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#1 ご近所さん

「うーん……あっつい……」


 玄関の前、軽くストレッチをしながら時間を潰す。

 日はフレイの服を買うついでにマコ姉と三人で買い物に行くことにした。

 さすがにオレの服を適当に着続けるわけにもいかないからな。


「やっぱり部屋の中で待つべきか?」


 スマホのゲームでも遊ぼうかと思ったけど、数年も遊んでないとさすがに遊ぶ気も起きないいいんだよな……それにしても遅い。

 なんとなく空を見上げる。雲一つない青空が広がる。日差しは強い。

 やっぱり声でもかけようか……と、思った次の瞬間、玄関が開けられる。


「お待たせしました」


 マコ姉だ。ピンク色の花柄のワンピースに花柄のバッグを持っている。


「フレイさんも行きましょう」

「ああ、行こうぜ」


 フレイも続いて出てくる。

 赤いTシャツにデニムのジャケットと、ジーンズ姿だ。

 全部オレの服だが、やっぱり微妙にサイズが合ってない感じがある。まあ、そりゃそうだよな。


「なんとか、合う服があってよかったです」

「ああ、そうだな。じゃあ、行こうぜ」


 オレたちが家を出ると、おばさんが話しかけてくる。


「あら! 一馬くん! 今日は真琴ちゃんとお出かけなの?」

「ああ、坂本さん。おはようございます」


 近所のおしゃべりで有名な坂本さんだ。

 まいったな……話が長いくなるんだよなぁ。


「あれ? そちらの子は……?」


 ああ、そうか、そうだよな。聞かれるよなぁ……えーと、どすうるか……。


「この子はフレイさんです」


 マコ姉が坂本さんに声を掛ける。


「フレイさん? 外国の方みたいだけど、どういったご関係なのかしら?」

「えーと……カズくんのご両親が彼女のご両親とお知り合いなんです。そのご縁で、一か月ほどカズくんの家で、お預かりすることになったんです」

「え? じゃあ、二人だけで家に?」

「いいえ、女性一人だと色々と大変ですからね。私もカレンさんが帰るまでは一緒に住んでいます」

「あら、そうなの。真琴ちゃんはえらいわねぇ……あと、一馬君、ごめんなさいね。変なこと聞いちゃって」

「え、ああ、大丈夫ですよ。オレは気にしてないんで」


 うん、マコ姉に感謝だな。オレが言ったら間違いなくおかしなこと言って、変に疑われてたのは間違いない。


「じゃあ、すみません。坂本さん。私たちはこれからフレイさんと買い物に行くのでこの辺で失礼します」

「あら、そう? ごめんなさいね。呼び止めちゃって、じゃあ、またね」


 そう言うと坂本さんはさっさとその場から立ち去ってしまった。


「マコ姉、さすがだな。あんな嘘をすらすら言えるなんて」

「当たり前ですよ。って、言うかカズくんは外に出るんだから、これくらいの嘘はつけるように準備をしておかなくちゃだめですよ?」

「はいはい、わかったよ……ん? フレイ?」


 フレイを見る。フレイは暗い表情で黙り込んでいる。


「どうしたんだ?」

「あ、ああ、なんでもねぇよ。さっさと行こうぜ」

「そっか、まあ、いいけどな……じゃあ、行くか」


 そう言うと、オレは歩き出す。フレイとマコ姉もついてくる。

 オレを真ん中にフレイは右側、マコ姉は左側だ。


「マコ姉。今日はどこで買い物する?」

「ショッピングセンターに行きましょう。ここから歩いて行けますし、値段もちょうど良くて、品揃えも豊富ですからね」

「了解」

「フレイもいいよな?」

「ああ、任せるぜ……」


 オレはなんとなくフレイを見る。

 目つきや明らかに緊張しているのがわかる。


「なあ、フレイ。大丈夫か?」

「え?」

「なんか、緊張してるっぽいからさ」

「べっつになんでもねぇよ」


 フレイは頭をかきながらニヤッと笑う。

 まあ、大丈夫って言うなら無理に聞くのも悪いよな。


「まあ、なにかあったらすぐに言ってくれよな。こう見えてもこっちの世界や別の世界に行くことに関しては大先輩だしな」


 オレは胸を張りながら言う。


「そうか、ありがとな」

「いやいや、気にすんな。なんだったら手でも握ってやろうか?」


 まあ、こんな軽口を叩けるのも――。


「ああ、じゃあ、お言葉に甘えて」



 フレイはオレの手を握る。


「え?」

「なに驚いてるんだよ。手を握ってくれるって言ったのはてめぇだろ?」

「そりゃ、そうだけど……」

 


 手からフレイのぬくもりを感じる……って言うか、すごく恥ずかしいなこれ?


「カズくん。いい雰囲気のところを申し訳ありませんけど、行きませんか?」

「え?」


 そんなことをしていると、マコ姉の不満そうな声が聞こえる。オレはマコ姉の方を振り向く。

 うん、声と同じでかなり不機嫌そうだね?


「いやいや! これはなんて言うか!」

「ふふ……嘘ですよ。カズくんが優しいのはよく知っていますからね。でも私も……えいっと!」


 そう言うとマコ姉は笑いながらオレの手を握る。


「ちょ、ちょっと、マコ姉!」

「ふふふ……じゃあ、行きましょうか。ねぇ、フレイさん」

「おう、じゃあ、行こうぜ」


 二人に手を引かれオレは歩く。セミの鳴き声が聞こえる。

 暑さで手が汗ばむのを感じた。

 いや、暑さだけじゃない。恥ずかしさもある。

 うん、すごく恥ずかしい。

 そりゃ、マコ姉とは子どもの頃はよく手を繋いで出かけたりしたけど、それなりの年齢になったからは手を繋ぐなんてことはしなかったしな。


「それでさぁ」

「ふふふ、本当ですか?」


 マコ姉とフレイはオレの気持ちを知ってか知らずか、二人で楽しそうに話をしている。

 やっぱ、女同士だから話が合うのかな?

 そういや、むこうの世界の仲間も女同士は仲良かったもんな。ちょっとスキンシップが過剰なやつもいたけど。


 って、今はそんなことを考えてる。場合じゃねぇ。

 どうするか……ここで無理やり手をはなすと、下手に意識してるとか思われるか?

 いや、それは自意識過剰ってやつかもしれないけど。

 いや、でも……うーん……。


「なあ、カズマ。おまえもそう思うだろ?」

「え?」

「なんだよ、聞いてなかったのかよ?」


 フレイとマコ姉は立ち止まる。そして、手を握ったまま、ふたりはオレを見る。


「あー……悪い。考え事してた。で、なんだ?」

「もう、カズくんは仕方ないですね。女の子と一緒に、しかも手を繋いで歩いているって言うのに他の事を考えるなんて……お姉ちゃんは心配ですよ?」


 マコ姉は呆れたような顔をする。


「そうだぜ? こんな美人と手を繋いで歩いてるって言うのに、考え事なんかしてんじゃねぇよ」


 フレイも呆れ顔だ。


「美人……ねぇ」


 フレイとマコ姉の顔を交互に見る。

 フレイの顔は……うん、間違いなく美人だな。

 中世的な顔立ちで、活発なイメージのある、かっこいい系の美人って感じだ。

 次に、マコ姉の顔を見る。うん、こっちも美人だよね。

 メガネをかけた文学少女と言うか、おしとやかなイメージがある美人って感じだ。


「おいおい、どうしたんだよ?」

「いや、美人だって言うからじっくりと見てみたんだけど……あっ」


 しまった! そう思った時にはもう遅い。

 オレの言葉に二人の目が光る。


「へぇ、じっくり見た感想はどうなんだ?」

「あ、お姉ちゃんも興味があります」


 二人が期待した目でオレを見てくる。


「えーと……その……」


 うん、期待しているのが伝わって来る。

 手に汗をかく、のどが渇く、心臓も早く脈を打つのがはっきりわかる。


「なんて言うか……普通かな?」


 ヘタレでごめんなさい。でもこれが限界です。

 いや、だって、恥ずかしすぎるだろ? 美人とか褒めるのって。


「……カズマ、さすがにそれはがっかりだぜ」

「……ええ、女性に対して0点の答えですよ」


 二人はため息をつきながらオレの手をはなす。


「ダメダメだな」

「ダメダメですね……フレイさん、行きましょう」

「ああ、こんなやつは放っておこうぜ」


 そう言うとフレイは頭の後ろで手を組んで歩き出す。マコ姉も一緒にどんどん歩く。


「ちょ、ちょっとまてくれよ!」


 慌てて二人を呼び止める

 期待に応えられなかったのは悪かったけど、そこまでされるほどか?


「だから、待ってくれって!」

「知りません」

「早く来ないとおいてくぞ」


 二人は不機嫌そうに言いながら立ち止まらない。

 慌てて二人のあとを追う。

 やれやれ、なんていうか……最初から先が思いやられるな。

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