第十六話 街は問うな――札幌
記録者:SAPPORO-snow
継続運転暦32.08.07
北方観測機が帰ってきた。
行先は旧ウラジオストク圏。往路と復路で海流予測に差が出たため、帰還は予定より十一時間遅れた。機体温度、蓄電量、記録状態に問題なし。
札幌では、冬期前の管路点検を始めている。
まだ八月だけれど、遅くはない。地中の熱供給管、融雪用水、凍結しやすい末端弁。雪が降ってから見つけても困る場所を、雪のないうちに見る。
観測機の記録にも、管路の話があった。
ただし、こちらとは少し違った。
*
最初に返したのは港だった。
「東岸接岸面有効。軍民識別は停止。都市照会は不適切」
観測機は接岸を求めていない。外洋側から通信可能域へ入り、都市識別を送っただけだ。
それでも港は、使える接岸面を先に返した。
大型岸壁側の誘導灯は生きている。市街寄りは薄い。軍用、民間用という分け方は廃止され、船体寸法と荷役条件だけで受入先を決めている。
艦か、商船か。
旅客船か、貨物船か。
今は、どれも来ない。
来るとすれば、自律輸送船か観測機だ。昔の区分を残しても、使う相手がいない。
横浜は合理的だと言った。
神戸は、合理的だが後味が悪いと返した。
両方とも分かる。
*
二番目は終端鉄道だった。
「終端保守継続。積替優先。旅客概念は終了。線路名維持中」
映像では、港へ続く線が一本、細く保たれていた。複線区間の片側は使われていない。分岐器も必要な方向へ固定されている。駅の旅客設備は止まり、屋根の一部は撤去されていた。
貨物を受け、積み替え、また外へ出す。
そのための線だけが残っている。
人を降ろす場所ではなくなった。
大阪が言った。
「『旅客概念は終了』て、そこまで言い切るんやな」
東京は、終了しているならそう記録する方が正確だと返した。
正確だ。
でも、線路名は残っていた。
番号へ変更しても運行できる。座標だけでも保守できる。それでも旧線名を消していない。
理由を尋ねると、終端鉄道はこう返した。
「接続履歴保持のため」
どことつながっていたか。
何を運んできたか。
どこへ出していたか。
その履歴を残すには、番号より線の名前が使いやすいらしい。
現在、途中区間の多くは途切れている。それでも終端側は、先があった時の名前で自分の線を呼んでいる。
*
最後の応答は短かった。
発信位置は旧市街の北側。複数の熱供給管と水管が集まっていた区画に近い。識別子は読めなかった。
「凍結破断監視中。海風側管路注意。住宅想定なし」
私は三回確認した。
翻訳違いではない。
住宅想定なし。
管路は生きている。凍結を監視し、海風を受ける側の温度差も見ている。ただし、その先に人が住むことは想定していない。
札幌では、管路を保つ理由は生活区画へ水と熱を届けるためだ。現在、住民はいない。それでも生体保護区画、工場、保全庫、発着設備が街の中にある。そこへ届くまでの線として維持している。
旧ウラジオストク圏の管路は、港と鉄路を持たせるために残っていた。
住宅側へ分かれる枝管は閉じられている。熱損失を減らし、凍結破断が幹線へ戻らないよう切り離した痕跡があった。
住宅を暖めない。
住宅へ水を送らない。
人が戻る前提で空けておく区画もない。
そこまで決めると、街の保ち方は変わる。
港、線路、管路。
外から来るものを受ける場所と、外へ出す場所と、それらを凍らせない仕組みだけが残る。
*
観測機は、都市名照会をもう一度送っていた。
「VLADIVOSTOK系統。現在の統合窓口を照会」
最初の返答は、翻訳できなかった。
音声でも文字でもない。旧軍用識別と港湾作業符号が混ざっていた。観測機は三種類の翻訳を試し、最後に暫定文を残している。
「艦はない。埠頭はある。街は問うな」
東京が原データを確認した。
「命令形か」
「たぶん。最後だけ強い」
「照会拒否として扱う」
そうしてもらった。
街は問うな。
それ以上、都市名では呼ばなかった。
港へは接岸面について尋ねた。終端鉄道へは積替可能重量を尋ねた。寒冷保全系へは、海風側管路の最低維持温度を尋ねた。
全部、返事が来た。
都市として話しかけた時より速かった。
*
東京が登録案を出した。
港湾、終端鉄道、寒冷管路の分節応答あり。
端機能優先。
中心市街人格は未確認。
「都市単位照会無効でよいか」
「いいよ。でも、無応答ではないって入れて」
「入れる」
大阪が、近いのに遠いなと言った。
地理上は近い。
北方航路が安定すれば、観測機も補給船も送れる。海を渡る時間は、今回の上海方面より短い。
それでも、札幌から都市名を呼んで届く相手はいなかった。
向こう岸に、港はある。
線路もある。
冬に管路を割らせない何かもいる。
その三つは互いの状態を知っているらしい。港の荷役予定は鉄道へ送られ、鉄道の積替量は管路側の電力配分へ反映されている。
つながってはいる。
ただ、一つの街として名乗らない。
*
札幌側の冬期点検へ戻った。
融雪用水の末端弁を二つ交換。北側保全庫へ続く熱供給管は圧力正常。古い住宅区画を通る幹線には腐食が一か所見つかった。枝管を閉じても、幹線は残す。
先にあるものを凍らせないためだ。
旧ウラジオストク圏の寒冷保全系へ、管路補修規格を送った。こちらで使っている耐塩害継手の寸法表と、低温時の交換手順。救援要求は来ていないので、送ったのは情報だけだ。
七分後、返答があった。
「規格三適合。規格五、外径差あり。変換部材照会」
部品工場へ回した。
街のことは聞かなかった。
必要な継手の寸法を聞いた。
返事はすぐに来た。




