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玉藻は礼御の隣に座るやいなや、「腹が減った」と朝食を所望した。
礼御が「好きなもの注文しなよ」と玉藻に勧める中、なおも姫菜は複雑な面持ちで礼御と玉藻に対面して座っていた。
玉藻がはしゃいでメニュー表を眺めている中、姫菜は礼御に当然の質問を投げかける。一般的な男子大学生に中学生らしき年頃の女の子の知り合いがいるだろうか。そんなことは割とないものである。
「礼御さん、この子とはどういった関係で?」
姫菜は何かしらの不穏な感情を抱いているのだろうが、それを表に出していないよう努力しているように礼御からは見えていた。
「あたしは今こいつの家に厄介になっているのだ」
そう言い放ったのは玉藻である。余計なことを言ってくれた、と礼御は内心頭を抱える。
あぁ、どうしようか。
礼御は考えた。ひとり暮らしのアパートに女子校生を泊めているなんて、他人に知られていい事実ではなかった。
偽りなく玉藻の存在を伝えるわけにはいかない。かと言って、家出少女を助けているなんて安い設定では礼御自身の身の保証になりやしない。一般的な世間の目から見れば、礼御が設定上の玉藻にナニをしているか想像に難しくない。こんなくだらない理由で警察の厄介にはなりたくないものだ。
だから礼御はとっさにありきたりながらも、一番突飛な設定でない、使い古されたような言い訳を盾にする。
「ほら、今は夏休みだろ? だからこっちに遊びに来てるんだ」
玉藻は何も気にする様子もなくメニュー表を見ている。一方姫菜はなんだか困った顔をしていた。
「こいつは俺の妹なんだ」
礼御はもうどうにでもなれとそう言い切った。すると思いもしなかったフォローが入り、礼御は驚く。
「そうだぞ。あたしの名前は徳間 玉藻。中二だ」
ハハッと礼御は小さく笑った。さすが礼御の十倍生きている生き物は機転がきく。突拍子もない言い訳だったが、玉藻が違和感なく礼御の発言に便乗したのは嬉しい誤算である。これならば疑われなくとも不思議でない。
「妹さん・・・ですか。なんだか一人っ子だと勝手に思ってました。礼御さんに妹がいるなんて知らなかったですよ。――そんな会話もしてないし、当然といえば当然ですよね」
姫菜は疑っていないようだが、呆気に取られたようである。いきなり現れた人物が知り合いの兄妹だったときの反応なんてこんなものだろう、と礼御は自身の心にゆとりが戻ってきたのを感じた。ちなみに礼御は姫菜の言うとおり、実際は一人っ子である。
「暇だからって、一人で遊びに来てるんだよ。まったくここ一週間は食費が高くていやになるよ」
「へー……?」
「夏休みは暇だからな。兄貴のところに遊びに――きてる」
玉藻は発言の終わりに何だか詰まった。きっ、と礼御を一睨みしたあと、前を向いたままクシャミをした。
「おいおい」と礼御は呆れた。もしかしたら、玉藻の口から飛び出たものが姫菜に当たったかもしれない。礼御が姫菜の方を見ると、大丈夫だよと声を出さず礼御に伝えてきた。
「クシャミをするときは手でおおうくらいしろよ。一応女なんだからさ」
何気なく礼御が注意すると、玉藻はあからさまに不機嫌な表情を礼御にだけチラと見せた。
「……一応とはなんだ。立派な女性だ」
そんな礼御と玉藻の会話を聞き、姫菜はやっと表情を緩ませた。玉藻は文句を垂れながら、テーブルに備え付けられているベルのボタンを押した。機械音が響き、店員がこちらに向かってくる。
「それであなたは――兄貴の恋人だったりするの?」
「えっ?」
ニヤニヤと笑って玉藻は姫菜に尋ねた。そんな直球の質問に姫菜は驚かされる。
まさに名演技。巧みに話題を変えてくれたのはありがたい。本当に今日の玉藻には感謝の気持ちでいっぱいだった。そんな礼御の心情は玉藻の「なんでも好きなもの食べていいか?」という問いに、礼御ためらうことなく許可を出させてしまうのだった。すると玉藻はステーキを注文し出すではないか。よほど腹が減っていたのかと礼御は申し訳ない気分になり、普通ならタダ飯食らいのこの同居人に待ったをかけるだろうが、今日は一度出した許可を撤回しなりしなかった。
けれど実際は玉藻が現れなかったら引き起こらなかった修羅場である。それを礼御は忘れているのだからマヌケもいいところだった。
「……別に付き合ったりはしてないよ。メナと礼御さんは――」
「俺と姫菜はバイト仲間だよ。ちなみに姫菜は俺と同い年だ。だからタメ口はよくないな、玉藻」
いきなりの玉藻からの質問に姫奈が困惑していたのはすぐにわかった。そのため礼御は姫菜に助け舟を出す。姫菜は「そうですね」とだけ呟いて互いの関係を否定したりはしなかった。
その後は玉藻が重たい朝食を平らげるまで、何気ないでっち上げられた会話が続いた。基本玉藻がベラベラと話をする。よくもまあそんなに兄妹の思い出話を繰り出せるものだと、礼御は空っぽな感心をした。
玉藻の食事が終わり、彼女が一息ついたところで、礼御は「そういえば」と切り出した。
「お前なんでこんなところにいたんだ?」
礼御の妹を演じ続ける玉藻はふてくされたように返す。
「なんでって、いつまで経っても兄貴が帰ってこないからだろうが」
玉藻は玉藻なりに自分のことを心配してくれていたのだろうか、と礼御は玉藻を見返そうとも思ったが、あくまで今は礼御の妹。口から出まかせかもしれないと、また適当に話をあわせる。
「なら携帯に連絡しろよ。そんな行き当たりばったりで出会えたのは運がよかったな」
「ふん。あたしは鼻がきくんだ。兄貴の匂いを追えば、偶然じゃなく見つけられるさ」
こいつどさくさにまぎれて本当のことを言ってないか。
礼御は玉藻の度胸、それか考えなしの発言に今さながらビクついた。
「匂いって……。玉藻ちゃんは面白いこと言うのね」
どうやら姫菜は玉藻の発言を冗談だと認識してくれたらしい。無論少女の格好をしているのだから、真実だなんて思わないのが当然か。
「いやいや、姫菜さん。わりと兄貴の匂いをたどるのはわけないですよ」
玉藻の言葉に姫菜は首を捻った。玉藻が人懐っこくて助かった。もう礼御が間に入らなくとも問題なく会話を続けられている。
「だってほら、今の兄貴って――」
「?……ぁあ!」
姫菜は合点がいったようだ。二人してクスクスと笑い始めている。
「そんなことないよ、玉藻ちゃん。このくらいなら許容できるよ」
「えぇーー、そうかぁ?」
二人が楽しそうで良かったと礼御は訳も分からず、二人の笑顔につられて笑った。
そうして突然の修羅場を切り抜けた礼御であった。
二人と一匹の妖狐はそろってファミレスを後にする。
「二人でカラオケしにきなよ、玉藻ちゃん」
「ん、是非!」
そこで玉藻と礼御は姫菜に別れを告げた。
二人と別れたあと姫菜は、なんとなく頭に浮かんだことがあった。
あれ、礼御さんは家の鍵をなくして家に入れないって言ってたよね。でも玉藻ちゃんが言うにはそれっておかしいような……。
そこまで考えて姫菜はまあいいか、ときちんとした結論を出せなかった。またその疑問は記憶の片隅から燃えつきていくのだった。




