秘かなる
黄昏時に、音が揺れる。
安堵したような、声。
「……気が付いた! アリア!?」
目を開くと、エリーが傍にいた。
彼女の後ろに、ネフェリとジーン。そして聖護騎士たちもいる。
アリアは立ち上がろうとしたが、動けなかった。
全身が細かく震え、立ち上がることはおろか、腕一本も上げられない。
「ふたつの魔力が混ざって暴走しているようです。落ち着くまでしばらく安静になさいませ」
ネフェリが険しい顔で告げた。
それを聞き、アリアは真っ先にユーリのことを思い浮かべる。
「……ユ、ユーリは……?」
「ここには、まだ来ていませんわ」
「……もしかして」
ユーリも、魔力を暴走させているのではないか。
底知れない不安に駆られ、アリアは身体を強引に起き上がらせようとする。
見かねたエリーがアリアを背負い、なんとか王宮まで辿り着いた。
「フィナスさん! ユーリは!?」
王宮の門前にいたフィナスを見つけるや、アリアは大声をあげる。
驚いたフィナスが駆け寄ってきて、身体を動かせないアリアの身を案じた。
「私のことはいいです。それより、ユーリは??」
「ユーリさまは……まだ、ペトロトリの傍にいらっしゃいます」
「ひとりで??」
アリアは訝しみ、フィナスを睨む。
数瞬、フィナスの表情が曇った。
なにかを隠している。
彼の表情を見て、ユーリの身に何かがあったのだと察した。
「……フィナスさん、ユーリのところに案内してください」
「なりません」
「お願いです、フィナスさん」
「アリアさま……」
フィナスが固く目を閉じる。
アリアを背負っていたエリーが、彼に向かって首を横に振った。
「フィナスさん。ダメって言ったところでアリアが言うこと聞くと思う?」
「……いえ」
「でしょ? あとで私たちも怒られてあげるから。ね?」
エリーが言うと、フィナスが項垂れた。
そのやり取りにアリアは納得できなかったが、口出しはしない。
今はただ、ユーリに会えればそれでいい。
ペトロトリにつづく岩塊を駆けあがる途中。
悲鳴に似た叫び声が、断続的に聞こえた。
それは岩塊を登れば登るほど、大きくなっていく。
「……ユ、ユーリ……?」
岩塊を登りきると、耳を塞ぎたくなるほどの金切り声がひびきわたった。
声の主は、ユーリだった。
アリアたちが来たことにも気付かないほど、自我を失い、藻掻き苦しんでいる。
ネフェリとジーンが駆け寄ろうとすると、フィナスがふたりを制止した。
「なりません。暴走した魔力が、近付く者を無差別に攻撃するのです」
「そんな……なんとかなりませんの?」
「三日はどうしようもないと、ユーリさまはおっしゃいました」
フィナスの言葉に、アリアたちは愕然とした。
どうしてこうなったのか。聞かずとも分かる。
あのキルベルウスを撃てたのは、決して聖女たちの実力ではない
ユーリの犠牲によって、奇跡を起こせたのだ。
「……ユーリ、私に力を貸すとき……こうなるって分かってたの?」
アリアは声を震わせる。
断末魔のような声をあげるユーリの代わりに、フィナスが顔を歪ませながら頷いた。
その答えに、ジーンが顔を青くさせて倒れる。
ネフェリとグランが彼女に駆け寄り、抱き支えた。
「……ジーンさんを休ませてきますわ」
ネフェリが言うと、グランがジーンを抱き上げる。
彼女たちが岩塊を降りていったあとも、アリアとエリーはその場に留まった。
傍にいればユーリの回復が早まるわけではない。
そうとわかっていても、ユーリから離れることができなかった。
岩塊を降りていった先で、ネフェリは深く息を吐いた。
心身ともに疲れ果てている。
この先もしばらく休まることはないだろう。
そう思うだけで眩暈がする。
「……ジーンさまは、気を失われたようです」
ジーンを腕に抱えていたグランが言った。
ネフェリは頷き、足を止める。
「このようなことになるとは思いませんでしたわ」
「……激しい戦い、でした」
「それだけではありません」
ネフェリは振り返り、岩塊を見上げる。
さすがにここまで降りてくれば、ユーリの叫び声は聞こえない。
ペトロトリにつづく岩塊の道を三日間封鎖すれば、彼の変調に気付く者はいないだろう。
「ユーリさま……いえ、魔法人形さまがあのようになさるとは」
「……驚くべき力、です」
「力だけではありません、驚くべき自己犠牲ですわ」
「……まさに」
頷いたグランが、首にかけていたネックレスに手を触れる。
ネックレスには宝石が付いていて、かすかな光を放っていた。
それを見たネフェリも、服の裏に隠していたネックレスを取り出す。
彼女もまたグランと同じネックレスを身に着けていた。
「懸念されていたことは、起こらないかもしれませんわね」
「……そう願うばかりです」
「ええ。ですが安心はできません。『人類に仇となる力』が目覚めないよう、これからも心して務めますわよ」
「……御意に」
グランが深く頭を下げる。
そうしてふたりは、秘かな務めの証であるネックレスを、服の裏に隠すのだった。




