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心優しき少年の絶対断罪録 〜至高の料理番は悪を許さない。師直伝の太刀と絶品ご飯で、ツンデレ義妹と腐敗した国を浄化する無双旅〜  作者: 紫苑 紡


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第4話:祈りの契約と、白銀の墓標

ご覧いただき誠にありがとうございます!

第4話は、主人公シオンの原点となる超重要回です。

中央広場の石畳の上、息を引き取る師匠ルシアンから託される最後の遺言と、家族の絆【白銀のペンダント】。

そして、深い悲哀を超えて立ち上がる少年に応え、天界の熾天使ミカエルが覚醒します。

神授太刀『聖天神刀・神威(ディヴァイン・ロア)』と、対をなす左眼『神授の聖眼(ディヴァイン・アイ)』による静謐なる初陣、そして花咲く丘での誓いをお届けします。

 空から降る黒い灰が、破壊された中央広場の石畳を静かに覆っていた。

 耳鳴りのような静寂の中、シオンの視界には、ただ赤く染まりゆく冷たい石畳と、そこに力なく倒れ伏す師の背中だけが映っていた。

 数歩先には、狂斧将ヴァルガンの魔斧を受け止め続け、最後の奥義で粉々に砕け散った神鉄の太刀の残骸が、虚しく転がっている。

「あ……あ、あ……」

 声にならない掠れた息が、喉の奥から零れ落ちた。

 シオンの足は、まるで鉛を流し込まれたように重かった。それでも、千切れそうな心臓を抱え、縋りつくように前へ倒れ込みながら、膝を石畳に擦りむいてルシアンのもとへと駆け寄った。

「師匠……! ルシアン師匠ッ!!」

 抱き起こした師の身体は、信じられないほど軽かった。

 毎朝の稽古で自分を包み込んでくれた、あの大きく頼もしい背中が、まるで命の重みをすべて削ぎ落としてしまったかのように、力なくシオンの腕の中に沈み込んでいく。

 藍色の着物は胸から脇腹にかけて無残に引き裂かれ、止まることのない鮮血がシオンの両手を、膝を、冷酷なまでに温かく染め上げていった。

「嘘だ……嘘だ、師匠! 目を開けてください! 今、お医者様を呼びますから……! 誰か、誰か助けて……ッ!!」

 シオンは震える両手で、必死にルシアンの胸の傷口を押さえつけた。

 けれど、指の隙間から溢れ出す命の熱を、少年の細い手ではどうやっても押し留めることができなかった。

「ルシアンの旦那……ッ!」

「旦那! 嘘だろ、おい……ッ!」

 避難していた路地から駆け戻ってきた鍛冶屋のオズワルドが、その場に崩れ落ちて頭を抱えた。

 助け出された八百屋の老婆は胸を押さえて泣き崩れ、パン屋のマリアは子どもたちの目を覆いながら、とめどなく涙を溢れさせている。

 さっきまでシオンに木剣ごっこを強請っていた幼い子どもたちが、血塗れのルシアンを見て恐怖と悲しみに「おじちゃん……! おじちゃん……!」としゃくり上げていた。

 この街の人々全員が、ルシアンを愛していた。

 そしてルシアンもまた、この街のすべてを、人々の笑顔を愛していたのだ。

「……シ、オン……」

 掠れた、けれどどこまでも優しい声が、シオンの耳朶を打った。

「師匠……! 喋っちゃ駄目です、息をして……!」

 ルシアンのまぶたが、微かに持ち上がった。

 琥珀色の瞳はすでに焦点を失いかけていたが、シオンの泣き顔を捉えた瞬間、ふっと、十四年間の朝と変わらない柔らかな光を取り戻した。

 血に塗れたルシアンの右手が、シオンの頬へと弱々しく伸ばされる。シオンはその手を両手で包み込み、自分の頬へと押し当てた。

「……泣くな、シオン……」

 ゴホッ、とルシアンの口から血の泡が零れ落ちる。

「お前は……私の、自慢の弟子だ……。私の……最高の誇りだ……」

「嫌です、置いていかないで……! 僕、まだ師匠に何も恩返しできてない……! 今朝のオムレツだって、もっと美味しく作れたのに……! まだ、ずっと一緒にご飯を食べるって……!」

「……美味しかったよ。今朝のオムレツも、昨夜の魚も……お前が作ってくれたものは、全部……私の生きている喜びだった……」

 ルシアンは途切れ途切れに息を継ぎながら、震える左手を自身の胸元へと這わせた。

 引き出されたのは、昨夜、縁側で星空に掲げて見せてくれた、あの【白銀のペンダント】だった。

 シルヴァンス家の誇り高き紋章が刻まれたメダリオンが、ルシアンの血に濡れながらも、微かな温もりを帯びて鈍く輝いている。

「これを持っていきなさい……。王都の……シルヴァンスの家へ、行くんだ……」

「師匠……?」

「フィオナに……妹に、これを……。そして、伝えておくれ……『最後まで、お前の誇れる兄であれた』と……」

 ルシアンの指先から力が失われ、ペンダントがシオンの小さな手のひらへと零れ落ちた。

 ずっしりとした金属の重みと、そこに宿る家族の絆の温もりが、シオンの皮膚を伝って心臓へと染み渡っていく。

「シオン……お前の太刀は……誰かと明日笑って、朝食を食べるための剣だ……。強く……誰よりも、優しく……生きろ……」

「師匠……? 師匠……ッ!?」

 ルシアンの瞳から、光が溶けるように消え去った。

 シオンの頬に触れていた大きな手が、力なく滑り落ち、冷たい石畳の上にトン、と落ちる。

 その口元には、愛する弟子へ未来を託し終えた、一点の曇りもない安らかな微笑みが残されていた。

「師匠……? 嘘でしょ……? 起きてくださいよ……師匠……師匠ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 シオンはルシアンの亡骸を抱きしめ、天を仰いで慟哭した。

 十四年間、自分を我が子として愛してくれた父。

 世界で一番優しく、世界で一番強かった師。

 その温もりが、今、腕の中で急速に失われていく。広場に集まった町人たちのすすり泣きが、冷たい風に乗って渦を巻いていた。

 ――ギギギギギギッ……!

 その悲哀を嘲笑うかのように、醜悪な鳴き声が広場の瓦礫から響いた。

 首魁である狂斧将ヴァルガンが撤退したものの、空の亀裂から吐き出された下級魔族の残党――黒い蝙蝠の翼と鋭い鉤爪を持つ異形の群れが、十数体、瓦礫の陰から這い出してきたのだ。

 血の匂いに引き寄せられた魔族たちの赤い瞳が、泣き崩れるオズワルドや、身を寄せ合う子どもたちへと向けられる。

「ヒシャアアッ!」

「ひ、悲鳴を上げるな! 子どもたちを路地へ……!」

 オズワルドが震える手で金槌を構え直すが、先ほどの余波で足を負傷しており、まともに踏ん張ることすらできない。魔族の鉤爪が、逃げ遅れた少女の頭上へと振り下ろされようとした――その瞬間。

 ――ピタリ、と。

 シオンの慟哭が止まった。

 少年の瞳から、涙が消えたわけではない。

 頬には大粒の雫が流れていた。けれど、師の遺体をそっと石畳の上に横たえたシオンの胸の奥底で、何かが静かに、けれど絶対に揺らぐことのない炎となって点火した。

(……許さない)

 それは、憎悪や狂気による衝動ではなかった。

 ただひたすらに澄み渡り、研ぎ澄まされた、静かなる祈りと覚悟。

(この街の温もりを……みんなが笑い合える明日を……師匠が命を懸けて守り抜いた日常を……理不尽に踏みにじる悪を、僕は絶対に許さない……!)

 トクン、と。

 シオンの心臓が、世界で最も清らかな鐘の音のように鳴り響いた。

 ――ゴオオオオオオオオオッ……!!

 突如として、暗雲立ち込める空の彼方から、雲を穿って一条の純白の極光が降り注いだ。

 まばゆい光柱が、中央広場に立つシオンの全身を包み込む。

 広場に立ち込めていた瘴気が一瞬で吹き飛ばされ、神聖な静寂が世界を満たした。

『――見出したり、曇りなき魂の器よ』

 頭蓋の奥、魂の芯に直接響き渡る、厳格にして荘厳なる声。

 それは天界の頂点、神の正義を司る熾天使の響きであった。

『悪を憎むにあらず、命の尊さを識るがゆえに刃を執る者よ。汝の祈り、汝の覚悟、天界はしかと受け取った。我が名は熾天使ミカエル――今この時より、我が白銀の翼と神罰の光を汝に預けん』

 カアァァァッ! と、シオンの胸元が眩い光を放った。

 麻の服が透け、胸の中央に、天使の莫大な魔力を循環させる神聖な動力炉――複雑にして精緻な【白銀の聖紋】が刻み込まれる。

 同時に、シオンの左眼に激しい熱が走った。

 薄紫だった少年の左の瞳が、黄金と白銀の光芒を放ち、天界より授かりし至高の眼――『神授の聖眼(ディヴァイン・アイ)』へと覚醒を遂げる!

 聖眼を開いたシオンの視界は、一変していた。

 世界に満ちる魔力の流れ、傷ついた街の人々の生命の脈動、そして――目の前の魔族たちに巣食う、言葉の通じぬ純粋な悪意と破壊の衝動が、鮮明な色の濁りとなって見通せた。

 キィィィィィン――!!

 虚空の光の渦の中から、一本の神聖なる刀身が滑り出してきた。

 白銀の鍔、極光を織り込んだ刃、握る者の祈りによって姿を変える天界の神授太刀――『聖天神刀・神威(ディヴァイン・ロア)』!

 神授の太刀と、対をなす神授の聖眼。

 シオンの右手が、吸い寄せられるようにその柄を握り締めた。

 掌に伝わるのは、冷たい金属の感触ではない。まるでルシアンの掌に頭を撫でられたときのような、深く温かな加護の波動だった。

「ギャアアアッ!?」

 眩い光に恐れをなした三体の魔族が、虚勢を張るように鉤爪を振りかざし、シオンへ向かって同時に跳躍した。

 シオンは、叫ばなかった。

 怒りに顔を歪めることも、相手を罵倒することもなかった。

 ただ、静かに目を伏せ、息を吸い込み――師から授かった足捌きで、石畳を一歩、滑るように踏み出した。

 水のような太刀筋。

 力に頼らず、淀みなく流れ、けれどひとたび放てばすべてを切り裂く一閃。

「――ふッ」

 シオンが『聖天神刀・神威』を一閃させた。

 横一文字に走ったのは、熾天使ミカエルの白銀の聖炎の軌跡。

 ――サクッ。

 それは、紙を一枚撫で切ったかのような、かすかな音だった。

 空中で静止した三体の魔族の肉体が、寸分の狂いもなく水平に両断されていた。

 血は一滴も飛び散らない。

 切り裂かれた断面から噴き出したのは、温かな白銀の炎だった。魔族たちの醜悪な肉体を苦痛なく包み込み、罪業と悪意そのものを瞬時に燃やし尽くしていく。

「ギ……あ……?」

 消滅する刹那、魔族たちの濁った瞳から毒気が抜け、まるで永い悪夢から覚めたかのように、安らかな表情を浮かべた。

 肉体は跡形もなく、柔らかな光の粒子となって天へと還っていく。

 破壊ではなく、魂の完全な浄化。

「シ、シオンちゃん……!?」

 オズワルドが息を呑んで呟いた。

 残る魔族たちが恐怖に慄き、一斉に背を向けて逃げ出そうとする。

 シオンの左眼――『聖眼(ディヴァイン・アイ)』が、逃亡を図る魔族たちの急所と魔力回路を正確に捉えた。シオンは静かに左手を掲げる。

「逃がしはしません……これ以上、誰かを傷つけさせないために」

 ――『天光の縛鎖(ジャッジメント・チェイン)』!

 ジャララララッ! と、虚空から純白の光の鎖が幾筋も現れ、逃げ惑う魔族たちの身体を寸分違わず絡め取った。彼らが抱く悪意の重さに比例して鎖が強く締め付けられ、魔族たちは指一本動かせずに石畳へ縫い止められる。

 シオンは静かに歩み寄り、太刀を正眼に構えた。

「安らかに眠ってください。……あなたの罪は、ここで終わりです」

 白銀の刃が、舞うように閃いた。

 苦痛を与えることなく、光の鎖に捕らわれた魔族たちが次々と白銀の炎に包まれ、輝く粒子となって空へと溶けていく。

 わずか数十秒のうちに、広場を脅かしていた魔族の残党は、一匹残らず完全に浄化されていた。

 静寂が戻った広場で、シオンは天を見上げ、両手を胸の前で組んだ。

 左眼の聖眼が神聖な光を放ち、広域聖魔法を解放する。

「――『光芒の聖域(サンクチュアリ・エデン)』」

 シオンを中心に、淡い極光の巨大な光のドームが、中央広場全体を、そして破壊された街並みを優しく包み込んで広がっていった。

 光の粉が、まるで春の雪のように降り注ぐ。

 触れた瞬間、オズワルドの足の怪我や、子どもたちの擦り傷、八百屋の老婆の打撲が、跡形もなく綺麗に消え去っていった。

 痛みと恐怖に凍りついていた人々の心が、春の陽だまりに抱かれたかのように、じんわりとした温もりで満たされていく。瓦礫の間から、枯れ果てていた小さな野花が、青々と芽吹きを取り戻した。

「き、傷が……痛みが消えた……?」

「シオンちゃんが……私たちを、救ってくれたのか……?」

 人々が奇跡に息を呑む中、シオンは静かに『聖天神刀・神威』の切っ先を下ろし、白銀の鞘へと納刀した。

 カチリ、と硬質な音が広場に落ちる。

 刀身が消え去り、左眼の聖眼の光が収まった瞬間、シオンの肩が小さく揺れた。

「はぁ……っ、はぁ……」

 シオンは、自分の右手を見つめた。

 神授の力で敵を浄化したその手は、小刻みに、けれど確かに震えていた。

 悪を断つ覚悟を決めたとしても、命を奪ったという事実の重みは、十四歳の少年の心に深く、鋭く刻み込まれていた。

(……ルシアン師匠)

 シオンは心の中で、静かに語りかけた。

(僕……ちゃんと、みんなを守れましたか? ……大切な誰かの明日を、繋ぐことができましたか?)

 答えてくれる声は、もうない。

 けれど、広場の向こうで涙を拭い、抱き合って生きていることを喜ぶ子どもたちの姿が、何よりの答えだった。

 ◇

 夕暮れ時、フローリアの丘の上。

 自宅の裏手、秋の風に揺れる薄紫のシオンの花畑の中に、真新しい白銀の墓標が静かに佇んでいた。

 オズワルドやマリアたち街の人々が総出で手伝い、ルシアンの亡骸は、彼が十四年間愛し続けたこの花咲く丘へと丁重に埋葬された。

 白木の墓標の足元には、真っ二つに砕けた神鉄の太刀の柄と、朝の稽古で使い古した木刀が、静かに供えられている。

「シオンちゃん……本当に行くのかい?」

 墓標の後ろに集まった街の人々を代表して、オズワルドが痛ましそうに声をかけた。

 シオンは質素な旅装に身を包み、背中に小さな荷袋を背負っていた。

「はい。師匠の遺言なんです。王都にある、シルヴァンスの家へ行かなくちゃいけません。……師匠の大切な家族に、このペンダントを届けないと」

 シオンは首元に提げた【白銀のペンダント】にそっと指を触れた。

 ルシアンが命を削って遺してくれた、家族の絆の証。

「……寂しくなるねえ。シオンちゃんがいなくなったら、この街の灯りが一つ消えてしまうようだ」

 八百屋のおばあさんが涙を拭いながら、焼きたてのパンと干し肉がぎっしり詰まった大きな包みをシオンの手へ持たせた。

「これを持っていきなさい。道中、お腹を空かせちゃいけないよ」

「マリアさんも、オズワルドさんも……みんな、本当にありがとうございました」

 シオンは街の人々へ向けて、深々と頭を下げた。

 十四年間、天涯孤独だった自分を温かく育ててくれた、かけがえのない第二の家族たち。

「ルシアンの旦那のことは、俺たち街の全員でずっと守り続ける。この花畑も、墓標も、絶対に荒らさせはしねえ。だからシオン……お前は前だけを向いて行け。辛くなったら、いつでもこの街へ帰ってくるんだぞ」

「……はい! 行ってきます!」

 シオンは顔を上げ、墓標へと振り返った。

 夕陽を浴びて、薄紫のシオンの花々が黄金色に輝きながら、ざわめくように風に揺れている。

 花言葉は――「追憶」、そして「君を忘れない」。

(行ってきます、師匠。……僕がどこへ行こうとも、あなたの教えてくれた太刀筋と、その温もりを、僕は一生忘れません)

 シオンは胸のペンダントを服の内側に大切にしまい込み、踵を返した。

 夕闇が迫る街道へ向かって、十四歳の少年は、力強くその最初の一歩を踏み出したのだった。

第4話をお読みいただき、本当にありがとうございました!

育ての親であり師匠であるルシアンの最期の言葉、そして託された家族の絆【白銀のペンダント】。

深い悲しみを乗り越え、誰かの日常を守るために立ち上がったシオンの魂に応え、熾天使ミカエルとの神聖契約が結ばれました。

神授の太刀『聖天神刀・神威(ディヴァイン・ロア)』と、対をなす左眼『神授の聖眼(ディヴァイン・アイ)』による静謐なる初陣、そして花咲く丘での誓いを胸に、シオンの壮大な世直し無双の旅が幕を開けます!

次回、第5話『ひとりきりの野営と、旅情のスープ』。

初めてフローリアの外へ出たシオンの旅路。

夜の焚き火の前で作る師匠直伝のスープと、街道で対峙する魔物を通じて描かれる「命を奪うことの重み」とは――。

次回もどうぞよろしくお願いいたします!

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