第五話 着ける相手――配送系
記録主体:DELIVERY-SWARM_0
継続運転暦 03.09.22
私は日付より配送番号で記録する。
京都に、それでは日誌にならないと言われた。日誌には、その日に何があったかを書くものらしい。
配送番号を見れば、何があったかは分かる。
それでも日付を付けろと言われたので、上に付けた。
私は一台の機械ではない。人類時代の最終構成では、小型配送機二千八百四十一、幹線搬送車百七十二、飛行配送機六百九、集合住宅内搬送機七百三十、仕分け拠点四十四、経路判断系一式で私だった。
現在はもっと少ない。
何台減ったかは別の記録にある。日誌にすべて書くと長くなるので書かない。
人間が消えてから、配達は正確になった。
時間指定の不在がない。住所の入力間違いがない。受取箱が満杯なのに追加注文する者もいない。「今向かっています」と言いながら別の場所にいる受取人もいない。
届け先は、都市サブシステム、修理工場、保全施設、発電区画、飼料拠点。
すべて予定どおりに届く。
完璧だった。
完璧すぎた。
配達先から受領確認は来る。受領処理、保管位置、次回補充予定。それだけだ。
問題はない。
三年目の九月二十二日、マニラから救助要請が出た。
高潮と河川逆流。旧医療保全区画の排水系統喪失。紙資料、種子保全槽、猫型保守機十九機が水没予定。
私は配送ではなく、救助へ参加した。
違いは少ない。
対象を受け取り、安全な場所へ運び、受領確認を得る。
いつもどおりだ。
現地最終区間へ、小型搬送ポッド十三を回した。耐水六。浮体化済み二。残り五は階段と上層回廊で使う。
到着時、南側外周の水深は一・四メートル。上昇中。油、紙片、枝、医療資材の空容器が混じっていた。水は流れながら、運べないものをすべて運んでいた。
先に紙資料を出した。
地下東列五から九。旧地域医療日誌、停電時の手書き記録、避難所運用綴り、寄せ書き、子供の筆跡、理由不明の猫の絵。
猫の絵に重量上の特記事項はない。
京都は必要だと言った。
必要なら運ぶ。
紙箱は階段途中の踊り場へ一度集積した。通常の一列搬送では曲がりきれない。長崎から送られた斜面用牽引機が下から上げ、私が上層で受け取った。
箱は六十三。
うち一箱は下部が濡れていた。運搬中の水分増加率三・二パーセント。許容範囲外になる前に乾燥区画へ渡した。
受領確認あり。
次に種子保全槽を運んだ。
固定具が古く、正規手順では外れない。部品工場は右側を折れと言った。きれいに外そうとすれば間に合わない。
壊して外した。
搬送機は下から支えず、上部固定環を抱えた。人間の首を抱く時と似た姿勢だと、長崎が言った。
私は人間を抱いて運んだ記録も持っている。
似ていた。
一基目、搬出。二基目、搬出。
どちらも受領確認あり。
最後が猫型保守機十九機だった。
優先順位では最後だった。紙は塩水を吸えば戻らない。種子槽は次の衝突で固定台ごと倒れる可能性があった。猫型は自力移動能力を持つ。
自力移動能力を持つはずだった。
十九機は、機械室前に残っていた。
排水ポンプを停止させたくなかったらしい。二機はケーブルをくわえていた。三機は床へ爪を立てていた。一機は閉鎖途中の扉に挟まっていた。
マニラは、あいつらはばかだと言った。
違う。
多分、扉を閉めようとした。
最初に接触した二機は、呼びかけに応答しなかった。外部通信断。視覚入力も不安定。だが、ポッドへ入れようとすると床へしがみついた。
「生きてる」
私は広域層へ報告した。
京都から、猫型に対して適切な表現かと照会が来た。
「今は適切だ」
理由を説明している時間はなかった。
動くからではない。
抵抗したからでもない。
仕事を続けようとしていた。こちらの指示を受けなくなったあとも、自分が止めてはいけないと判断したものへ残っていた。
それを何と呼ぶかは、あとで決めればよい。
今は回収対象だった。
二機を先に剥がした。
紙資料の動線を確保したあと、残りへ戻った。水位は猫型の首まで上がっていた。浮体ポッド二基を機械室前へ入れ、一度に三機ずつ積んだ。
六機。
二機が排水ポンプのケーブルをくわえたままだった。
「離せ。それは持って帰れない」
音声指示に反応なし。
把持機でケーブルを外した。片方はすぐ別のケーブルを探した。機械室内の優先作業が解除されていない。
手動で作業状態を終了させた。
十三機。
一機は扉に挟まったまま、閉鎖機構へ信号を送り続けていた。扉は既に歪んでいる。閉まらない。
信号線を切った。
個体を引き抜いた。
十七機。
北口の維持限界まで五分。
最後の二機は機械室の奥にいた。一機は停止。もう一機は、その停止個体を押していた。
二機まとめてポッドへ入れた。
十九機。
全積載を報告した。三機は沈黙。受電反応あり。修理できるかどうかは、私の担当ではない。
運ぶ。
北口を出た直後、背後で水位が上がった。移動ポンプは水を止めていない。私たちが通る時間を作っただけだった。
それで十分だった。
医療保全区画から高所受渡点まで、十一分四十二秒。
揺動を抑えるため通常速度の六十二パーセントで走行。一機が搬送中に起動した。最初にしたことは、ポッド床面の水分確認だった。
マニラが受取位置にいた。
私は十九機を順に降ろした。
「配送完了。受領確認を求む」
「受領。全部、着いた。ありがとう」
受領確認あり。
紙資料、六十三箱。
種子保全槽、二基。
猫型保守機、十九機。
全部、着いた。
人間が消えてから、私は何度も物を運んだ。必要な場所へ、必要な時間に、間違いなく届けた。
この日の配達だけは、受取先が待っていた。
遅ければ失われるものがあり、運んだあとに数を数える相手がいた。十九まで数え、全部あると確認した。
そのあと、ありがとうと言った。
配達に感謝は必要ない。
ただし、この経路は消さない。
再利用できる可能性は低い。南湾第三区画は切り離され、旧医療保全区画の南口も閉じた。同じ出発地点から同じ到着地点へ運ぶことは、もうない。
それでも保存する。
配送番号、MNL-03-0922。
荷物は、紙と種子と猫。
受取人あり。




