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「壮大に感謝してもらってもバチは当たらんぞ、礼御」
礼御のこぐ自転車のうしろに乗っている妖狐はそう言った。今も人の姿をしている。
「感謝しているよ。よく話を合わせてくれたな」
「そんなことじゃない。あの娘の思考の一部を焼き切ったことに、だ」
玉藻は少し不機嫌である。「こいつ気づいていなかったのか」と呆れてつぶやいているのを、礼御の耳はかろうじて捉えていた。
「思考を焼くって・・・。お前、一体姫菜に何をしたんだよ」
「あの小娘は気づいていたぞ」
「な……、お前の正体にか?」
「んぁ? そんなわけないだろう」
玉藻は礼御の発言に不意を突かれたような、呆れた口調で否定して続ける。
「お前はあの小娘に嘘をついていただろう?」
「そりゃ――」
そりゃそうだ。玉藻のことを馬鹿正直に話せるはずもない。
礼御はそう肯定するため口を開こうとしたが、その始めで玉藻から後頭部を小突かれたため発言にストップをかけた。
「あたしのことではない。『バイト先に来たのは家の鍵をなくしたからだ』。あの小娘にそう伝えておったのだろう? なのにあたしのことを妹だなんて、アホか。一人暮らしの元に妹が訪ねてきて、あの時間に家にいないなんてありえないだろ。なのに部屋に入れないなんて、普通の思考の持ち主なら変に感じるわ」
確かに玉藻の言うとおりだった。夜遅く、よく知りもしない土地で女子校生をフラフラ外に出しておく兄がいてはたまらない。当然礼御の前後の発言に違和感を持つのが当たり前だった。
「というか、なんで玉藻は俺の発言を知っているんだよ。あのときお前はその場にいなかっただろ」
「あたしは狐の大妖だぞ。なんの能力もない一般人の記憶や思考を読み取るなんてわけないわ」
なんだそれ、おっかないな。なんて礼御は心底思った。
「だから焼き消したんだよ。記憶と思考の一部をな。あまり嫌そうな顔はしてくれるなよ。それ以外の害はない。真実にたどりつかないように思考にブレーキをかけただけだと思え」
本当にそれだけなのか、と礼御は不安になったが、だからと言って問い詰めたところでそれ以上の求める答えが返ってくるとは思えなかった。
いくら玉藻の存在を誤魔化すためとはいえ、考えなさすぎたか。
礼御は反省しようと思ったものの、やっぱり玉藻がいきなり現れたのがそもそも悪かったじゃないか、とようやく事の真犯人の存在を思い出す。
「そういや、なんでお前は姫菜に認識されてるんだよ。お前は妖怪なんだから、普通の人間には見えないと思っていたんだが」
「そんなの見えるように化けてるからに決まってるだろ」
玉藻は何当たり前のことをきいているのだと言わんばかりであったが、「あぁ、そうだったな」と呟いてさらに続ける。
「普通は見えないが、見えない者の瞳にも映るように自分が存在することは可能だ。特に人間に対してそれを行いたいのなら、人間に化けることでより普通の人間からも認識されやすくなったりする」
「そういうことは先に教えておいてほしかったよ」
「こういうことはだいたいみんな先に知っているんだよ」
礼御は溜息をついた。新しい世界の常識はまったく自分には備わっていないのだと再認識させられる。
「悪かったよ。ありがとな、感謝してるよ」
「うむ、わかればよろしい」
玉藻は礼御の後ろから礼御の頭を撫でてきた。フワフワのそれは狐の尻尾である。
「それで、どこに連れてけばいいんだ?」
「ほう?」
「とぼけるなよ。わざわざ面倒でも俺を探しに来たんだろ? その用事はなんだよ」
「ずいぶん察しがいいな」
礼御は玉藻の詳しい様子を確認することはできなかったが、なんとなく玉藻が上機嫌であることを感じ取れた。
「行きたい場所があるのだ」
それを聞き、礼御はまさかゲーム用のコントローラーを買いに行きたいなんて言い出さないよな、と願った。
「連れて行ったほしい」
礼御自ら玉藻の要件を聞き出したのだ。断るわけにはいかず、玉藻の要件を飲んだ。
せめてシャワーでも浴びてからがよかったと思う礼御の心は、果たして読み取られてはないないだろうか。




