています。はい。」
ニュートは、そうかと言った。キンブルの顔が急にまじめになった。
「若様、執事の身分で、このような考えを持つのは、分相応だとお思いでしょうが、私にとり、あなた様はお嬢様ともども、私の大切な家族なのです。ですから、家にいてほしいのです。」
キンブルの言いたいことはわかっている。これ以上、次期女王にうとまれる行為だけは、しないでほしいと暗に言っているのだ。キンブルは、
「学校で思い出しましたが、お嬢様のご教育はどうなされますか? 貴族には、平民にある義務教育を受ける資格はございませんし、学校に通わせるご予定でしたら、私立学校をさがさなければなりません。」
「生体サイボーグを学校にね。まあ、考えておくよ。」
キンブルは、新しいティーカップにお茶をそそぎ、飲み終えたカップを片付け、そのまま書斎を出て行った。
ニュートは、語学の続きのページを開いた。そして、翌日の朝早く、図書館の開館時間前に研究室に向かうと、研究室入り口近辺の駐車場(ニュートの研究室は駐車場から直通エレベーターであがって四階の三重扉の向こうの密室)で、ライダースーツ姿の男が待っていた。
ヘルメットを取ると、フェルドだった。こんな朝早くから、なんの用だろうと思い、駐車場で立ち話をするのをさけ、フェルドとともに四階の研究室へと向かう。
そして、エレベータを降り、カードキーをさしこみ、三重扉のロック解除コードを端末に打ち込む。ニュートは、
「あいかわらず、護衛もなしか。王子のすることではないな。お前の護衛は毎回泣かされているだろうな。」
「うるさいだけだ。おれは体には自信があるし、そこらの暴漢など問題ではない。格闘技の段数まとめて十六段をなめるなよ!」
「なんの用だ? こんな朝早くからくるなんて、まずはロクでもない話だろ。」
「デートの誘いに朝早いもないだろ? 母上は、二日前に地方視察に出かけたのは、お前も知ってるはずだ。まだ、予定は三日残っている。だが、急きょ、昼過ぎにもどってくることになった。」
「何か、おきたのか?」
「おじい様が崩御なされた。眠ったまま、朝をむかえられた。」
研究室の三重扉の最初の扉が開いた。フェルドは、
「だから、いま、むかえにきた。いまなら、お前をじゃまする者はいない。おれが、裏からこっそり宮殿に入れる。」
ニュートは、扉を閉めた。
「いったん、自宅にもどりたい。ついてきてくれ。そのあと、お前の単車で向かおう。」
「ぐすぐすしてる余裕なんてないんだぞ。家にもどってたら、いまは八時だが、宮殿まで二時間はかかってしまう。十時には記者会見を開く予定でいるんだよ。そうなったら大騒ぎになるし、いくらおれでも、お前をおじい様に会わせることができなくなってしまう。」
「会えなかったら、会えなくてもかまわない。でも、どうしても渡しておきたいものがあるんだ。それを持ち、宮殿にいこう。時間がたちすぎて内部に入れなかったら、それをお前にたくす。」
「なにをたくすんだ? それほど大事なものか?」
「アンジェリーナの遺髪だ。一本だけ残しておいた。それを指にまきたい。」
「・・・ロマンチックに願いだな。まさか、お前がそう考えるなんてな。だが、棺に入れる前に清浄されるとき取られてしまうだろう。とくに、母上が見れば、なんの印かピンとくる。」
「一度まくだけでいい。アンジェリーナは、最後までオヤジを愛していた。だから、せめて・・・。」
わかった、とフェルドが言った。
図書館から自宅まで車で四十分程度。そこから、フェルドの単車で大小の道をあらっぽい運転でショートカットして、宮殿に到着したのは、記者会見が始まる二十分前だった。
宮殿には、数多くの記者がおしかけていた。まだ、何も公表してなかったが、何のための記者会見かさっがつくようで、宮殿に入っていく記者達の着ている服は、きちんとしている。フェルドは、ニュートの姿を見られないよう、国王寝室へと裏口を通って連れていった。
そして、その場で待機していた使用人達を王子の命令とかで、すべて室外へと追いだす。朝から祖父の寝室にいた妹のイゾリーナだけは、ガンとして出て行くのをこばんだ。そして、寝室のすみから、いまいましそうに、ニュートをにらんでいる。
ニュートは、知らん顔をして、国王のベッドのそばにやってきた。まるで眠っているような顔だった。




