第6話:邂逅、絶望の淵に閃く一閃
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第6話では、本作のメインヒロインであり、シオンの運命の相棒となる義妹フィオナ・シルヴァンスが本格登場します!
大好きなお義兄様の手がかりを追い、単身王都を飛び出したフィオナ。
深い森で上位魔獣の大群に包囲され、絶体絶命の危機に陥った彼女の前に、白銀の閃光が駆け抜けます!
師匠から受け継いだ至高の太刀筋が紡ぐ、二人の劇的な出会いをどうぞご覧ください!
木々の梢が鬱蒼と重なり合い、昼間だというのに薄暗い闇が支配する『迷霧の樹海』。
落ち葉を踏み散らしながら、一人の少女が懸命に足を前へと動かしていた。
「はぁッ……はぁッ……! くっ、こんなところで……迷っている場合じゃないのに……!」
乱れる黄金色の豊かな髪をかき上げ、フィオナ・シルヴァンスは悔しげに唇を噛み締めた。
身にまとっているのは、王立魔導学院の上級生徒にのみ着用が許される純白と金糸の魔導ローブ。だが、幾重もの小枝に引き裂かれ、泥に汚れたその姿に、学院の誇り高き優等生の面影はなかった。
手にした黒壇の魔導杖を杖代わりに突きながら、フィオナは焦燥に満ちた琥珀色の瞳で樹海の奥を睨みつける。
(どうして……どうして、お義兄様からの手紙が来ないのよ……!?)
フィオナの胸を焼き尽くさんばかりに苛んでいたのは、胸騒ぎというにはあまりにも凶不吉な予感だった。
義理の兄であるルシアン・シルヴァンス。
十四年前、血の繋がらない養子としてシルヴァンス家に迎えられながらも、誰よりも優しく、誰よりも強く、フィオナにとっては世界で一番誇らしい自慢の兄だった。
騎士団長を辞して東の山あいの街フローリアへ隠棲してからも、ルシアンは毎月欠かさず、温かな近況を綴った手紙をフィオナへ送り届けてくれていた。
『フィオナ、魔導学院の勉強は順調かい? 無理をしすぎて倒れたりしていないかい?』
『こちらは花が美しく咲いているよ。いつかお前を連れてきて、大好物の焼き菓子を振る舞ってあげたい』
その手紙が、途絶えた。
それだけではない。数日前、王都の学院の天測室にいたフィオナの魔力知覚が、遥か東の天空――フローリアの方角で、天が裂けるほどの凄まじい邪悪な瘴気の爆発を感知したのだ。
不吉な胸騒ぎは確信へと変わり、居ても立ってもいられなくなったフィオナは、学院の制止を振り切り、実家の護衛すら伴わずに単身王都を飛び出してきたのだ。
「待っていて、お義兄様……! 私がすぐに……!」
早く東へ行きたい一心で、街道を外れて危険な樹海の近道を選んだのが仇となった。
ここは上位魔物の縄張り――。
グルルルルルル……ッ!
木々の間から、粘つくような重い殺気が立ち上った。
ピキリ、と大気が軋む。
霧の帳を破って姿を現したのは、一体や二体ではなかった。
鋼のような剛毛に覆われた黒毛の魔狼、身の丈三メートルを超える巨躯を誇る上位オーク、そして――その中心に君臨する、赤黒い瘴気を炎のように吹き上げる双頭の巨獣。
獅子の頭部と毒蛇の尾を持つ、森林の支配者――瘴魔獣キマイラ・レクス。
「キシャアアアアッッ!!」
「ガアアッ!」
十数頭の魔獣の群れが、フィオナの退路を完全に塞ぐように円陣を組んでいた。
赤く濁った無数の瞳が、か弱い人間の少女を餌として見定め、ギラギラと狂気に濡れている。
「くっ……! 群れの縄張りに迷い込んだっていうの……!?」
フィオナは恐怖で震える膝を叩き、魔導杖を両手で構えた。
ここで怯えるわけにはいかない。自分は大陸最強の勇者ラインハルトと大魔導士ミレイアの娘であり、何より――あのかっこいいルシアンの妹なのだ!
「舐めないで……! 私はシルヴァンス家の魔導士よ! 焔の精霊よ、我が呼びかけに応じ、敵を焼き尽くしなさい――ッ!!」
カッ! とフィオナの全身から、母譲りの膨大な紅蓮の魔力が噴き上がった。
「――『紅蓮爆砕刃』ッッ!!」
杖の先から放たれたのは、三条の巨大な炎の刃。
突進してきた前衛の魔狼二頭を瞬時に切り裂き、爆砕の業火が樹海を揺るがした!
通常の魔導士なら十人がかりで放つような高位魔法を、わずか十四歳の少女が無詠唱に近い速度で連射する。
「ギャウンッ!」
「吹き飛びなさい! 『穿ち裂く嵐の槍』ッ!!」
続けて放たれる暴風の槍が、迫る上位オークの胸板を貫き、大樹ごと縫い止める。
天才的な魔導の腕前。だが――相手はあまりにも数が多すぎた。
王都を出てから不眠不休で走り続け、すでにフィオナの体力は限界に近かった。
二発の高位魔法を放った瞬間、心臓が早鐘を打ち、視界がぐらりと揺らぐ。魔力枯渇の激痛が、頭蓋の内側を針で刺すように襲いかかってきた。
「う、そ……魔力が……底をつく……!?」
動きの止まったフィオナを見逃すキマイラではなかった。
ドォォォォンッ!
大気を震わせる跳躍とともに、瘴魔獣キマイラ・レクスが巨躯を躍らせた。
鋼をも容易く引き裂く巨大な前足の鉤爪が、逃げ場を失ったフィオナの頭上へ向けて、影のように覆い被さる!
「しまっ――」
防御障壁を展開しようとするが、杖の先端から立ち上った光はパシュンと儚く霧散した。
魔力は完全にゼロ。
キマイラの放つ毒風が、フィオナのローブを叩きつける。
迫る死の鉤爪。死の瞬間が、スローモーションのように引き伸ばされていく。
(ああ……私、こんなところで死ぬの……?)
脳裏に浮かんだのは、戦場にいる両親の顔、そして――いつも優しく頭を撫でてくれた、あの大好きな義兄の笑顔だった。
(お義兄様……ごめんなさい……。私、約束守れなかった……。もう一度、お義兄様に会いたかったな……)
涙が零れ落ち、フィオナは諦めてぎゅっと瞳を閉じた。
――だが。
死の衝撃は、訪れなかった。
キィィィィィィィィンッッッ――――!!!!
鼓膜を震わせたのは、この世のどんな魔導よりも澄み渡った、清冽な金属の鈴鳴りだった。
同時に、森の暗闇を吹き飛ばすほどの、圧倒的な白銀の極光が爆発した。
「え……?」
フィオナが恐る恐る目を開けた瞬間――。
彼女の視界に飛び込んできたのは、自分とキマイラの間に滑り込むように割り込んだ、一人の黒髪の少年の背中だった。
「そこまでです」
静かな、凛とした声。
少年の右手には、白銀の光を放つ優美な太刀――『聖天神刀・神威』が握られていた。
そして少年の左眼には、黄金と白銀の光彩を放つ神聖な瞳――『神授の聖眼』が輝いている。
キマイラの巨大な爪が、少年の頭上わずか数寸の距離まで迫っていた。
普通なら恐怖で動けなくなるはずの間合い。
だが、少年は微動だにしなかった。
(――太刀とは、水のように自在であるべきだ)
少年の足が、滑るように地を這った。
無駄な力みは微塵もない。
流れる水が岩の隙間をすり抜けるように、キマイラの必殺の爪をわずか数ミリの差で受け流し、その懐深奥へと吸い込まれるように潜り込む。
その足捌きを見た瞬間、フィオナの心臓が激しく跳ね上がった。
(うそ……あの足捌き……あの構えは……!?)
息を呑むフィオナの目の前で、シオンの白銀の刃が下から上へと閃光を描いた。
「――ふッ」
閃光だった。
雷鳴よりも鋭く、星の瞬きよりも速い、純白の一筋の軌跡。
熾天使ミカエルの白銀の聖炎が、太刀の軌道に沿って美しく咲き誇る。
――サクッ。
紙を撫で切ったかのような、かすかな音。
次の瞬間、身の丈五メートルに迫るキマイラ・レクスの巨躯が、斜め一文字に寸分の狂いもなく両断されていた!
「ギ……ギャアアッ!?」
血は一滴も飛び散らない。
両断された切断面から温かな白銀の炎が噴き出し、キマイラの巨躯をふわりと優しく包み込んでいく。
毒蛇の尾も、獅子の頭も、苦痛に暴れることなく、憑き物が落ちたように穏やかな光の粒子へとほどけていった。
破壊ではない。魂の完全なる成仏浄化。
「ガ、アアア……ッ!」
支配者を一瞬で消滅させられた残る魔狼や上位オークたちが、恐怖に慄いて一斉に背中を向けた。
シオンは左手を静かに掲げ、聖眼で逃げる魔獣たちの急所を捉える。
「これ以上、誰も傷つけさせません」
――『天光の縛鎖』!
ジャラララッ! と虚空から純白の光の鎖が射出され、逃げ惑う魔獣たちの四肢を正確無比に絡め取って縫い止めた。
シオンは静かに歩み寄り、流れるような太刀筋で次々と刃を閃かせる。
舞い散る白銀の聖炎。
わずか十数秒のうちに、樹海を埋め尽くしていた魔物の群れは、一匹残らず光の粒子となって夜空の星のように天へと昇っていった。
静寂が、樹海に戻った。
シオンは静かに『聖天神刀・神威』の切っ先を下ろし、白銀の鞘へと滑り込ませた。
カチリ――。
小気味よい納刀音が森に響き、太刀が淡い光となって消える。
シオンは両手を合わせ、光の粒子へ向けて静かに祈りを捧げた。
「……安らかに眠ってください」
祈りを終えたシオンは、ふう、と小さく息を吐いた。
その右手は、やはり微かに震えていた。命を奪った事実の痛みを、少年は決して置き去りにはしなかった。
そして、震えを握りしめて静めるように胸に手を当ててから、シオンは後ろの少女へ向けて優しく振り返った。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
少年の顔には、先ほどまでの神速の凄みなど微塵もなかった。
困っている人を心から心配する、どこまでも温厚で、柔らかな笑顔。
だが――。
地面に座り込んでいたフィオナは、差し伸べられたシオンの手を取ろうとはしなかった。
フィオナは、目を見開いたまま固まっていた。
その琥珀色の瞳は激しく揺れ、呼吸を忘れたかのように、シオンの全身を凝視している。
「あなた……その……太刀筋……」
震える声が、フィオナの唇から漏れ出た。
見間違いであるはずがなかった。
あの、力に頼らず流れる水のように敵を受け流す足捌き。
相手の懐へ滑り込み、最短軌道で切り上げる刃の角度。
そして、刀を鞘に納める瞬間の、あの独特な残心の指先――。
幼い頃から、王都の実家へ年に数回帰省してくるたび、庭で見つめ続けてきた。
「見ててごらん、フィオナ。これが私の剣だよ」と笑って木刀を振るってくれた、世界で一番大好きな、自慢の兄の太刀筋そのものだった!
「あ、の……?」
不思議そうに首を傾げるシオン。
フィオナはふらつく足で立ち上がった。
泥だらけのローブも気にせず、縋りつくようにシオンの胸ぐらに詰め寄る。その瞳には、溢れ出そうな大粒の涙と、極限の動揺が渦巻いていた。
「その太刀筋……あなた、お義兄様の……!? ルシアンお義兄様の弟子なのね!?」
「……ッ!」
ルシアンの名を聞いた瞬間、シオンの薄紫の瞳が大きく見開かれた。
シオンの視界に映るフィオナの面影――その琥珀色の瞳と凛とした眉元が、ルシアンの語っていた『王都にいる大切な義妹』の姿と完全に重なった。
「答えなさいよ……ッ! あなた、どこでお義兄様の剣を習ったの!? お義兄様は……ルシアンお義兄様は、今どこにいらっしゃるのよッ!?」
悲痛な叫びが、樹海に木霊した。
シオンの胸ぐらを掴むフィオナの白い指先は、恐怖と期待で激しく震えていた。
無事でいてほしい。どこかで元気にしていてほしい。「お前を迎えに来たよ」と笑って現れてほしい――その必死の祈りが、少女の瞳から痛いほどに伝わってくる。
だが――。
シオンは、言葉を返すことができなかった。
「……」
シオンは、痛ましそうに、ただ静かに瞳を伏せた。
その沈黙が何を意味しているのか。
少年の顔に浮かんだ深い哀悼の色が、冷酷な現実を、フィオナの胸へと突き刺していた――。
第6話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
魔の樹海で上位魔獣に追い詰められた義妹フィオナを、シオンがルシアン直伝の太刀筋と白銀の聖炎で救出しました!
しかし、助けられたフィオナの目に飛び込んできたのは、幼い頃から誰よりも憧れ続けた「お義兄様の太刀筋」そのもの――。
「お義兄様はどこにいらっしゃるの!?」と詰め寄るフィオナに対し、シオンは痛ましそうに瞳を伏せることしかできません。
次回、第7話『ふたつの追憶、旅立ちの誓い』。
言葉の代わりに差し出される、世界に4つしかない家族の絆【白銀のペンダント】。
義兄の死を悟り慟哭するフィオナと、彼女に寄り添い温かな料理を振る舞うシオン。
ふたつの孤独な心が重なり合い、最前線を目指す少年少女のバディ旅がいよいよ幕を開けます!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!




