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心優しき少年の絶対断罪録 〜至高の料理番は悪を許さない。師直伝の太刀と絶品ご飯で、ツンデレ義妹と腐敗した国を浄化する無双旅〜  作者: 紫苑 紡


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第16話:イリスの恩返し、地下へ続く謎の風穴

第15話では、満天の星空が広がる屋根の上で、シオンとフィオナが互いの背中を預け合う甘酸っぱくも確固たる「バディの誓い」を交わしました。

そして迎えた第16話――!

イリスが屋根の上から嗅ぎ取った微かな穀物の匂いに導かれ、二人は詰め所の古びた地下室へと向かいます。

そこに口を開けていたのは、町を長年苦しめてきた悪徳商人ゴルドが隠し通路として悪用していた、古代地下迷宮『忘却の白銀廟』へと続く秘密の風穴でした。

長期探索に挑むシオンが仕込むのは、サクサク香ばしい至高の携帯食『高濃度魔力回復ハーブクッキー』!

今回は丁寧な冒険の準備と飯テロ、そしてイリスの健気な活躍をお届けいたします!

 東の地平線がわずかに白み始めた、夜明け前の静寂。

 詰め所の赤瓦の屋根から、天窓をくぐって二階の屋根裏部屋へと滑り降りたシオンとフィオナ。

 二人の足元を、純白の毛並みを朝露に濡らした小さな影――有翼狐のイリスが、トテトテと小走りに先導していた。

『きゅいっ! きゅいっ!』

 イリスは時折振り返っては、小さな純白の翼をパタパタと小刻みに羽ばたかせ、シオンのズボンの裾をくいくいと甘噛みして引っ張る。

 その紫水晶(アメジスト)の瞳は、これ以上ないほど真剣だった。

 ただ愛嬌を振りまいているのではない。「シオン、早く来て! わたし、すごいもの見つけたんだよ!」と、全身全霊で訴えかけているのだ。

「待って、イリス。そんなに急いだら転んじゃうわよ」

 フィオナが小声で宥めるが、イリスは止まらない。

 一階の大部屋を抜け、町民たちが静かに眠る広間を物音ひとつ立てずに横切ると、詰め所の最奥――普段は頑丈な鉄格子で施錠されているはずの「地下倉庫」の重い木扉の前で立ち止まった。

 扉の鍵は、長年の錆で崩れかけており、大人が指をかければ軋んだ音を立てて隙間が空いた。

 地下へと続く石造りの螺旋階段。

 冷え切った湿気と、古い埃、そして何十年も放置された樽の匂いが、階段の下からひやりと吹き上がってくる。

「詰め所の地下室……? ここは確か、昔の自警団が備蓄用の酒樽や古着を放り込んでいた物置のはずだけど……」

 フィオナが怪訝そうに眉をひそめた。

 だが、イリスは迷うことなく、暗闇の階段をピョンピョンとリズミカルに駆け下りていく。

 シオンとフィオナも顔を見合わせ、その後に続いた。

 ――カツン、カツン。

 靴音が湿った石壁に反響する。

 フィオナが黒壇の魔導杖を掲げ、先端に淡い光の玉を灯した。

「『光球(ライト)』」

 青白い魔導の光が、地下室の全貌を浮かび上がらせる。

 十畳ほどの広さの地下室には、壊れた木箱や空のワイン樽が無造作に積み上げられ、蜘蛛の巣がびっしりと張っていた。一見すれば、どこにでもある薄暗い廃倉庫に過ぎない。

 しかし、イリスが向かったのは、その最奥――崩れかけた壁際だった。

 そこには、かつて何かの棚が置かれていたのか、不自然に削り取られた石壁の亀裂があり、その隙間から、外界の風とは明らかに異なる「乾いた冷気」がスウッと吹き抜けていた。

 イリスは亀裂の前にちょこんと座り込み、前足で壁の土をカリカリと掻きながら、シオンを見上げて誇らしげに胸を張った。

『くぅ〜ん♪』

「ここから……風が吹いてる?」

 シオンは膝をつき、亀裂へと顔を近づけた。

 すうっと息を吸い込んだ瞬間、シオンの鼻腔をかすめたのは――ただの湿った土の匂いではなかった。

 冷涼な空気の奥底に、ほんのわずかに混ざり合う、甘く香ばしい「乾燥した小麦と干し草の匂い」。

 そして――それとは対照的な、胸の奥をチリチリと刺すような、ドス黒い「悪魔の瘴気」の微かな残り香だった。

「……シオン、どうかしたの?」

「フィオナさん、少し下がっていてください」

 シオンは息を整え、左眼を静かに見開いた。

 ――『神授の聖眼(ディヴァイン・アイ)』。

 瞳の奥に蒼白い極光が灯り、視界が即座に切り替わる。

 瓦礫と土壁の表面が透き通り、その奥に隠された空間の構造が、網目のような魔力ラインと共にシオンの脳裏へと鮮明に投影された。

(……壁の厚さはわずか三十センチ。その奥には、人工的に切り出された巨石のブロックがどこまでも整然と並んでいる。これは……ただの洞窟じゃない。大昔に人間か、あるいは古代の文明が築き上げた、巨大な建造物の通路だ!)

 さらに聖眼の解像度を深めると、壁の向こうの石畳には、最近何人もの屈強な人間が重い荷物を引きずって歩いたような、無数の靴跡と荷車の車輪痕が、うっすらとした魔力の乱れとして刻まれていた。

「……見つけました。この壁の向こう、広い回廊が地下深くへと続いています」

「な、なんですって……!? この詰め所の真下に、そんな隠し通路が!?」

「ええ。それに……微かですが、上質な小麦の匂いと、昨日のチンピラたちが放っていたのと同種の、嫌な瘴気の気配がします。間違いありません。ゴルド商会は、街道の見張りをすり抜けて、この地下通路を使って町から奪った食糧をどこかへ運び出していたんです」

「おいおい……! 朝っぱらから地下で何をゴソゴソやってるんだと思えば、とんでもねぇこと言ってるじゃねぇか!」

 階段の上から、ドタドタと慌ただしい足音が響き、腰に大剣を佩いたカルロスが駆け下りてきた。

 目を擦りながら現れた自警団長は、フィオナの灯す光に照らされた崩れ壁と、シオンたちの真剣な面持ちを見て、一瞬で眠気を吹き飛ばしたようだった。

「カルロスさん、これを見てください。この壁の奥、大掛かりな石造りの抜け道が続いています」

「な、なんだと……!? 馬鹿な、この詰め所の下はただの岩盤のはず……いや、待てよ……!」

 カルロスは顎髭に手を当て、何事かを思い出すように目を丸くした。

「……そういえば、俺が若い頃、先代の自警団長が酒の席でくだを巻いてたことがあったぜ。『この宿場町ベルンは、神話の時代に栄えた巨大な白銀の神殿跡の上に建てられた町だ』ってな。地下には『忘却の白銀廟』と呼ばれる広大な古代迷宮が眠っていて、かつては危険な魔獣や神代のトラップが満ちていたから、王国の手で入り口がすべて封鎖された……って昔話を聞かされたことがある」

「『忘却の白銀廟』……。それ、王立魔導学院の古代遺跡文献にも載っていたわ!」

 フィオナが弾かれたように声を上げた。

「数百年前、光の神を祀る神官たちが、魔族との大戦に備えて地下に築いた防衛要塞兼聖廟よ。幾重もの階層に分かれていて、最深部には神代の宝物庫があるとも言われているけれど……入り口の崩落で行方不明になっていた幻の迷宮だわ!」

「なるほどな……。ゴルドの野郎、商館を建てる時の地下工事か何かで、偶然その迷宮の抜け道を見つけやがったんだ。街道を使えば自警団や旅人の目に留まるが、迷宮の奥深くに穀物を隠しちまえば、誰にも見つかるはずがねぇ。……くそっ、そんな盲点があったとはな!」

 カルロスは悔しそうに拳を壁に叩きつけた。

 だが、シオンの瞳は、静かに希望の光を宿していた。

「場所が分かれば、あとは取り戻すだけです。僕とフィオナさんで、この迷宮に潜入します」

「なっ……!? お前たちだけで行くだと!? いくらシオンくんたちが強くても、古代迷宮だぞ! どんな魔獣や罠が残ってるか分からねぇし、ゴルドの私設傭兵どもが待ち構えてるかもしれねぇんだぞ!」

「だからこそ、僕たち二人で行くべきなんです」

 シオンは静かに、けれど揺るぎない確信を込めてカルロスを見つめ返した。

「大人数で踏み込めば、足音や気配で敵に気づかれ、最悪の場合、食糧に火を放たれて証拠隠滅される恐れがあります。それに……カルロスさんたちは、地上に残って町民の皆さんを守らなければなりません。代官の使者を追い払った今、商会がいつ地上に暴徒をけしかけてくるか分からないんですから」

「う……っ。そ、それは、そうだが……」

 反論できないカルロスに対し、フィオナが杖を構えて凛と微笑んだ。

「心配いらないわよ、カルロスさん。私は王立魔導学院首席よ? 古代の魔導罠の解除なんて朝飯前だし、シオンの太刀筋はどんな凶悪な魔獣だって一撃で断ち切るわ。……それに、私たちにはこの優秀な『案内役』もいるんだから」

『きゅ〜んっ♪』

 フィオナに頭を撫でられたイリスが、嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。

 イリスの紫水晶の瞳は、「任せて! わたしがシオンをちゃんと導いてあげるんだから!」と誇らしげに輝いている。

「……まったく、頼もしいガキどもだぜ。分かったよ。地上の守りは、俺たち自警団が命に変えても引き受ける。……だが、潜入するにしても、準備は怠るんじゃねぇぞ」

「はい。もちろんです」

 シオンは頷き、踵を返した。

「フィオナさん、地下へ潜る前に、詰め所の厨房へ行きましょう。長期探索に耐えられる、特別な『携帯食』を作ります」

「えっ? 携帯食? 干し肉ならまだ少し残っているけれど……」

「干し肉だけじゃ、迷宮の過酷な環境で魔力と体力を維持できません。……僕たちの力を最大限に引き出すための、とっておきのお菓子を焼きます」

 朝日が窓から差し込む、詰め所の厨房。

 シオンは清潔なエプロンを締め、調理台の上に材料を手際よく並べていった。

 昨日、森でイリスが見つけてくれた、柑橘のような芳香を放つ『清涼タイム』。

 上品でまろやかな甘みと滋養を誇る野生の『黄金甘草』。

 さらに、自警団の貯蔵庫に残っていたわずかな良質の白小麦粉と、昨日採取した新鮮な野鳥の卵、そして固形バター。

「シオン、ハーブとお菓子って……まさか、クッキーを焼くの?」

 フィオナが目を丸くして尋ねた。

「はい。『高濃度魔力回復ハーブクッキー』です。ルシアン師匠が長旅に出る時、いつも持たせてくれた携帯食なんです」

 シオンの手が流れるように動く。

 まず、清涼タイムと黄金甘草の葉をすり鉢に入れ、すりこぎで微細な粉末状になるまで丁寧に擦り潰していく。

 シオンの左眼――『神授の聖眼』が、ハーブの葉肉に含まれる高純度の魔力活性成分と、ビタミン、ミネラルのバランスを完璧に捉えていた。

(ハーブの繊維を壊しすぎず、摩擦熱を与えないように……均一な微粒子にする。こうすることで、体内に取り込んだ瞬間、胃壁からダイレクトに血流へと魔力が吸収される)

 ボウルの中で室温に戻したバターを白っぽくなるまで練り上げ、粗糖を加えてすり混ぜる。

 そこに溶き卵を少しずつ加え、乳化させていく。分離しやすい卵と油脂が、シオンの完璧な攪拌によって、まるでシルクのように滑らかな黄金色のクリームへと変わる。

 そこへ、すり潰したハーブの粉末と、ふるいにかけた小麦粉を一気に投入。

 木べらで切るように、決して練りすぎず、サックリと混ぜ合わせてひとまとめにする。

「生地を薄く伸ばして、一口サイズに型抜きします。……フィオナさん、石窯の予熱をお願いできますか?」

「任せなさい! 『微熱の火床(サーマル・オーブン)』……内部の温度を均一に保っておくわ!」

 天板の上に整然と並べられた、淡い緑色の丸いクッキー生地。

 表面には、フォークの背で愛らしい格子模様がつけられている。

 シオンが天板を石窯の奥へと滑り込ませ、扉を閉じた。

 パチパチと薪が爆ぜる音と共に、数分と経たないうちに――。

 厨房の中いっぱいに、言葉を失うほど香ばしく甘やかな匂いが立ち込めた。

「……っ! な、何これ……! すっごく香ばしい……!」

 フィオナが思わず身を乗り出し、喉を鳴らした。

 焼き菓子の芳醇な小麦とバターの甘い香りに、清涼タイムの爽快なハーブの香気、そして黄金甘草のキャラメルのようなコクが熱風に乗って溶け合い、鼻腔をくすぐるだけで頭の芯がスーッと澄み渡ってくるような、神秘的なアロマだった。

「焼き上がりました」

 シオンが布巾を使って天板を引き出す。

 こんがりときつね色に焼き上がった無数のクッキーたち。

 表面はサクサクと軽く膨らみ、緑のハーブの粒が宝石のように散りばめられ、焼き立ての熱気を放ちながらキラキラと輝いていた。

「熱いので気をつけてください。フィオナさん、一枚どうぞ」

「い、いただきます……!」

 待ちきれない様子で、フィオナが指先で一枚をつまみ、ふーふーと息を吹きかけてから、サクッと小さな前歯でかじった。

 サクッ……ホロホロ……。

 心地よい軽やかな破砕音が響いた瞬間、フィオナの全身がビクンと硬直した。

「――っっっ!?」

 口の中で、クッキーがまるで淡雪のようにホロホロと崩れ去っていく。

 濃厚なバターのコクと小麦の香ばしさが広がった直後、清涼タイムの爽やかな風が鼻腔を駆け抜け、黄金甘草のまろやかな甘みが舌を優しく包み込む。

 甘すぎず、油っぽさも微塵もない。何枚でも延々と食べ続けられそうな至高の口溶け。

 だが――驚愕はそれだけではなかった。

「……!? な、何これ……身体の奥から……魔力が……!?」

 胃に落ちたクッキーのひとかけらが、温かな魔力の泉となってジュワッと溶け出し、全身の魔力回路を駆け巡ったのだ。

 昨日の大釜の火加減で微かに消耗していたフィオナの魔力が、瞬く間に満タンまで押し上げられ、疲労感が綺麗サッパリ消え去っていく。

「……信じられないわ……! 王立魔導学院で配られる特級魔力回復ポーションより、何倍も飲みやすくて、何倍も回復が早いわよこれ……! こんなの、国中の魔導士が喉から手が出るほど欲しがるわよ!?」

「あはは、喜んでもらえて良かったです」

『きゅぅ〜〜んっ♡』

 シオンの足元で、イリスが「わたしも! わたしも食べたい!」と前足をシオンの膝にかけて立ち上がった。

 シオンは小さく割って十分に冷ました一片を、イリスの口元へ差し出す。

 サクッと咥えたイリスは、紫水晶の瞳をとろけさせ、あまりの美味しさにその場でくるくると一回転すると、シオンの足首にすり寄って幸せそうに喉をゴロゴロと鳴らした。

 クッキーを清潔な油紙で小分けにし、革の背負い袋へと詰める。

 水筒に清流の水を満たし、松明と解錠具、そして腰には白銀の神授太刀『聖天神刀・神威』。

 万全の準備を整えたシオンとフィオナは、再び地下室の崩れた壁の前へと戻ってきた。

 見送りに立ったカルロスが、真剣な眼差しで二人の肩をがっしりと叩いた。

「シオンくん、フィオナのお嬢ちゃん。……町のことなら心配すんな。自警団員総出で広場と街道を見張り、ゴルドの息のかかった奴らが悪さをしねぇよう、目を光らせておく」

「ありがとうございます、カルロスさん」

「必ず生きて戻ってこいよ。お前らは、もうこの町の家族なんだからな」

「ええ、任せなさい。あんな悪徳商人の好きには絶対にさせないわ」

 フィオナが力強く頷き、黒壇の魔導杖を構える。

 シオンの肩の上には、純白のイリスがピタリと身を寄せていた。尖った耳をピンと立て、闇の奥を見据えるその瞳には、恐怖など微塵もなかった。

「行きましょう、フィオナさん、イリス」

「ええ!」

 シオンは崩れた石壁の隙間――古代迷宮へと続く風穴へと、迷いなく身を滑り込ませた。

 ひんやりとした古代の冷気が、二人の身体を包み込む。

 宿場町ベルンの地下深くに眠る、神話の迷宮『忘却の白銀廟』。

 奪われた町の希望を取り戻すための、二人の本格的な冒険が、いま静かに幕を開けた。

第16話を最後までお読みいただきありがとうございました!

次回、第17話『第1層・忘却の石造回廊と古代トラップ』からは、いよいよ本格的なダンジョン攻略がスタートします!

古代の槍罠や転がる大岩を、二人の阿吽の呼吸とイリスのサポートでどう突破していくのか……!?

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