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みすぼらしい聖女が、光の剣で世界を救うまで ~サンクトロ救国編~  作者: 遠野月
剣に顧みる

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剣に顧みる


月のペンダントが、煌めていた。

ヴェムネルと戦い、助けた人々と別れた後もしばらく。



「どうかしたか」



胸元に手を置くアリアに、ユーリが声をかける。

アリアがペンダントのことを気にしていることに気付いたのだろう。

「ペンダントのことは、誰にも知られないほうがいい」

アリアは帝都でユーリと交わした約束を思い出し、首を横に振ってみせた。


馬車はすでにサンクトロ王国領へ入っていた。

サンクトロは広大な森林地帯が広がる自然豊かで美しい国だ。

しかしそれは、ヴェムネルさえいなければの話。

道中に見る被害の爪痕に、アリアたちは悲痛な面持ちで俯く。



「……結界がない地域は、どうしてもヴェムネルの被害を受けてしまうのですわ」



ネフェリが息苦しそうに言った。

神官としての知識で、どのような被害があるかは知ってはいたのだろう。

しかし実際の被害を目の当たりにしたネフェリは、アリアやエリー以上に苦しんでいるようだった。



「帝国領も、結界がない地域は多いはずですが」


「……その通りです、アリアさん。しかしはるか昔から帝国領へのヴェムネル襲撃はほとんどありませんわ。それがなぜなのかは、まだわかっていないのですけど」


「もしかして、デメルヴェネルから、離れているからですか?」


「その可能性がもっとも高いとされていますわね」



ネフェリが頷く。

「デメルヴェネル」というのは、邪悪の巣窟とされる地域のことだ。

ヴェムネルは、デメルヴェネルから流れこんでくる邪気によって生まれるとされている。

そしてそのデメルヴェネルは、歴代の魔法人形と聖女の力をもってしても、少しずつ拡大していた。



「ユーリさま!」



暗く沈むアリアたちの耳に、フィナスの声がひびく。

同時に、大地が脈打ち、馬車が大きく揺れた。



「ま、またヴェムネルが!?」


「そのようだ」



ユーリが立ち上がり、窓の外を見た。

アリアも、彼の後ろから外を窺う。

馬車の後方に、土煙が上がっていた。

まだ目視はできないが、この息苦しいほどの禍々しい気配は、間違いない。


アリアは剣を握り、馬車を降りた。

つづいて、ユーリとエリー、そしてネフェリも馬車を降り、戦いに備える。

フィナスとグランは、アリアたちを挟むようにして迎撃の態勢をとった。


こうしてヴェムネルと戦うのは、七度目だった。

さすがに慣れてきたこともあり、皆、落ち着いてきている。



「アリア、あまり突っ込むなよ」


「わかっています。反省していますから」


「そうか。毎度忘れているのかと思っていたが」


「忘れてはいません」



アリアは剣を構え、迫りくるヴェムネルを見据えた。

突出して皆に迷惑かけた最初の戦いを、忘れてはいない。

ただ、戦いがはじまると、助けられなかった人々の目を思い出す。

息苦しさを感じて、つい焦ってしまうのだ。


それでも実戦を繰り返すうち、アリアは危なげなく戦えるようになった。

アリアの苛烈な動きを読んで、皆が支えるからだ。

無論、不安な面は残る。

だが、アリアの高い攻撃力を振るうほど戦いは楽に進むので、これが最善と皆が納得していた。



「アリアさまは、剣術を学んでいたのですか?」



野営の最中、フィナスが尋ねてきた。

夜中に目が覚めて馬車を出たとき、焚火の傍で見張りをしていた彼と目が合ったのだ。


アリアの巧みな剣捌きに最も驚いていたのはフィナスだった。

エリーたちは、聖女となったことで得られた剣の力だと思っていたようだが、騎士のフィナスだけはそうではないと見抜いていた。

アリアは、困り顔をして俯く。



「……すみません。女が剣を持つのは……嫌ですよね」



帝国では、女性の地位は高くない。

多くの職の門戸は男性にのみ開かれていることを、辺境で暮らしていたアリアは帝都に来て痛感していた。



「そのようなことはありません」



フィナスが首を横に振る。

数少ないが、騎士の中にも女性がいるのだと告げた。



「貴婦人の護衛には、女性の騎士が求められることもありますので」


「そう、なのですか」


「それに一般には知られてはいませんが、歴代の聖女さまの中には騎士であった方もいました」


「え、本当ですか??」


「ええ。『聖女の物語』には描かれていませんが、間違いありませんよ」



フィナスが微笑みながら答えた。

「聖女の物語」とは、歴代聖女の業績をまとめた、誰もが知る物語だ。

物語に騎士の聖女が描かれていない理由は察せられるが、フィナスの言葉にアリアは安堵した。



「……剣術は、父から学んだのです」


「お父君が。アリアさまの剣筋を見るかぎり、ご立派な方なのでしょう」


「そうでしょうか……」



アリアは困り顔で、自らの手を見た。

この手に、剣を教えた父の顔を思い出した。



アリアの父は、偏屈な男だった。

アリアが女であることなど意に介さず剣術を教えるのだから、間違いない。

しかし幼いころのアリアは、父から逃れることなどできなかった。

母が亡くなると、父の指導はより苛烈なものとなっていった。


おかげでアリアは、勇ましく育った。

帝国の辺境で貧しく暮らすことも相まって、剣士というより、野犬のように育った。


なのに、ある日突然。

アリアの右手に、聖女の証である花の痣が浮かんだ。



『……どうして』



聖女などとは最も縁遠い。

浮かびあがった花の痣に愕然としたことを、今もよく覚えている。

しかし苦悩するアリアの内心など知らず、父はアリアを帝都へ送りだそうとした。

娘が聖女となったことを、誇らしく思ったからか。

それとも、野犬のような娘を早々に追い出したくなったのか。

偏屈な父の表情から、その思いは読み取れない。



「きっと、誇らしく思われたのでしょう」



アリアの話を聞いていたフィナスが、小さく頷いた。

「そうでしょうか」と、アリアは顔をしかめる。

するとフィナスが、アリアの傍にある剣を指差した。



「剣術には想いが宿っています。連綿と紡がれてきた剣術であれば、その分だけ多くの人の想いが」


「……剣に、想いが」


「ええ。ですからアリアさまの剣にも想いが宿っていらっしゃいます。私も剣に生きる者ですから、人の想いはともかく、剣に宿った想いだけは見て取れるのです」


「……父の想いも?」


「剣に対しては、真っ直ぐな方だったのでしょう。そうでなければアリアさまに受け継がれた剣筋は曇っていたはずです」


「……そう、なのですね」



たしかに父は、剣に対しては虚偽を吐くことはなかった。

厳しくも、アリアの剣を何度か褒めてくれたことがある。

『剣術だけはお前を裏切らず、護ってくれる』

幼い娘に向けるべきではない言葉に、疎んだときもあった。

しかしそれは、偏屈ながらも父なりの愛だったのかもしれない。



「もし私に、娘のような剣の弟子がいたとしたら」



フィナスが自らの剣を拳で叩き、目を細めた。



「その娘が聖女となったら、きっと誇らしく思います」


「……ですよね」



やはり聖女になったから、そうなのだ。

アリアは寂しさを感じて、目を伏せる。

しかしフィナスが言葉を繋いだ。



「ですが、私の剣を受け継ぎ、その想いを託して旅立たせる時が来たとき。その日を想像すると、娘が聖女になったことよりも娘の手へ紡がれた想いの方が誇らしいと思うでしょう」



フィナスの目が、アリアを見据える。

純真な光を湛えるフィナスの目は、アリアの心を攫うようだった。

アリアの父のために弁明しているのではない。

本心からそう言っているのだとわかる。



「……そういう、ものなのですね」


「ええ」



フィナスが笑顔で大きく頷いた。

屈託のない笑顔に、妙な説得力を感じる。



アリアは、傍に置いていた剣に視線を向けた。

剣の鍔に、野営の火の色が反射し、揺れている。

その色の中に、帝都へ旅立つ日の、別れ際の父の表情が脳裏に浮かんだ。



『行ってこい』



心なしか、いつもより語気が強かった父の声。

いつもの偏屈な表情も、どことなく寂しそうだった気がする。



「……ありがとうございます、フィナスさん」



アリアは剣を手に取り、深く頭を下げる。

胸の奥につっかえていた何かが溶けて、身体が軽くなった気がした。

フィナスが微笑んで礼を返すと、アリアは焚火から離れ、馬車の中へ入った。



見張りをつづけるフィナスは、アリアが入っていった馬車をしばらく見ていた。

不器用ながらも成長していこうとする彼女を、微笑ましく思ってしまう。

しかし、それ以外にも思うところがあった。

ヴェムネルとの戦いの最中のアリアの剣筋に、フィナスは違和感を覚えていた。



(……あの剣の流れ、聖護騎士の剣術ではないか)



フィナス自身、聖護騎士に所属しているのだから、よくわかる。

アリアの剣は、聖護騎士の剣術に似ているところがあった。

とはいえ、同じではない。

どちらかといえば、アリアの剣術には古臭さが感じられる。



(アリアさまのお父君は、話を聞くかぎり騎士ではないようだった。それどころか、ずっと辺境で暮らしていらっしゃったようだし)



騎士どころか、帝都にすら縁がなかったはず。

なのに、聖護騎士の剣術に似た技を使えるのはなぜなのか。

いや、もしかすると――



(……失われた、古の剣術なのか……?)



聖護騎士団の前身には、別の騎士団があったと聞いたことがある。

その騎士団は、人の身でありながらもヴェムネルを退けるほどの剣術を誇っていたという。

しかし今は、その騎士団と共に剣術も失われていた。



(……いや、考えが飛躍しすぎか)



フィナスがため息を吐き、夜空を覗く。

パチリと爆ぜた火が、膨らんだ妄想を掻き消していった。


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