17 小さな鳥かご
「お姫様が視察に行きたいと言い出したことを聞いた時は、本当に驚いたよ」
私の反対側に長い足を組んで座るアルセイン皇子が口を開いた。
到底驚いたとは思えないほど顔色一つ変えずに淡々と話す皇子。何を考えているのか、ちっともわからないその表情。
驚いたですって? それはこっちのセリフよ!
「そうですか」
ぶっきらぼうに返事を返した私は、ガタガタと揺れる馬車の上で彼と目が合わないようにと窓の外へと目線向けた。
はあ……びっくりしすぎて大声をあげるところだった。
護衛の数名と私だけで行くと思っていたから、馬車の扉を開けた瞬間、この国の偉大なる皇子様が居たら驚くのも無理はないだろう。
「視察というものだから変装でもしてくると思えば、やけに着飾って来たんだな」
アルセイン皇子の視線が私の鮮やかなライトブルーのドレスに向いた。
今日私が着てきたドレスは、全体に散りばめられたサファイアは光の反射を受けて光り輝いており、レースやフリルがふんだんと使われた少し愛らしすぎるほどのもの。
「変に偽ったところで、より怪しく見えるものですから。あなただって、たとえ泥に塗れたとしても皇族としてのオーラを消し去ることは難しいでしょうね」
「ふむ……。ならばどうするんだ?」
「貴族に成りすませばよいのです。今日の私は、地方からやってきた成金貴族のお嬢という設定です」
「それは楽しそうだ」
心からそう思っているのか、楽しげに笑う彼の横顔を馬車の窓から差し込む日差しが照らしていた。
「今日はあなたも一緒に視察に行かれるのですよね?」
「ああ。暇だったからな」
この国にたった一人の皇子が暇……?
そんなはずないでしょ、と内心でツッコミを入れつつ「そうでしたか」と笑みを向けておく。
「でしたら、お互いに今回限りの呼び名を決めませんか?」
「呼び名?」
「ええ、皇子と呼ぶわけにも、お名前で呼ぶわけにもいきませんから」
「それもそうだな。有名なテレジアンの姫の名を呼べば、すぐに気づかれてしまうだろう」
私の提案に納得した様子のアルセイン皇子に、私は続けて話す。
「では、私のことはティアとお呼びください」
私は昔から使っている自分の仮の名を言うと、アルセイン皇子はわざとらしく口角を上げた。
「それは君が城を抜け出すときの定番の名だったのか?」
「……あの時のことはもう忘れてください」
「あの日の出来事は俺の人生でも上位に食い込むほど刺激的な思い出だからな。そう容易く忘れられることはないだろう」
「いいから忘れてください!」
むっと睨みつける私に、更に笑みを深めたアルセイン皇子。
彼は私をからかわなくては死んでしまう病気にでもかかっているのだろうか。余裕を保とうと必死な私は、いつも彼に調子を狂わされてしまう。
「もういいです。では、私のことはティアと呼んでくださいね。あなたは……アルセインからとって、アルはどうですか?」
「そんなに単純でいいのか?」
「単純ですか? 私だってルクレティアのティアから取っているのに」
「だから聞いているんじゃないか」
「…………」
「冗談だからそう怖い顔をするな」
これからはアルセイン皇子の言う言葉は全て冗談として受け取った方がいいかもしれない。そうじゃなければ、私の方が先に限界に到達してしまいそうだった。
「コホンッ、では練習をしましょう。さあ、私のことを呼んでみてください」
私の頼みに、彼は「わかった」と頷くと、まっすぐにこちらを見て、言った。
「ティア」
「……はい、アル」
やっぱり練習をする必要はなかったかもしれない。改めて呼ばれてみると、だんだんと気まずくなってきたし、無性に恥ずかしい気持ちになる。
そして、なぜかアルセイン皇子も口を閉ざしてしまった。
どうしたものかと困ったとき、丁度馬車が止まった。
「到着いたしました」
御者の声が聞こえ、ほっと胸をなでおろす。
無事にソルリアに到着したのだった。
「ここは……」
馬車から降りて周囲を見渡すと、そこにはさっぱりとした開けた空間が広がっていた。
てっきり街の中心部にでも降りるのかと思えば、街外れの人気の少ない場所のようだ。
「この道をまっすぐに行けば、すぐに中心部だ。こんなに大きな馬車で乗り込めばそれこそ大騒ぎになるだろう?」
アルセイン皇子の言葉に、確かにと納得する。王族専用の馬車で来たのだから、平然と中心部に来てはそれこそ騒ぎになって視察に手が付かなかったことだろう。
「それもそうですね。では、さっそく仕事に……」
「視察をするためには、まずは観光が先だ」
「へっ? あ! ちょっと!」
「ソルリアはいいところだから、きっと君も気に入る」
突然私の手を掴んだかと思えば、そのまま歩き始めるアルセインの後を、私は必死で付いて行くことしかできなかった。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
「ソルリアは海の近くにあることもあって輸入品が多く並んでいるんだ」
「まあ、だからこんなにも素敵な品が多いのですね……」
初めは視察に来たのだから遊んでいる暇はないと断ろうとしたが、「全てを知るためには内側から」とか、「街のことを知るのも皇子妃としての仕事」だとか、彼の上手い口車に乗せられてしまった私はアルセイン皇子に連れられるがままソルリアの街を堪能していた。
煌びやかな装飾品が並ぶ通り、香ばしい匂いの漂うパン屋、手刺繍の布が店頭に吊るされた仕立屋。テレジア王国の街とはまた違う美しさを持つ街だった。
「……あ」
ふと、視線の先にある一軒の店で足が止まる。中からは、鳥たちのさえずりが聞こえてきた。
「気になるのか?」
突然立ち止った私が気になったのか、アルセインが問いかけてきた。
「はい。少し寄っても構いませんか?」
「ああ」
アルセインの了承を得ると、私は店の扉を開いた。
店内には、壁沿いにずらりと並んだ鳥かごの数々があった。
ライトブルー、エメラルドグリーン、淡いピンク――まるで宝石のように彩られた小鳥たちが、ピッピッと愛らしい鳴き声を上げている。
私の視線は、その中の一羽に引き寄せられた。
小ぶりで、くちばしの先まで柔らかなレモンイエローに染まった小鳥。
「見る目がありますね、お嬢様!」
その小鳥を暫くの間見つめていると、店主と思われる男が手をすり合わせながらこちらへやってきた。
「そちらはテレジアン王国より仕入れた小鳥です。ここに居る小鳥は、全てがテレジアンより仕入れたものなので珍しい貴重な鳥たちですよ!」
「まあ、そうなんですね」
私は店主に向かって微笑んだ。
この小鳥たちがテレジア王国から仕入れられたもの、そんなことはもちろん知っている。だからこの店に入りたいと思ってしまったのだから。
かわいそうに、こんなに小さな檻に閉じ込められて。
私の髪色とよく似た色の小鳥。小さな鳥かごに閉じ込められた、ちっぽけな存在。
「鳥が好きだったとは知らなかったよ」
「……さあ。好きかと言われれば分かりませんが、見ていて悪い気もしません」
鳥かごに手を近づけると、小鳥は私に警戒することなくぴょんぴょんと跳ねながら寄ってきて、「ピッピッ」と愛嬌を振りまいた。
自分を閉じ込めた人間に、こんなにも愛らしい姿を見せるだなんて、なんて愛おしいのかと思わず頬が緩む。
笑顔を向けると、それに返事をするかのように鳴き声を上げた。
「気に入ったのなら連れて帰るか?」
「いえ、今日は視察に来ただけですし、皇宮につれて帰ったところで私に面倒を見れる気もしませんから」
そう言いながら、小鳥のいる鳥かごにもう一度目を落とす。
その小さな命は、私をじっと見上げていた。
「小鳥の世話を自分でするつもりだったのか? やはり君は俺の想像をはるかに超えてくるな。世話なら皇宮に大勢いるメイドにでも頼めばいいじゃないか。君は愛でるだけでいいんだ」
「ダメですよ。この子を迎えた以上、この子は私の子になるんです。自分の子にそんな寂しい思いはさせられません」
可愛い子。良い飼い主が見つかればいいわね。
「さあ、行きましょう。アル」
「…………」
「アル?」
なんとも不思議な顔をしたアルセイン皇子に催促するように名前を呼ぶ。
「……ああ、そうだな。行こうか、ティア」
「はい」
私はもう一度差し出された手を取った。
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「綺麗……。アリスのプレゼントに買っていこうかしら」
中心に宝石が添えられた豪華なサテンのリボンが棚に並ぶ。どれもこれも、アリステアの淡いピンク色の髪に間違いなく映えるだろう美しい品々だった。
「妹と随分仲良くしてくれているみたいだな」
隣から届いた声に、私は顔を上げる。
「ダメですか?」
「いや、感謝しているんだよ。フレデリックも言っていた、近頃アリステアは本当に楽しそうにしていると。全て君のおかげだ」
皇子も、公子も、おかしなことを言うものだ。
確かにアルセイン皇子を前にした時のアリステアの怯え方は異常なものだったけれど、それに目を瞑ればアリステアが兄や兄の友人から心配されるような弱弱しい子には到底思えなかった。
もちろん、魔力暴走の点を考えれば仕方がないことなのかもしれないが、お茶会で令嬢たちに囲まれて楽しそうに笑っている姿は、心から楽しそうに見えた。
(過保護すぎるというか、なんというか……)
とはいえ、私はこの兄妹たちの内部分にまで首を突っ込むつもりは無い。
「そうでしょうか。私のせいでカルロッタ嬢との仲も悪くなってしまったみたいで、申し訳ないです」
「前にも言ったが、君はカルロッタのことを気にする必要はない。あれは……俺の責任でもあるんだ」
目線を逸らすアルセイン皇子の横顔を、私は目で追う。
あの件がアルセイン皇子の責任であるとは思えないけど、わざわざ掘り返すのも面倒だ。
私は笑顔を向けて、流しておく。
「では、私はこのリボンを買ってきますね」
並ぶリボンの中で、一番気に入ったものを手に取る。
「待て」
「はい?」
「どこへ行くつもりだ」
「どこへって……あっ」
もしかするとこの皇子様は物を買うときに対価として金銭を払うことを知らないのではないだろうか。私の白ブドウジュースを盗み飲みした彼なら、十分にあり得る話だ。
「いいですか、アル。商品を買うときはお金を払わないといけないんですよ」
「……君は俺を何だと思ってるんだ?」
「あれ、違いましたか?」
驚いたと目を丸くしてアルセイン皇子を見ると、彼は「はあ」とため息をついて前髪を書き上げるようにして頭を抱えた。
「夫を横に連れておいて自ら物を買おうとするのは君くらいだろうな」
眉尻を下げて、呆れたように言い放ったアルセイン皇子。
(なんだ、そういうことだったの?)
「これは私からアリスへの贈り物ですから。私が自分で買いたいんです」
「そういうのなら仕方ないが……君はもっと豪快になるべきだな」
「ハハ……私にそんなことを言うのは、あなたくらいですよ」
傲慢、貪欲、それ系の言葉はもう数えられないくらい言われて来た。それに対して今更何かを思うことも無くなったが、彼から言われると、何故か複雑な気持ちになる。
ヴァレンツィアに来てから、もう二か月ほど経った。私にも、何か心境の変化でもあったのだろうか。
「皇子妃として与えられている予算をちっとも使っていないそうだな」
「ちゃんと使っていますよ。使いきれないくらい、多すぎるんです」
「あれくらい、微々たる金額だろう?」
さすがは経済に潤うヴァレンツィア帝国とでもいうべきだろうか。
お父様は「ただの成金帝国」だと言っていたけれど、私は成り上がりの国に偏見を持つような考えは浮かばなかった。もちろん、どんなことでも私のお父様が一番正しいのだけれど、自らの知恵で、力で、上り詰めたこのヴァレンツィア帝国に私は尊敬心を持っている。
「もっと豪快にしてみろ。ふざけた噂のとおりに、俺のことを君の望み通りに使ってみてもいいだろうな。ここにある店を丸ごと買ってもいい」
まったく、どこまで本気で言っているのか分からない人だ。
でも、ここまで言わせてしまったのなら、せっかくだから何か買ってもらおうか。
私はもう一度棚に視線を向け、先ほど見つけたアリステアの水色のリボンと対になっているピンク色のリボンを手に取った。
「これが気に入りまし――」
横に立つアルセイン皇子に視線を向けると、彼はどこかを見たまま立ち尽くしていた。何を見ているのかとその視線の先に目を向けると、そこには二十代後半と思われる女性が居た。唇に真っ赤なルージュを塗った、大人っぽい色気の漂う女性。
彼女は私の見ていたリボンが並べられた棚の横にある棚の香水の置かれた棚を見つめていた。
「アル」
「ん、ああ、欲しいものが見つかったか?」
アルセイン皇子の袖を引いてこちらに視線を向けさせる。
そして、私は隣の棚に向かって数歩歩き、香水を指さした。
「この棚にある品を全て、私に買ってください」
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