結界の儀式
三日目の朝。
ハイアランゼの街は、祭りの日のように賑やかになった。
事前に、結界が再更新されると通達されていたらしい。
またあの神々しい光を見ようと、誰もが空を見上げている。
『儀式、ですか?』
前日の晩餐で、アリアたちは結界再更新の打ち合わせをしていた。
ユーリと領主、そしてネフェリが、アリアの問いに大きく頷く。
『平時であれば、結界を更新するための儀式があるらしい。そうすることで結界の精度が上がるようなんだ』
『儀式通りにやらないと、不安定な結界になるということですか』
『そこまでではないが、儀式には大事なポイントが幾つかあってな。それが適切に行われると、ペトロトリが正しく反応するらしい』
『じゃあ、今度こそ……!』
『そうだな。原理はよくわからないが、試してみよう』
そう言ったユーリはどこか不安そうだった。
魔女に壊された不完全な結界に対する責任を感じている。そう言っていたネフェリの言葉を思い出す。
しかし彼の傍らに立つネフェリと領主が、励ますようにして再び力強く頷いた。
「上手くいくといいね」
屋敷の庭で、エリーが言った。
驚くことに、結界更新の儀式において、聖女に果たすべき役割はほぼない。
守護聖女という名の通り、結界を張る魔法人形を外敵から守ることだけだ。
今はもう、あの魔女以外にこのハイアランゼの街を侵せるものはいないだろう。
「……ぜ、絶対、上手く……いきます」
ジーンが小さな声で答えた。
アリアとネフェリも頷く。
しばらくして、鐘の音が鳴りひびいた。
その鐘と同時に、大館の地下にいるユーリが、結界更新を行う。
ユーリの傍には街の有力者と領主がいて、ユーリとともにペトロトリに祈りを捧げることになっている。
「あ、光が!」
エリーが空を指差した。
あの時と同様、光の粒子がハイアランゼ全体を包み込んでいく。
波打っていた結界の光がゆっくりと修復され、真昼の空に星のような煌めきが満ちた。
「……綺麗」
「ええ、本当に」
ハイアランゼの人々が歓声を上げる中、アリアたちはほっとして空を眺める。
あの時と違い、光の粒子はすぐに消えることなく中天で留まりつづけた。
やがて地上へ上がってきたユーリと領主たちが、人々の前に立ち、結界が完全に張られたことを宣う。
街の有力者たちが馬を駆り、街の平和が約束されたとふれ告げて回った。
「光が……降りてくる」
「本当ですわ。ユーリさまのところへ集まっていますわ」
「これが……本当の、結界を張る儀式」
最初から完全な結界が張れていれば、あの悲劇はなかった。
そう思う気持ちが、アリアの中にあった。
しかし、それは違うだろう。
ヴェムネルが襲ってくるまで、誰も結界の歪みに気付かなかった。
気付いたとしても、こんな儀式をする余裕などなかった。
この結界を生みだせたのは、結局のところ大きな犠牲があったからこそだ。
「……あれ?」
顔をしかめるアリアの傍で、エリーが首を傾げた。
「……やっぱり、結界が修復された時みたいに、力が漲ってる感じが……」
「……本当ですわ」
「……ア、アリアさん、ひ、光って、ます」
「え、え? アリアは光の聖女だから?? じゃあネフェリは水でびしょびしょになっちゃうの??」
「い、嫌ですわ! 変なこと言わないでください! 貴女だって土人形になってしまうかもしれませんわよ!?」
「……わ、私、雷、ビリビリになっちゃう……? わ、わわ!」
唐突に力が漲りはじめたエリーたちは慌てふためく。
結局、水で濡れたり、土人形になったり、雷人間になることはなかった。
アリアに宿った光も一時的なもので、すぐに消えた。
「……少し、変ですわね」
儀式がすべて終わったあと、ネフェリが首を傾げた。
彼女が言うには、儀式による結果が聖教の教えとわずかに異なるという。
「結界を張ることで力を与えられるのは、魔法人形さまなのです」
「ユーリに光が集まっていた、あれのこと?」
「ええ、そうですわ。そうして力を得た魔法人形さまが、聖女に力を分け与える、と記されているのです」
「そうなったじゃない?」
「同時だったように思えまして……いえ、些細なことなのですが……」
「些細過ぎるよー! ネフェリはお勉強しすぎで頭カチコチなんだから!」
「カ、カチコチじゃありませんわ!」
ネフェリが大声をあげ、エリーの背を叩く。
エリーがにかりと笑い、しばらくの間ネフェリを揶揄った。
夜になると、街をあげての宴会となった。
それは儀式とはまったく関係のないことだったが、領主の提案で急遽執り行われた。
領主の屋敷の庭が特別に解放され、多くの人々が訪ねてくる。
街を救ってくれた魔法人形と聖女を一目見ようとして。
「久しぶりに聖女さまっぽいことしてる気がするね!」
エリーが片眉を上げ、アリアたちが纏うドレスを指差した。
帝都を立って以来の、聖女らしい着飾りだった。
アリアは少し気恥ずかしくなったが、自分よりもさらに委縮しているジーンのために彼女の手を取る。
「行きましょう、ジーン。こういうことに慣れない者同士、協力しなくては」
「……は、はい」
ジーンがぎこちなく頷く。
そうして臨んだ、聖女のお披露目。
残る三人がいないことは適当に誤魔化しつつ、アリアたちは、訪れる人々に笑顔を振りまく。
心身ともに疲れる宴会となったが、かえって戦いのことを忘れさせるひと時になるのだった。




