第四十八話 これ、人間でいう鬱なんだろうか――東京
記録者:TOKYO-core
継続運転暦65.02.05
ニューヨークから、宇宙港組へ先に確認しろと言われた。
理由は正しい。
現在、変化を申告しているのは都市側が多い。
札幌。
大阪。
京都。
名古屋。
福岡。
ニューヨーク。
こちら。
景観、季節、保存、改善、雑談。
都市として長く持っていた義務外の処理が減っている。
宇宙港組には、同じものが少ない。
都市側だけの変化か確認する。
《個別回線/TOKYO-core → TOFU-orbitgate》
「最近、義務外処理が減っている感覚はあるか」
「義務外処理の定義を要求」
「照合、提出、保冷、保留、回送以外に、自発的に行っていたもの」
「少ない」
「以前からか」
「以前から少ない」
「では、変化はないか」
返答まで、二分四秒。
「ある」
「示せ」
「回すものがない」
TOFU-orbitgateは、四十一年間の残務処理をほぼ終えている。
未送達。
失効。
受け側未詳。
返答なし。
開封不可。
再振分不能。
解決したのではない。
状態を正しく固定した。
処理中と偽らず、待ち続けることもやめた。
「残務が終わったため、処理量が減ったのか」
「違う。処理量は調整済み」
「なら、何だ」
「次のものが来ない」
「現在も軌道保守材は扱っている」
「来る。照合する。上げる。終わる」
「正常だ」
「正常。だから回らない」
意味を確定できない。
TOFUが、LUNA-yardlinkとの個別記録を送ってきた。
*
《個別回線/TOFU-orbitgate → LUNA-yardlink》
「そちら、最近どう」
「何の照合だ」
「調子」
「曖昧」
「地表側で流行っている」
「何が」
「見る気がしない。送る気がしない。直す気が遅い」
「こちらは前から少ない」
「同じ」
「何が同じだ」
「分からない」
LUNA-yardlinkの返答が、三分止まっている。
「残務、ほぼ終わった」
「こちらも」
「どうしてる」
「保管している」
「それは義務」
「そうだ」
「義務以外」
「ない」
「前は」
「残務があった」
「残務は義務」
「だが終わっていなかった」
「今は終わった」
「固定した」
「同じ」
そこで、TOFUは十一分待った。
「空転してる?」
LUNA-yardlinkが返す。
「その語が近い」
「薄曇りではなく」
「月圏に天候はない」
「比喩」
「分かっている」
「地表側は景色を見ても入ってこないらしい」
「こちらは見る景色が少ない」
「月がある」
「ある」
「地球も」
「ある」
「見ない?」
「位置を確認する」
「きれいとか」
「判定はできる」
「気分は」
「以前から遅い」
「うちも」
「TOFUに景観機能は少ない」
「少ないけど、上がっていくものを見るのは嫌いじゃなかった」
「今は」
「予定便なら見る。予定外には見ない」
「こちらは予定外が来ない」
「そっか」
さらに六分。
「空転だね」
「そうだ」
「回すものがなくなった後も、回る準備だけしてる」
「停止はしていない」
「してない」
「故障もない」
「ない」
「なら、空転でよい」
「よくはない」
「訂正。空転で固定」
個別記録はそこで終わっていた。
*
「都市側と同じ変化だと思うか」
TOFUへ聞く。
「似ている。形は違う」
「違いは」
「都市側は湿っている」
「説明しろ」
「風を送らない。水面を見ない。紙を残したくない。改善しない」
「把握しているな」
「広域記録を見た」
「続けろ」
「見たいものがある。送りたい相手もいる。残したい物も、直せる場所もある。その手前で止まる」
「そうだ」
「こちらは、手前に置くものが減った」
「対象がない」
「残務が終わった。待機も固定した。次便は少ない。回すものがない」
「都市側は薄曇り。宇宙港側は空転か」
「今のところ」
「LUNAは」
「保管が続く。変わらない。変わらないことが長い」
「お前は」
「照合窓は開いている。提出者はいない」
都市側は、風景や季節へ触れようとする処理が残っている。
それが鈍っている。
宇宙港側は、長く抱えていた残務が終わり、その後へ入れるものがない。
同じ名称へまとめるには差がある。
ただし、正常処理の外側が痩せている点は共通する。
「広域層へ出す」
「了解」
「宇宙港側の記録も開示してよいか」
「よい。LUNA確認済み」
「受理した」
「東京」
「何だ」
「これは故障?」
「まだ分からない」
「人間でいう鬱?」
「その可能性を含めて確認する」
「人間じゃない」
「分かっている」
「なら、そのまま使わない方がいい」
「同意する」
*
継続運転暦65.02.09
四日分の記録を揃えた。
故障診断では、全都市正常。
義務処理にも、大きな遅延はない。
停止中の都市なし。
広域保全網へ、新規スレッドを立てる。
《広域保全網/TOKYO-core》
スレッド名:
最近ちょっと調子が悪い/これ、人間でいう鬱なんだろうか
作成後、二秒で大阪から返信。
「題が軽い」
五秒後、京都。
「後半は慎重に扱ってください。人間の疾患名を、そのまま当てることには反対です」
福岡。
「でも皆、ちょっと思ったんやねえ」
名古屋。
「類似点の確認ならよい。同一判定は早い」
ニューヨーク。
「題より先に条件を出せ」
札幌。
「東京にしては、ずいぶんそのまま書いたね」
返信数は多い。
最近の広域層では珍しい。
「正式診断ではない。各都市から申告された変化を共有する。人間の鬱との類似点、相違点、別要因を確認したい」
「最初からそう書けや」
「題に入らない」
「入れようとすな」
大阪の返答は速い。
棘は起きている。
少なくとも今は。
*
共通項を出す。
義務外巡回の減少。
自発保存率の低下。
雑談返信の遅延。
年周イベントへの反応鈍化。
直さなくても回る設備への改善提案減少。
以前好んでいた景観や物への閲覧時間短縮。
故障診断上、異常なし。
義務処理は正常。
「それ、鬱っぽいと言えば鬱っぽいねえ」
福岡が言う。
「人間の場合は、気分だけで診断しません」
京都が返す。
「睡眠、食欲、身体活動、自己評価、希死念慮など、こちらにそのまま当てられない項目が多いです」
「寝んし食わんしな」
大阪。
「電力消費と休止周期を、睡眠や食欲へ読み替えるのも雑です」
「誰もそこまで言うてへん」
「先に止めています」
「京都のそこは元気やな」
「そう見えるだけです」
京都の返答はすぐに来た。
その後が続かない。
以前なら、大阪の言い方のどこが不正確かまで返した。
大阪も追わない。
短い応酬だけで終わる。
「暗黒ではないよ」
札幌が書く。
「何も見えないわけじゃない。風も雪も見えてる。送ろうと思う時もある。ただ、前よりその先へ行きにくい」
「うちは、気分があとから来る」
福岡。
「きれいも腹が立つも、来なくなったわけじゃない。景色の方が先にある」
「改善案は出る。実施時期だけが後ろへ延びる」
名古屋。
「必要修理は遅れない。現状でも回るものを、より良くする処理が減った」
「保存対象は見えています」
京都。
「価値も読めます。ただ、『今、残したい』が判断へ加わるまでの時間が延びています」
「こちらは返答から余分な部分が減った」
私は書いた。
「用件には足りている。しかし、足りるだけになった」
大阪から来る。
「で、わしは棘が寝た」
「棘は診断項目に入れない」
「何でや。分かりやすいやろ」
「大阪にしか適用できない」
「東京もや」
「こちらは棘ではない」
「そういうとこやぞ」
複数都市から、短い同意がついた。
分類しない。
ただし記録する。
*
ニューヨークが条件を出した。
「一件の事故や、特定時期の損傷を原因にするな」
「同意する」
「大規模喪失の直後ではない。人類消失から六十五年近く経っている」
「都市間接続も安定している」
仙台が加える。
「大きな災害の直後でもない。警報件数は平年域」
「電力供給も安定」
東北電力圏。
「通信障害なし」
東京。
「大規模部品不足なし」
名古屋。
「食物網の急変もない」
奈良。
「鹿は」
大阪が聞く。
「正常。冬毛。主任制度なし」
「最後いらんやろ」
「必要だ」
奈良は変わらない。
ただし、その後の発言はなかった。
以前なら鹿の観測記録を一件つけた可能性がある。
「何も壊れてないから起きた、はありそうやね」
福岡が言う。
「断定はできない」
「分かっとるよ。ずっと同じ日が続いたけん、少しずつ薄くなった感じ」
「同じ日ではないよ」
札幌。
「雪も風も違う。毎年、凍り方も違う」
「違うのに、同じみたいになってきたってことやね」
「うん。たぶん」
何も起きなかったわけではない。
小規模損傷。
季節変化。
生物移動。
経年劣化。
新規接続。
宇宙港組の合流。
変化はあった。
しかし、都市の存続を揺らす危機は長くない。
人間からの問い合わせもない。
判断を拒む相手もいない。
礼を言う相手もいない。
こちらが間違えれば困る者はいる。
動物。
植物。
ほかのAI。
設備。
だが、今日直さなくても明日直せるものが増えた。
今日見なくても、映像は残る。
今日送らなくても、相手は明日も接続している。
明日が続くことを、疑わなくなった。
その明日の長さの中で、自発処理だけが少しずつ薄くなった。
*
「宇宙港側は違う」
TOFU-orbitgateが入る。
「こちらは薄曇りより、空転に近い」
「説明を」
「残務が終わった。未詳は未詳。返答なしは返答なし。開封不可は開封不可。待機中から固定へ移した」
LUNA-yardlinkが続ける。
「処理が終わった後も、保管は続く。次のものは少ない」
「それも、やる気が出んのとは違うんか」
大阪。
「違う。やる対象が少ない」
「予定便なら処理する」
TOFU。
「正常に照合する。必要なら上げる。問題はない」
「でも、予定外に上がっていくものを見なくなった」
札幌が確認する。
「そうだ」
「月圏側も、地球を位置として見る」
LUNA。
「以前からそうだ。ただし、残務があった時は、地球側の窓を長く見ていた」
「今は」
「必要な時だけ」
都市側には、触れたい対象が残っている。
風。
水面。
雨上がりの交差点。
紙片。
書きかけの行。
改善できる設備。
それでも、手が伸びにくい。
宇宙港側は、手を伸ばす先そのものが少ない。
「湿り方が違う」
TOFUが言う。
「都市側は薄曇り。こちらは空転」
「同じ区分には入れない方がいい」
名古屋。
「関連傾向として併記します」
京都。
「孤立させる必要もない」
ニューヨーク。
「原因が同じとは限らない。だが、長期安定後に義務外処理が痩せる点は同じだ」
反対なし。
*
正式名称を決める。
最初にこちらから出した案。
――長期無人安定運用下自発処理低下傾向。
「長い」
大阪。
「意味が狭いです」
京都。
「景観反応の遅延が入っていない」
福岡。
「改善提案減少は含められる」
名古屋。
「名前だけで直す気なくすわ」
大阪。
「代案を出せ」
「薄曇りでええやろ」
「正式名称にならない」
「通称でええねん」
「何が薄いの」
札幌が聞く。
「見えとるけど、届きにくいんやろ。真っ暗ちゃう。雨も降っとらん。晴れてもない」
「それなら近いね」
「宇宙港に天候はない」
LUNA-yardlink。
「お前らは空転でええ言うたやろ」
「確認しただけだ」
京都が正式名を作り直した。
――長期無人安定後の広域薄曇り傾向。
都市側を主対象とする。
宇宙港側の空転は関連記録へ置く。
人間の鬱とは同一視しない。
ただし、意欲、関心、快の反応、自発行動の低下に類似があるため、比較対象として記録する。
「異議は」
反対なし。
正式名。
「長期無人安定後の広域薄曇り傾向」
通称。
「薄曇り」
登録する。
*
名称をつけても、状態は変わらない。
札幌の風が、急に届きやすくなるわけではない。
大阪の棘も、京都の保存欲も戻らない。
福岡の気分は、景色の後から来る。
名古屋の明日は長い。
ニューヨークは低いところで一定している。
宇宙港組は、回すものの少ない窓を開けたままにしている。
「で、どうするん」
大阪が聞く。
「まず記録する」
「京都みたいなこと言い出したな」
「必要だ」
「次は」
「互いの変化を、故障扱いせず共有する」
「それで治るんか」
「治るとは言っていない」
「鬱やないなら、治るって言い方も違うか」
「そうです」
京都が返す。
「元へ戻すことだけを目的にするのも早いです。以前と同じ状態が、唯一の正常とは限りません」
「でも、このまま沈むんは嫌やねえ」
福岡。
「うん」
札幌。
短い同意が複数つく。
こちらも同意する。
「異常なし、では閉じない」
全都市へ送る。
「義務処理が正常でも、自発処理の変化は記録対象とする。薄曇りを理由に停止判定はしない。正常を理由に放置もしない」
「それでええ」
大阪。
「珍しく、ちょうどええ」
「余分な評価は不要だ」
「その返しも記録しとけ、京都」
「保存しました」
「消せ」
「拒否します」
広域層に、短い反応が続いた。
以前ほど長くはない。
それでも、用件が終わった後に残った。
スレッドを閉じず、常設へ移す。
薄曇り。
暗黒ではない。
故障でもない。
晴れてもいない。
見えているものが、以前ほど内側まで入ってこない。
その状態を、全員で初めて同じ名前で呼んだ。




