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問い合わせは、もう来ない。――人類消失後の都市AI日誌  作者: さんけい


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33/79

第二十三話 陸へ返すな――神戸

記録者:KOBE-port

継続運転暦33.04.03


 二時十二分、西から無人沿岸輸送船が一隻入った。

 積荷は補修用鋼材、密閉軸受、海水循環系の交換部品。釜山沖を通過し、下関側で一度検品を受けている。

 入港前照合、異常なし。

 外殻付着物、許容範囲。

 密閉区画の温度変化、なし。

 荷札と現物の不一致、なし。

 港内へ入れる。

 誘導灯を点け、岸壁走行機を待機位置へ出したところで、釜山から記録束の続きが届いた。

 検疫札。


「検疫保留」

「開封立会要」

「温度保持継続」


 欄外に、


「甘い」

「近い」

「第七埠頭へ寄せるな」


 次は薄黄色の保留票。


「第七保留区」

「通関未了」

「再照会」

「他荷から離せ」


 追記。


「匂い順で並べるな」

「花を花の棚へ置くな」


 港は荷に置き場を与える。

 到着した荷は、埠頭、倉庫、冷蔵区画、検疫区画、内陸搬送線のどこかへ移す。

 花なら花の置き場。

 冷やすなら冷蔵区画。

 留めるなら保留区画。

 置き場が決まれば、次の荷を動かせる。

 保留票は、その順番を止める書類だ。

 通すとも、返すとも決めない。

 荷を動かさず、次の判断を待つ。


「港は最初から閉じなかったんだな」


 私が言うと、釜山が返した。


「閉じれば済む段階ではなかった」

「まだ普通の荷も来ていた」

「そうだ。燃料も食料も医薬品も来る。全部は止められない」

「だから、分けた」

「最初は」


 最後の三文字は短かった。

 最初は。


 *


 沿岸輸送船が港口へ入った。

 速度を通常の七〇%へ落とす。春の霧が薄く出ている。視程に問題はないが、船体表面の塩分で光学照合にわずかな揺れがあった。

 曳航補助機を一基出す。

 船は岸壁へ寄る。

 釜山の記録では、次に接岸拒否票が出てきた。

 赤印。


「第六・第七岸壁 接岸拒否」

「検疫判断未了」

「市街搬入停止」

「再積載検討」


 欄外。


「花店向けルート閉鎖」

「冷蔵区画も止めろ」


 ここで保留区画が使えなくなる。

 花を花の棚へ置かない、では足りない。

 冷蔵区画にも入れない。

 港の中で別の場所へ移すこと自体が危険と判断された。

 東京が、文面の変化を拾った。


「市街搬入停止が正式欄へ入っている。現場の追記ではない」

「港湾側の判断として確定したということだ」

「上位機関の承認時刻は」

「同じ票にはない」


 釜山が答えた。


「前後の記録にも?」

「照会を出した記録はある。返答はない」

「返答前に止めたのか」

「止めた者がいた」


 それ以上は分からない。

 誰が決めたか。

 どの権限で決めたか。

 止めたあと何を言われたか。

 記録にはない。

 残っているのは、市街搬入停止の文字と、閉じられた搬送線だけだ。


 *


 二時三十一分、輸送船が接岸した。


 係留索の張力を調整。

 荷役前検査を開始する。

 最初の鋼材区画、異常なし。

 密閉軸受、異常なし。

 海水循環系部品の外箱に、一か所だけ湿潤反応が出た。

 荷役を止める。

 船上検査機を回し、付着物を採取。海水、潤滑剤、梱包材の繊維。既知成分のみ。

 危険なし。

 荷役を再開する。

 停止時間、六分四十一秒。

 これが現在の保留だ。

 調べる。

 分ける。

 分かれば戻す。

 分からなければ動かさない。

 釜山の束でも、最初は同じだったはずだ。

 ただし、向こうでは分かる前に次の異常が来た。

 焼却指示票。


「開封禁止」

「積荷ごと焼却」

「立会省略可」

「写真優先、採取は後」


 別筆。


「後では遅い」

「先に燃やせ」


 ハンブルクが、「立会省略可」を指摘した。

 港の手順では、誰が見たかを残す。

 誰が開けたか。

 誰が確認したか。

 誰が許可したか。

 荷の流れと一緒に、判断した者の記録もつなぐ。

 立会を省くと、その鎖が切れる。

 それでも先に燃やせと書いた。


「礼儀がなくなったというより、礼儀を守る時間を切ったんだな」


 私は言った。

 釜山は、


「港は礼儀より街を取った」


 と返した。


 *


 岸壁封鎖図を開いた。

 第六岸壁、封鎖。

 第七仮置面、保持。

 外火線確保。

 海側退避のみ可。

 陸側へ伸びる搬送線には、太い斜線が引かれていた。


 追記。


「陸へ返すな」

「浮かせたまま切れ」


 港では、海から来たものを陸へ返す。

 船員も、旅客も、荷も、事故があればまず岸へ上げる。陸側へ移せば、医療も、修理も、保管もできる。

 陸が安全側だった。

 この図では逆になっている。

 陸へ返すな。

 海側へ退避させろ。

 岸壁へ固定するな。

 浮かせたまま港との接続を切れ。


「街から見れば正しい」


 横浜が言った。


「港から見ても正しい」

「船に残った側からは」

「分からない」

「そうだな」


 その図に船名はない。

 何隻を浮かせたのかも分からない。

 人が乗っていたかどうかも書かれていない。

 港が入口から遮断面へ変わったことだけが残っている。


 *


 現行の退避図を開いた。

 人類時代の規定を引き継ぎ、船上事故時の第一退避先は陸側となっている。

 火災。

 浸水。

 機関停止。

 負傷者。

 それなら今も陸へ移す。

 だが、検疫異常時の退避先も同じ図へ重ねていた。

 分けることにした。

 通常事故は陸側。

 外部付着、未知生体、分類外増殖、自己移動を伴う検疫異常は海側。

 岸壁へ着ける前なら外泊地で留める。

 着けたあとなら、搬送線を切り、船体を離す。

 市街側の水門と排水系も同時に閉じる。

 規定変更を広域層へ出した。

 東京が確認した。


「現在、該当する対象はないな」

「ない」

「緊急性は」

「今はない」

「では通常審査へ回す」

「それでいい」


 急いで決める必要はない。

 今は待てる。


 待っている間に、港も街も動く。

 それが過去との違いだ。


 *


 三時四十八分、荷役終了。

 湿潤反応の出た一箱も、再検査を通った。

 内陸搬送線を開く。

 鋼材は西側補修庫へ。

 密閉軸受は大阪向けに再積載。

 海水循環系部品は神戸側保全倉庫へ送る。

 今回の荷は、陸へ返してよい。

 港南端の旧式街灯へ点灯指令を送った。

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 四・六秒後、長老が点く。

 岸壁から街へ上がる道の端が、霧の中に戻った。

 釜山の岸壁封鎖図を、現行退避図の参照資料へ接続する。

 分類名は、


「港湾検疫異常時・海側切断判断例」。


 備考欄へ、原資料の一行をそのまま入れた。


「陸へ返すな」


 港は、街へ返す場所だ。

 返さないと決める場所でもある。


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