二、スノウ(1)
警察がきていた。どうやら、この前、山で発見されたクマに襲われた遺体の件らしい。
キンブルは、
「この城の近くの山で発見されたものですから、警察は、この城に関係ある人では無いかとたずねてきたのです。わざわざ、遺体の顔写真をもってきましてね。気持ちのよいものではなかったですよ。
まったく知らない人です。話をきくと、遺体が所持していた免許証の電話番号はデタラメで、名前もどうやら偽名だったようです。ほら、この城、いろんな人が出入りしてますからね。遠まわしですが、それについてもたずねてきましたよ。」
ニュートは、
「ジョナサンに電話しておいてくれ。警備もけっこうだけど、地元の警察にあやしまれないようにしておいてくれって。」
「でも、何か引っかかりません?」
「・・・じゅうぶん、引っかかっている。そのことについても、ジョナサンに文句を言ってくれ。もう少し、おだやかに始末してくれってね。」
「かしこまりました。けど、いくらスパイでも人が死んでいるんですよ。以前のあなたでしたら、もっとビクビクなさっていたはずです。」
「いちいち、驚いたり怖がったりしてたら、この先、生きてけないよ。イリアに拉致されて死ぬほど怖い思いもしたし、追放され、友人を暗殺されたりもした。私の周りは、どのみちおだやかではないんだよ。私自身が、望む望まないにかかわらずね。」
「天才の宿命ですかね。私としましては、ニューティス様やリーナ様がご無事なら、それだけでじゅうぶん満足ですから。ところで、きょうは大学はいかがなさいます? きょうは大学祭でしょう?」
ニュートは、ため息をついた。大学祭、毎年恒例のお祭りだ。
「行く気はない。それに、仕事がたまっている。ところで、リーナはどうした? 朝早くから、見かけないが。」
「レッドさんと大学ですよ。生物学部で、屋台を出すとかで、そのお手伝いだそうです。リーナさん、売り子するみたいですよ。あとで行かれてはいかがですか?」
「・・・行きたかったら、お前が行けばいいさ。」
ニュートは、そう言い、書斎へもどっていってしまう。キンブルは、ため息。レッドは、ヒマさえあれば、リーナを外へ連れ出している。リーナもレッドとの外出が楽しいようで、このごろは、ニュートがリーナに声をかけても、レッドのほうを優先させている。
(史上最強のライバルですか。へたな男性より手ごわいですからね、レッドさんは。)
ニュートは、モニターをぼんやりながめていた。仕事をしようとしても、身が入らない。この前、おくったプログラムにバグがあったとクレームがきており、きょうはその修正作業をしなければならなかった。
モニターに表示されている文字と数字の列の上に、画像ファイルを引っぱり出してみる。あどけないリーナの姿が何枚も表示された。
(動物園に行ったとき撮影した写真だ。こっちは、王立大学のラボの人達といっしょだ。この写真は、自宅でキンブルがとったものだ。着ている服は、フェルドがオーダーしたお姫様仕様のドレス。あまりにも、お姫様だったんで、家の中でしか着せられなかった。でも、かわいかった。)
このごろのリーナは、レッドの影響か、活動的な衣服ばかりを身につけている。Tシャツとジーンズが定番だが、いつだったか、暑いからといって、タンクトップとショートパンツだった時は、さすがにニュートは怒った。
けど、レッドは、
「あんたね、もうダムネシアの名門貴族サマじゃあないのよ。いまどきの帝国の若者は、そんなかたっくるしい格好なんて、なにかの時でもなければ、だれもしないの。
あんたも、いいかげん、その暑っ苦しいスーツ姿をやめなさい。大学でも家でも、そんな格好してるの、あんたくらいのものよ。だから、オッサンなんていう陰口たたかれるのよ。」
反撃した。戸籍年齢二十八、実年齢三十五で、さすがにラフな格好なんてできない。
「あんたの実年齢なんて、どうでもいいのよ。細胞年齢二十三なんだしさ。若者よ、あんたは若者なの。もう少し、イマドキの若者らしい格好しなさいよ。だったら、あたしが服をえらんであげようか。実費はあんた持ちでね。」
ニュートは、このやりとりを、そばで見ていたリーナに助けをもとめた。
「リーナ、お前は、私のいまの格好のほうがいいよな。ダムネシアにいた時から、ずっと同じ格好のほうが、私らしくていいだろう?」
「この前テレビでみたアイドルユニットのほうが、だんぜんかっこいい。ニュート、顔立ち、その人達に負けてないと思うけど、オジサンくさい。リーナは、かっこいいほうがいい。」
そのあとニュートは、キンブルにそのことをぼやくと、
「まあ、帝国は古いダムネシアと違いますからね。私も帝国の若者の感覚についていけません。ですが、郷に入れば郷に従えと申しますし、私としましては、ニューティス様に、少しみなさんに合わせられてはいかがかと思います。レッドさんのおっしゃるとおり、細胞年齢二十三ですからね。」
ニュートは、モニターのリーナを見つめつつ、大きく息を吐いていた。そして、いつも足元にいるスノウをだきあげる。
「ほら、かわいいだろう。十歳のリーナだ。十歳といっても、生まれたばかりだがね。そうか、お前もかわいいと思ってくれるのか。そうだろうな、このごろのリーナは、お姫様だったしな。いつも私といっしょにいて、なにをするにしてもいっしょで、毎日がとても楽しかった。」
けど、いまは・・・。ニュートはギュッとスノウをだきしめた。
「いまは、どこかに飛んでいってしまった気がする。大切に手の中にとどめておきたかったのに、いつのまにか大きくなって、いまはもう・・・。私には、彼女が何を考えているかすらわからなくなっている。」
ニュートは、パソコンをスリープした。とても仕事に身が入らない。スノウは、ドアを、かりかりかいた。
「外へ出たいのかい。ずっと私のそばにいてたいくつだったろう。お前はいつも、私のそばにいてなぐさめてくれる。いい子だ、スノウ。」
ニュートがドアをあけたとたん、紙袋をもったレッドとリーナが、無理やり室内に入ってきた。
レッドは、
「屋台の仕込みはすべて終えてきて、いまは学生達に屋台をまかせてるの。リーナが売り子するのは午後になってから。売り上げが落ちる時間帯があるからね。」
ニュートは、
「リーナで客寄せするつもりだな。ったく、資金をリーナで稼ぎやがって!」
レッドは、ニッコリ笑った。
「学生が、一人、腹痛で休んでいるの。あんた、ヒマだったら手伝ったよ。生物学部は、けっこう人手不足なのよね。」
「生物学部が人手不足じゃなくて、お前の手下が人手不足なんだろ。じょうだんじゃない! 私は仕事が・・・。」
レッドの手刀がおりてきて、ニュートはそのまま気を失った。




