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#1 むこうの世界

「ただいまっと……あっちぃな、おい」


 オレは喫茶店のバイトを終えて、まだ日も高いうちに家に入る。

 お昼ちょっと過ぎで帰れるのはいいけど、店長は気まぐれすぎるよな。

 まあ、いつものことだけど。

 って、あれ? 返事がない……フレイの靴は……あるよな。

 なんかあったのか?


 リビングへと行く。

 フレイはヘッドホンを付けてテレビを見ていた。

 ああ、そりゃ、聞こえないよな。


「おい、フレイ」


 この近さで声をかけても反応がない。

 どうやら画面に集中しているらしい。まったく、炎滅のフレイとか呼ばれてたのに、なんてざまだよ……よし、ちょっと脅かしてやるか。


 ゆっくりと、慎重に、静かにフレイの背後に立つ。そして――。


「フレイ! なにや――って、あぶね!」


 フレイの鉄拳が飛んでくる。なんとか回避できたが、まともに食らったらぶっ倒れてたのは間違いない。


「なんだよ。カズマか……驚かせるんじゃねぇよ。今日は早かったな」


 ヘッドホンを外しながらオレを見る。まったく驚いた様子も、慌てた様子もない。


「ああ、店長の気まぐれでな……って、あぶないだろ?」

「人にイタズラしようとした、てめぇが悪いんだろうが」

「まあ、それに関してはオレが悪いけど……って言うか、帰ってきたときに返事ぐらいすればいいだろ?」

「ああ、そいつは悪かったな。ついつい集中しちまった」


 テレビの画面を見ると、なんかの映画のエンディングが流れている。


「なに見てたんだ?」

「これだぜ」


 フレイはDVDのパッケージを見せてくる。


「ああ、それか……」


 剣と魔法を題材にした海外のファンタジー映画だ。元は小説版だけど、再現度も高いと評判だった。

 ただ、吹き替えと字幕がちょっと残念ってネットで話題になってたんだよなぁ。オレはいいと思ったんだけど。


「……やっぱり、むこうの世界を思い出すのか?」

「まあ……な。って、さてと、次は何を見るかな~」


 フレイは一瞬だけ寂しそうな顔をしたが次のDVDを選び始める。

 まあ、そりゃ、寂しいような。オレがむこうに行ったときは……うん、思い出したくもない。

 そんな事を思いながらオレはキッチンへ向かう。そして冷蔵庫を開けた。


「あれ? ジュースが一本もない……」


 あー……そう言えば、今朝出かける前に飲んだのが最後だったっけ? 

 完全に忘れてた。

 仕方ない。買いに行くか。


「フレイ、ちょっと出かけてくるから、よろしくな」

「ん? どこ行くんだ?」

「近くのスーパー。ジュースが一本もないからな」

「あー……じゃあ、俺も少し外に出るかな。ずっと映画見てたから体がこっちまったしな」


 フレイは腕を回しながら言う。

 まあ、一人で行くのもつまらないからこっちは大歓迎だけど。


「じゃあ、行くか……あ、服はどうするか」

「別にこのままでも大丈夫だろ?」


 フレイを見る。フレイは、相変わらずオレの服を適当に着ている。

 下着とかはマコ姉が買って来てくれたけど、服まではちょっと時間があわなくて買えてないんだよな。

 まあ、フレイ自身が服にこだわってないとかもあるけど。


「どうした?」

「いや、そうだな。デートするわけじゃないんだから、着飾る必要もないだろ」

「え? デート?」


 フレイが驚いたような顔をする。なんか変なことでも言ったか?


「フレイ、どうした」

「い、いや、なんでもねぇよ。さっさと行こうぜ」


 なんか、変な感じだけど……まあ、いいか。

 オレたちは家から出る。

 やっぱり暑い……もう少し涼しくなってからにした方がよかったかな。今からでも……。


「なにやってんだよ。早く行こうぜ!」


 あ、ダメだ。フレイが行く気まんまんだ。

 仕方ない。さっさと行って、さっさと帰るか。

 オレたちは歩き出す。

 汗が噴き出してくる。むこうの夏はもっとカラッとしてたから、余計にこの湿度のある暑さは苦手だ。


「そういや、すっかりこっちの世界にもなれたみたいだけど、何か困ったことはないのか? あったら遠慮しないで行ってくれよな」

「そうだな……やっぱ、鍛錬の相手がいないのはつまらねぇけど、それ以外は満足だぜ」

「そうか」


 フレイは本当につまらなそうな顔をしている。

 あれ? 前ならオレに相手しろとか言うはずだよな……まあ、余計なこと言って相手をさせられるのも馬鹿らしいから、なにも言わないけど。

 そんなことを話しながら歩いていると神社の石段の下に差し掛かる。


「ん? なんだここ?」

「ああ、神社……えーと、神様をまつってるとこだな」

「へぇ……」


 フレイは物珍しそうに石段を見上げる。


「ちょっと行ってみるか?」

「いいのか? だって、買い物があるんだろ?」

「いや、スーパーはここからすぐのところだからな。時間もあるし、せっかく出たんだから寄り道くらいしてもいいだろ」

「そうか、じゃあ行くか!」


 フレイは石段を軽やかに駆け上る。すごく早い。さすがだな。って、オレも行くか。

 石段を駆け上る。フレイは先に待っていた。


「おせぇよ」

「おまえが速すぎるんだよ」


 オレは呼吸を整えながら周りを見渡す。

 そう言えば、ここに来たのは何年ぶりだろう? 子どもの時の縁日が最後だったと思うけど。


「へぇ……うん、なんか、こう、神聖な雰囲気ってやつを感じるな」


 フレイは神社の敷地内を見渡す。


「せっかくだから参拝でもしていくか」

「参拝?」

「ああ、こっちだ」


 賽銭箱の前まで行く。

 フレイもオレのあとについて、賽銭箱の前に来た。


「じゃあ、やり方見せるから」


 財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に放り込む。

 鐘を鳴らして、二回お辞儀。二回手拍子、一回お辞儀。

 願い事は……うん、そうだな。これしかない。


 フレイが無事に帰れますように――。


 顔を上げて、フレイを見る。


「まあ、こんな感じだ。ほれ、おまえもやってみろよ」


 オレは財布から五円玉を取り出しフレイに投げて渡した。


「おう、じゃあ、やってみるか」


 フレイはオレと同じように参拝する。

 なんか、妙に長い時間いのってるけど、なにをお願いしてるんだろな?


「うっし、じゃあ、行くか」


 参拝を済ませると、フレイはオレの方を振り返る。

 なにをお願いしたか聞きたいが、そうすると願いが叶わないとか言うからな。ここはあえて聞かないようにするか。


「おい、カズマ。あの木はなんだ?」


 そんな事を考えていると、フレイが林の方を指さす。ひと際、背が高い木が見える。


「ああ、樹齢百年を超えてるって言う木だな。オレも子どもの頃はよく登ってたっけ……懐かしいな」


 うん、危ないからってマコ姉にものすごく怒られた記憶がある。


「へぇ……じゃあ、ちょっと行ってみようぜ!」


 フレイはそう言うとオレの答えも聞かずに走りはじめる。


「あっ、おい!」


 まったく、仕方ない。

 オレはゆっくりとその後を追った。

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