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はじまりの名


しかし、逃げられない。

追い払わなければ、助けられなかった人々と同じように、自分も死ぬ。

壊れた馬車の中でかろうじて生き残っている人も、助かることはない。

アリアは奥歯を噛み締め、震える身体を奮い立たせた。


直後。

空気を裂くような音が鳴りひびいた。

その音の正体は、漆黒の槍だった。

アリアとヴェムネルの間を突き抜け、大地に突き立つ。



「アリア!」



ユーリの声。

追い付いてきたのか。



「アリア、剣を構えろ!」



その声と同時に、いくつもの漆黒の槍がユーリから放たれた。

槍はヴェムネルの手足を貫き、地面と繋がっていく。

敵を拘束するような魔法の槍なのだと気付き、アリアは剣を構え直した。

一息に、ヴェムネルに斬りつける。



(……やっぱり、浅い!)



またしても、ヴェムネルの全身を覆う無数の角がアリアの剣を阻む。

絶好の機会を得たというのに、わずかな傷しか負わせられなかった。

アリアは再び斬りかかろうとして、剣を振り上げる。

しかし、わずかに遅かった。

ヴェムネルは、手足を貫いていた漆黒の槍を千切り捨て、アリアに向かって巨腕を振り上げた。



「アリア!! こっちに!!」



ヴェムネルの腕を避けようとした方向から、エリーの声を飛んでくる。

アリアは飛び避けながら見ると、エリーの生みだす土塊が、ヴェムネルに向かって放たれていた。

併せて、ネフェリの水球もヴェムネルに向けて放たれる。

それらは強い攻撃ではなかったが、ヴェムネルを数瞬怯ませるには十分だった。



「あ、ありがとうございます」


「お礼はあと! 私たちからのお叱りもね!」



エリーが険しい表情のまま、再び土塊を作りだした。

同時に、彼女の左右からフィナスとグランが飛びだしてくる。

グランの斬撃と、エリーの土塊が、ヴェムネルの両脚を叩いた。

追い撃つようにしてフィナスの剣が、巨躯の腹部を撃つ。



「アリア、無事か!?」



アリアの傍へ駆けてきたユーリが、半歩、アリアの前へ立った。

よろめくヴェムネルと向き合い、両拳を握る。



「なんとか……」


「旅がはじまったばかりだというのに、早々終幕なんて、やめてくれよ」


「そんなつもりは」


「言い訳はあとだ」



ユーリの声が、強く鳴った。

立ち直ったヴェムネルが、怒ったように全身を震わせている。

大きな口から吐きだされる赤い息が、周囲の空気を染め上げていく。

もはや、追い払える空気感はどこにもない。



(……か、勝てるの? これ……?)



アリアの奥歯が、カタカタと震えた。

手も足も、手に握る剣もガタガタと震えている。

しかしそれは、自分だけではなかった。

アリアの前に立とうとするユーリの両拳も、同じように震えていた。


伝説の存在である魔法人形も恐怖を抱いている。

だが、ユーリは逃げようとはしない。

むしろ、アリアを護るために、さらに半歩前へ進んだ。



(……勝たなきゃ、いけないんだ!)



ユーリの姿に、アリアは自らの身体を叱咤した。

全身を冷たく突き刺していた恐怖、それをねじ伏せる勇気が、胸元から噴き出す。

それに呼応するように、アリアの右手にある花の痣が、光と熱を放った。

光と熱は、アリアが握る剣へと徐々に流れ、やがて眩い煌めきを剣身に宿した。



「行きます! ユーリ、さっきの槍でヴェムネルを抑えて!」


「わかった!」



突如光りだしたアリアの剣に、ユーリはただ応え、両拳を構える。

漆黒の槍が生みだされ、放たれた。

ヴェムネルは二本ほど槍を避けたが、すべては躱せず、片手と片足が大地に縛られる。


最後の機会とばかりに、アリアは光り輝く剣を振りかざした。

すると、アリアの首から下げていた月のペンダントが、強い熱と光を放った。

その熱と光は、アリアの剣の輝きを一層澄み渡らせる。

ヴェムネルの巨体は、アリアの光を帯びた剣に触れるやいなや、まるで太陽に晒された闇のように蒸発して消え去った。

残るのは、邪悪な残滓も魂の穢れもなく、かすかな光の粒子だけだった。



「……これは……光の力……?」



あっという間に消し飛んだヴェムネルに、ネフェリが目を丸くさせる。



「光の力って……属性の……?」


「……ええ。エリーさんは、土。わたくしは、水。……アリアさんは、光の属性を持っていたようですわね」


「でも、アリアは聖女の秘術が使えなかったって……。神殿でも一回も魔法が発動しなかったのに、突然どうして?」


「光と闇の属性は、わたくしたちとは少し違うのですわ」



そう言ったネフェリが、アリアの剣を指差す。

アリアの剣は、未だわずかに光を宿していた。



「光と闇は、物に力を与えることができるそうです」


「物に……じゃあ、今の力がアリアの聖女の秘術……」


「そうですわ。光はすべてを浄化する力。邪悪なヴェムネルが蔓延るこの時代を力強く照らす存在なのです……でも」



ネフェリは首を傾げた。

脳裏に、奇妙な記憶がよぎったのだ。

その記憶の中のアリアは、虚ろな瞳で立っていた。

手には何も持たず、壊れた馬車をただ見つめて――



「でも……どうしたの?」



エリーが首を傾げながらネフェリを覗き込んだ。

瞬間、ネフェリの脳裏に過ぎった記憶は霧散して、なにを思い出したのかもわからなくなった。



「い、いえ。なんでも……」


「そう? 早くアリアのところへ行きましょ! 馬車に残っている人たちも助けてあげなきゃ」


「そうですわね。行きましょう」



ネフェリが首を傾げたまま頷く。

忘却の彼方の残滓、もう一度探しだそうと試みてみた。

しかしやはり、先ほどの違和感を取り戻すことはできなかった。





アリアは地に伏す勢いで皆に謝った。

無謀に飛びだしていって、全員を危険に晒してしまったのだ。

最悪の事態を想像すれば、許されることではない。

ところが、誰もアリアを責めなかった。

後で叱ると宣言していたエリーも、アリアの無事を喜び、抱きしめてくれた。



「でも、無謀なことはダメだから。心配したんだから」


「ごめんなさい、エリー」



アリアは再び頭を下げる。

エリーが小さくため息を吐き、アリアの頭を優しく撫でた。

その温かさが、アリアの心に深く沁みた。


その後は、ヴェムネルに襲われていた人々の介抱をして回った。

生き残っていた人は思いのほか多かった。

皆、壊れた馬車の車体の前方に逃げ、押し固まっていたらしい。


アリアたちは亡くなった人の亡骸を集め、埋葬した。

人の形は残っていなかったが、不思議と、気持ち悪いとは思えなかった。



「……間に合わず、申し訳ありません」


「そんなことはありません、聖女さま。こんなにも多く、助かったのですから」


「ですが」


「感謝いたします、聖女さま」



老婆が、涙を流しながら礼をした。

彼女は、馬車から投げ出されて亡くなった人の母だった。

流す涙は、生き残れたことへの喜びからではない。

それでも、震える老婆の目に怒りは宿っていなかった。


その目を。

そして馬車から投げ出されて絶望していた人の、あの目を。

忘れることはない。

アリアは老婆の手を握り、涙を流しながら何度も謝るのだった。

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