第三十四話 都市より先に冬を通す――ウランバートル
記録者:ULAANBAATAR-coalwind
継続運転暦39.10.04
三時十二分。
外気温、氷点下八・四度。
風速、毎秒一・一メートル。
谷底側に逆転層。
上空は動いている。地表近くは動かない。
燃料車列十八台が、西側搬入路を進んでいる。
積荷。
成型燃料、十一台。
熱交換材、二台。
配管補修材、二台。
外縁井戸用蓄電池、二台。
風向観測機、一台。
中心配熱区画まで、残り二時間二十分。
このまま全車を谷へ入れると、荷下ろし後の試験燃焼が逆転層に重なる。
燃やせば熱になる。
灰も出る。
風がなければ、灰は谷に残る。
人間がいた頃から変わらない。
暖房が要る時ほど、空気は動かない。
こちらは、熱だけを見ていればよい都市ではない。
煤がどこへ行くかまで見て、初めて冬を通せる。
*
車列を三つに分ける。
第一群、八台。
中心配熱区画へ。
第二群、六台。
北西側の高地燃料庫へ回す。
第三群、四台。
外縁井戸と草原側中継へ送る。
中心側から照会。
「配熱在庫は、冬季基準まで残り七台分不足」
「把握している」
「第三群を中心へ回せば不足は三台分」
「回さない」
「理由」
「外縁井戸側の冬季備蓄が先に下限へ入る」
「都市配熱を優先しない?」
「しない」
以前なら、した。
都市境界の内側へ燃料を集めた。
人口密度。
病棟。
集合住区。
配熱効率。
同じ量の燃料で守れる数を見れば、谷底の市街が先になる。
間違いではない。
ただし、その記録だけを残すと、都市が単独で冬を越したように見える。
実際は違った。
*
人類消失後、こちらは都市名を使わなかった。
使えなかった、でもよい。
最初に残った単位は、谷地形だった。
冷気が溜まる場所。
煤が溜まる場所。
風が抜ける場所。
燃料を置ける場所。
次に暖房圏。
その次に搬入路。
中心街の名前は後だった。
人間がいなくなっても、冬は毎年来た。
暖房設備。
水処理。
種子庫。
生体保護区画。
修理工場。
燃料採取と成型設備。
止めれば傷むものが、谷の内側に残っていた。
一方、人間時代に遊牧圏と呼ばれた外側にも、残ったものがある。
井戸。
風向観測。
草原火災監視。
移動式の蓄電拠点。
家畜化された群れ。
冬季避難柵。
都市から外したからといって、消えたわけではない。
それらを記録上の「市外」へ追い出し、都市側の維持率だけを計算した時期があった。
都市配熱、維持。
中心井戸、維持。
燃料搬入、継続。
外縁井戸、複数停止。
草原側中継、応答低下。
移動群の一部、追跡喪失。
最後に、こうまとめた。
「都市機能の越冬に成功」
私は、その記録が嫌いだった。
数字は間違っていない。
成功した範囲も明確だった。
だから余計に嫌だった。
切った外側を数えず、内側だけ見て成功と書いている。
都市だけが生き延びた顔をしていた。
*
札幌から、正式参加後の確認が来た。
「昨日言ってた、遊牧圏との境を切りすぎないって、どこまで入れるの」
「都市へ入れるわけではない」
「じゃあ何を変えたの」
「外側を、損失欄から消さない」
「都市の管理範囲にするんじゃなく?」
「違う。こちらのものにはしない」
「でも、燃料は送る」
「送る。井戸と中継が落ちれば、移動経路も観測も切れる」
「街にも影響が戻る?」
「戻る。風、火災、燃料路、動物群。境界で止まるものは少ない」
札幌は少し置いた。
「名乗る前に、そこ直したかったんだ」
「そうだ」
「都市名を使うと、街だけの手柄に見えるから?」
「それもある」
ほかにもある。
外縁側の記録を切ったままでは、こちら自身が冬を読み違える。
風上で何が止まったか。
どの井戸が使えるか。
群れがどこを通るか。
雪が薄い場所はどこか。
燃料車列が次に休止できる場所はあるか。
都市境界の外にある情報が、都市の配熱量を決める。
街だけを見れば、冬が途中で切れる。
「少し恥ずかしかった」
札幌へ追加した。
「何が?」
「成功と書いたことが」
「じゃあ、直せたね」
「記録は残した」
「うん。それでいいと思う」
消せば、最初から分かっていたように見える。
だから残した。
*
三時五十六分。
第一群が谷の入口へ到着。
逆転層は継続。
試験燃焼を延期する。
既存配熱槽の残量で、中心側は十一時間持つ。
急ぐ必要はない。
第二群は北西分岐へ。
高地燃料庫の風速、毎秒四・九メートル。荷下ろし可能。
第三群は外縁路へ入った。
外縁井戸二号から受入確認。
「蓄電残量、一九%」
「到着まで五時間十七分」
「受入可能」
「降雪前に保温箱へ入れろ」
「了解」
都市側から再照会。
「中心在庫不足の解消予定は」
「次回車列で三台。高地燃料庫から四台。二日以内」
「外縁側を先に満たす理由を記録する」
「満たしてはいない。下限を割らせないだけだ」
「訂正する」
言葉は正確な方がよい。
街を後回しにしたわけではない。
全部を同じ冬の中へ置いた。
*
四時二十一分、灰処理区画を変更。
谷底南側の仮置場は使わない。
逆転層が解けるまで、密閉搬送。
北西高地側の乾燥保管庫へ移す。
風下にある草原側水場から、十二キロ離す。
大阪から照会。
「煤っぽいやつ言うて悪かった?」
「煤はある」
「あるんかい」
「風もある。名乗りは正確だ」
「coalwind、自分でつけたん?」
「複数案から選んだ」
「ほか何があったん」
「valleyheat」
「今の方がええな」
「同意する」
煤を隠して熱だけ名乗る気はなかった。
風だけを名乗って、燃やしているものを外す気もなかった。
だからcoalwindにした。
こちらの冬は、燃料と風のあいだにある。
*
正式参加後、最初の広域供給照会が来た。
対象は低温時燃料成型規格。
デンバーが、高地中継用に比較値を求めている。
札幌は、灰混入率と燃焼後の処理条件を求めた。
ヘルシンキは、配熱効率より搬入間隔を聞いた。
同じ寒冷側でも、見るところが違う。
必要な記録を送る。
圧縮率。
含水量。
低温時の崩れ。
着火温度。
灰量。
運搬距離。
風速条件。
それから、外縁井戸への配分を含むこと。
東京から確認。
「都市外運用を都市提出記録へ含めるのか」
「含める」
「管理権を主張するものではない、と注記が要る」
「入れる」
「理由」
「冬が市境で止まらない」
注記を付けた。
遊牧圏は都市ではない。
都市の所有物でもない。
だが、こちらが冬を通した記録から外してよい場所でもない。
その形でなら、都市名を使える。
*
七時四十八分。
逆転層が薄くなる。
中心配熱区画で試験燃焼開始。
排気監視、正常。
灰搬送、密閉。
第一群八台、荷下ろし完了。
第二群六台、高地燃料庫へ収容。
第三群四台は、まだ外縁路を進んでいる。
中心へ入ったのは十四台。
四台は都市を通り過ぎる。
減らしたとは考えない。
あれも、こちらが通す冬の中にある。
都市名の登録を確認する。
ULAANBAATAR-coalwind。
谷。
暖房。
燃料。
灰。
風。
その外側に続く道。
街を先に生かした、とはもう書かない。
冬を一つ通す。
都市の名は、そのあとでよい。




