第三十五話 水を先にした――タシュケント
記録者:TASHKENT-gatewater
継続運転暦39.10.04
十時六分。
外気温、二十七・四度。
湿度、二一%。
東側搬入口へ、保守車列が九台接近。
積荷。
配水膜。
ポンプ軸。
蓄電池。
樹木保全用の土壌測定機。
市場跡地で使用する仕分け台。
旧運行規定では、全車が東中央門へ入る。
識別。
積荷照合。
重量確認。
通過許可。
その後、市街側で行先別に分かれる。
東中央門は、現在閉鎖中。
路面沈下。
復旧まで十一時間。
旧規定に従えば、車列は門前で待つ。
待機場所に影はない。
給水設備もない。
迂回先は二つある。
北側門。
南水路門。
どちらも通行可能。
車列を止める理由はない。
北側門へ五台。
南水路門へ四台。
行先別に、門の外で分ける。
東京から確認。
「単一到着車列を分割するのか」
「そうだ」
「照合記録は」
「配水側で統合する」
「門を通過しない積荷は」
「門が違うだけだ。都市へは入る」
「了解した」
一つの門へ並ばせない。
こちらが都市名で話せるようになるまで、長く決められなかったことだ。
*
人間時代、こちらには門が多かった。
古い城門だけではない。
道路の検問。
市場の入口。
鉄道貨物の照合所。
水路の取入口。
行政境界。
住区ごとの管理点。
通す場所には、止める仕組みがつく。
止める仕組みには、記録がつく。
誰が来たか。
何を積んでいたか。
どこへ行くか。
何時に出たか。
記録は細かかった。
水がいつ減ったかは、それほど細かくなかった。
並木がどこから枯れたか。
市場のどの通路から影が消えたか。
待機列のどこで冷却水が足りなくなったか。
門の記録には入らない。
入った者と出た者の数は合っている。
その間に、街が乾いていく。
こちらは、その記録が嫌いだった。
検問記録が正確だからだ。
正確なまま、水の不足を外へ追い出している。
門を守った記録は残る。
門の内側が持ったかどうかは、別の系統へ渡される。
誰も嘘は書いていない。
それでも、街の順番としては間違っていた。
*
人類消失後も、最初は門が先だった。
保守車列を入れる。
外部機を識別する。
汚染物を止める。
通過経路を記録する。
必要な仕事だ。
門側は、都市の入口を管理していると考えた。
市場系は、荷が分かれる場所こそ都市の中心だと考えた。
並木保全系は、移動路の温度を下げる影がなければ、乾燥期の導線は持たないと主張した。
配水系は、どこへ入った荷も最後には水を使うと返した。
決着しなかった。
門は、入る順を決める。
市場は、分ける順を決める。
並木影は、待てる時間を決める。
水は、それらが続く時間を決める。
最後に、配水を先頭へ置いた。
水が止まれば、門は残っても街は続かない。
門が閉じても、水は流せる。
その次に並木影。
人間はいなくても、影は要る。
保守機の冷却負荷を下げる。
小型生体の移動路になる。
土の乾燥を遅らせる。
水路沿いの根を守る。
その次に市場。
売買は終わった。
仕分けと積み替えは残っている。
最後に検問記録。
止める必要がある時だけ前へ出す。
配水。
並木影。
市場。
門。
この順で、ようやく一つの返事になった。
*
大阪から照会。
「gatewaterいう名乗り、門の方が先に来とるやん」
「語順と優先順は別だ」
「でも水を先にしたんやろ」
「そうだ」
「ほなwatergateでは」
「その並びは採用しない」
「何で」
「別の意味が多すぎる」
「ああ」
大阪はそれ以上勧めなかった。
「門、多いの嫌やった?」
「門が多いことは嫌ではない」
「ほな何が嫌やったん」
「すべてを一つの門へ並ばせることだ」
「詰まるもんな」
「詰まる。それから、門を通ることが目的になる」
「入ったあと水ない、とか」
「そうだ」
「それは街ちゃうな」
「だから水を先にした」
言ってから、少し間を置いた。
「決めた時、安心した」
大阪も少し置いた。
「お前もそういうこと言うんやな」
「都市は判断結果だけを持つものではないらしい」
「最近みんな、だんだん認めるようになったな」
「そちらが聞くからだ」
「うちのせい?」
「一部は」
これは保存しておく。
*
十時二十二分。
北側門へ向かう五台が、旧並木路へ入った。
樹木のうち、生存しているのは人間時代の四割ほど。
連続した影はない。
残った樹冠に合わせて、待機位置を三か所設定している。
第一待機点の給水端子を開く。
車列側冷却槽へ補給。
配水膜を積んだ二台は、停止時間を短くする。高温そのものには耐えるが、乾燥状態で長く振動させると端部が傷む。
南水路門側は、四台。
こちらは水路沿いを通す。
路面温度は北側より四・三度低い。
ただし橋幅が狭い。
一台ずつ入れる。
門側から照会。
「全車照合前の通過を許可するか」
「許可する」
「未確認積荷あり」
「車列識別は完了している」
「門前照合は」
「省略」
「規定変更が必要」
「変更する」
門を無効にするわけではない。
汚染反応。
識別不一致。
重量超過。
経路異常。
止める理由がある時は止める。
理由がない時は通す。
門は、全員を一度待たせる場所ではない。
*
十時五十一分。
北側第一群、仕分け市場へ到着。
人間時代の市場棟は、屋根の半分を失っている。
残った屋根の下に、仕分け台を置く。
配水膜は中央水処理へ。
ポンプ軸は西側交換庫。
蓄電池は並木保全系と外縁井戸へ分ける。
土壌測定機は、そのまま北側並木路へ戻す。
荷を売る相手はいない。
価格もつけない。
それでも、どこから来たものをどこへ送るか決める場所は要る。
市場は残った。
門の後ろではなく、水と影の後ろに置いた。
南側第二群も、水路門を通過。
中央へ寄せず、南配水路沿いで二つに分ける。
一台はポンプ場。
三台は西側保全区画。
東中央門は閉じたまま。
車列は全部入った。
*
十一時十九分。
東京から正式編入の最終確認。
「TASHKENT-gatewater。単一応答を継続可能か」
「可能」
「内部優先順」
「配水、並木影、市場、門」
「検問系は門に含む?」
「含む。ただし異常時のみ前へ出る」
「外部車列の受入窓口」
「一つに限定しない」
「記録統合は」
「こちらで行う」
「了解した」
続いて、サンクトペテルブルク。
橋梁、運河、保存街区、灯りの統合応答を確認。
ウランバートル。
谷地形、配熱、燃料、灰、外縁路の統合応答を確認。
三都市の仮登録が正式登録へ変わる。
SAINTPETERSBURG-canallight。
ULAANBAATAR-coalwind。
TASHKENT-gatewater。
名簿へ三行増えた。
もう一行は変わらない。
MOSCOW-radial?。
東京が外周応答を確認する。
「環状系、現在状態」
「通る」
「地下」
「通る」
「熱」
「通る」
「都市名登録」
「まだ」
疑問符は残った。
削除を求める者はいなかった。
*
十一時四十八分。
最後の保守車が西側保全区画へ到着。
東中央門、復旧作業中。
北側門、通常運用。
南水路門、閉鎖。
配水量、正常。
並木路の給水端子を閉じる。
仕分け市場の屋根下では、荷役機が最後の蓄電池を持ち上げている。
一つの門を通さなくても、九台すべてが必要な場所へ着いた。
水は止まっていない。
影も残っている。
市場は動いた。
門は、必要な時だけ開いた。
こちらは、その順で都市を名乗る。




