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燻ぶる想い


「忘れ物はないかい??」



領主が心配そうに手を震わせていた。

ハイアランゼからの出立の日、早朝からずっと、ジーンの傍を付いて回っている。

ジーンは何度も「大丈夫です、お父さま」と答えていた。

それでも彼は、自らの妻に叱られるまで落ち着くことはなかった。



「ジーン、身体に気を付けて」


「……はい、お母さま」


「たまには手紙を書くのよ」


「……はい、お姉さま。必ず」



相変わらずの小さな声で、ジーンが返事をする。

しかし揺るぎない決意が込もった声音だと、アリアは思った。

瞳に、力強い光がしっかりと宿っている。

この先の旅で、きっと心強い仲間となってくれるだろう。


ジーンと入れ違うように、馬車の御者とはハイアランゼで別れることになった。

ハイアランゼに辿り着くまでの戦いで、何度も怪我を負ったからだ。

この先、どれほどの戦いが待ち受けているかわからない。

グランが御者役となり、改めて出発することとなった。



「サンクトロの王都までは、まだ距離があるのでしょうか?」



駆ける馬車の中、アリアは地図を覗く。

ネフェリとジーンが頷き、地図の上を指差した。



「……馬車だと、早くとも十五日ほど……かかると思います」


「森も多いですから。どうしても迂回する必要がありますわ」



ネフェリの視線が、ちらりと窓の外へ向く。

たしかにと、馬車で突っ込むには無理のある森が広がっていた。

逸る思いはあるが、焦ってもどうにかなることではない。



「道中に村や街があれば、それを救うことだってできる。そう考えることにしよう」


「ですが、首都以外はできるかぎり素通りする……予定でしたわ」


「ただ遠回りするだけでは勿体ない。それだけだ。十五日の道程に、二、三日加わったところでさほど支障ないことだろう?」



ユーリが言うと、エリーが力強く肯定した。



「いい考えじゃない! 私は賛成!」


「……がんばり、ます」



ジーンも頷き、エリーの傍へ寄る。

ジーンはすっかりエリーに懐いていた。

出会ってからずっと、ジーンの弱音を受け止める係となっていたのだ。

なるべくしてなった関係と言えるだろう。


しかしふたりの意見を聞いて、アリアの心はかすかに曇った。

内心、できるかぎり早くサンクトロの王都に辿り着くべきだと思ったからだ。

ハイアランゼでは予想外に長く留まってしまった。

帝都で受けた使命を思えば、足踏みをしているような感覚がぬぐえない。



(……いいのかな、これで)



アリアは窓の外の森に、目を細める。

決して、のんびりと進んでいるわけではない。それは、わかっている。

でもどうにか、一歩でも早く進めば、誰かを助けられるのではないか。

燻ぶりはじめた焦燥感に、アリアは唇を強く結んだ。


その焦りが膨らみ、そして歪んだのは、二日後に訪れることになった小さな町でのことだった。



「……ユーリさま、あれは結界ではありませんか??」



駆ける馬車の中で、ネフェリが外を指差す。

見るとそこには、結界が放つ独特の煌めきがあった。

しかしその煌めきは波打っている。

波の大きさから、ハイアランゼより深刻な綻びが生じているようだった。



「……なんだか……ピリピリ、します」



ジーンが顔を強張らせた。

アリアは首を傾げ、彼女の傍へ寄る。



「ぴりぴり? 結界が、ですか?」


「……い、いえ、あっちのほうから、嫌な感じ、が」



そう言ったジーンの指差す先。

視線を送った瞬間、森の中から鳥の群れが飛び立った。

なにかが森の中を進んでいる。

もしかしてと目を見開いた直後、禍々しい圧がアリアたちを襲った。



「ヴェムネル……! こっちに来てる!?」



アリアは剣に手をかける。

それを見たユーリが、御者台のグランに声をかけた。



「グラン! 町のほうへ行ってくれ。あそこの結界を更新する!」


「……御意」


「町に着いたら、アリアとエリー、それにジーンとフィナスが町の守護にあたってくれ」


「ユーリさま、わたくしは?」


「俺の代わりに、町の人々へ儀式の説明を頼む」


「わかりましたわ」



速度を上げた馬車の中で、全員が頷く。

先行してくれたフィナスが町の者に事情を話し、中央広場へ馬車を誘導した。

どうやらペトロトリは、中央広場の地下にあるらしい。

遅れて駆けつけてくれた町長が、地下洞窟に繋がる扉の鍵を持ってきてくれた。



「それじゃあ、皆、頼む」



地下への扉が開くと、ユーリが振り返って言う。

アリアは剣を手のひらで叩き、大きく頷いた。

それを合図に、皆が己の持ち場へ駆けて行く。

今度こそ誰ひとり失われないようにと、心をひとつにして。



「……あまり、数、多くない、です」



町を取り囲む土塁までくると、ジーンが目を細めた。

エリーが目を丸くさせて驚く。



「ジーン、ヴェムネルの数まで分かるの?」


「……な、なんとなく」


「優秀過ぎだよお」


「……そ、そんな、こと」



ジーンが身を縮こまらせて困り顔を見せる。

雷の力が使えるジーンは、その特性を生かして周囲を探ることができるらしい。

それによると、ヴェムネルの数は五体。

身体の大きい個体はいないようだ。



「最初から全力で行きます」



剣を抜き放ったアリアは、森の奥を見据えた。

迫りくる、ヴェムネルの狂気。

まっすぐに街を目指していると、はっきりわかる。


アリアは剣に光を宿し、構えた。

直後、森の中の木が一本、町に向かってなぎ倒される。

エリーから岩塊が放たれ、倒れてきた木がはじけ飛んだ。

その後方から、五体のヴェムネルが飛びだす。



ジーンが雷の矢を放ち、その間をすり抜けるようにしてアリアは駆けた。

数歩の距離まで迫ったヴェムネルを一撃で斬り伏せる。



「アリア! 上!」



エリーの声が飛んだ。

アリアは咄嗟に横へ跳ねる。

頭上へ迫っていたヴェムネルの一撃が、アリアがいた大地へ突き立った。



「う、く……」



体勢を崩したアリアは、急いで剣を構え直す。

残る四体が、一斉にアリアたちへ迫ると思ったからだ。

ところが、なぜか。

ヴェムネルの意識が、アリアたちから一斉に街へ向いた。



「グガオオオオ!!!!」



一体のヴェムネルが吠える。

それを皮切りにして、四体が一斉に町に向かって駆けた。



「な、なんで!?」



エリーが戸惑いの声をあげ、岩塊を生みだす。

その隣で、ジーンも雷の矢を展開し、二人同時にヴェムネルの背を狙った。

ところが、ヴェムネルは背後をどれほど攻められても、一顧だにせず町の結界に喰い付いた。

まるで、目の前の聖女たちよりも、結界破壊の使命にでも駆られているように。



「……け、結界が、壊れ……」


「な、なんとかしないと!」



焦るエリーたち。それを宥めるようにフィナスが飛びだした。

撃てないにしても、フィナスの剛剣がヴェムネルの足を砕く。

よろめいたヴェムネルを見逃すことなく、アリアはヴェムネルへ迫り、さらにもう一体を斬り伏せた。

それでも、残る三体の目は町の結界から離れない。

むしろさらに激しく結界に爪を立て、綻びを広げようとしていた。



「アリアさま! お急ぎを!」


「は、はい!」



歪に波打ち煌めく結界を前に、フィナスが檄を飛ばす。

フィナスには、今にも壊れそうな結界が見えているわけではない。

しかしアリアたちの焦燥した目から状況を判断し、足を止めることなく剣を振りつづけた。

アリアはフィナスの声に背を押され、残る三体に光の剣を向ける。



「エリー! ジーン! 少しでもヴェムネルの動きを抑えてください!」


「わかってる!」



返事と同時に、岩塊と雷の矢がヴェムネルの頭上から降りそそいだ。

わずかに、ヴェムネルが怯む。

隙を逃さず、フィナスとアリアが剣を振り、残るヴェムネルも光に溶けて霧散した。


陽が傾きかけたころ、町の上空に光の粒子が舞った。

その粒子は、夕陽に照らされて黄金色に煌めく。

待っていたように、ネフェリとグランが町を一周し、結界が更新されたことを人々に告げた。

やがて結界の綻びである光の波が消える。

地下からユーリと町長が戻ってきて、町の人々に事の顛末を語った。



「良かったね、アリア!」



救われた町の人々を見て、エリーが笑う。

アリアは小さく頷いたが、心の内に拭いされない暗い靄が膨らんだ。

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